『七段目』
討ち入りの日は過ぎてしまいましたが、今日はこの噺です。一年に一度ぐらい忠臣蔵関連の噺を取り上げても良いと思いましてね。(笑)
【原話】
原話は、初代林屋正蔵師が1819年(文政2年)に出版した笑話本『たいこのはやし』の一遍の「芝居好」だそうです。元々は上方落語だそうですが、いつごろ東京に移植されたかはわかっていません。
「忠臣蔵」の演目としては人気演目といって良いでしょうね。
【ストーリー】
常軌を逸した芝居マニアの若旦那は、家業そっちのけで芝居に夢中。
私生活もすっかり歌舞伎一色に染まってしまい、何をやっても芝居のセリフになってしまうのです。
例えば、人力車を停めようとするだけでもつい芝居がかってしまい、車の前に飛び出して「そのくるまァ、やァらァぬゥー」となる塩梅。
その日も、若旦那が出て行ったっきり帰ってこないので、頭に来た旦那が小言を言ってやろうと待ち構えていると、そこへ何も知らない若旦那が帰ってきます。
「遅いじゃないか!?」「遅なわりしは、拙者が不調法」]「いい加減にしろ!」とつい殴ってしまい、慌てて謝ると「こりゃこのおとこの、生きィづらァをー」となる始末です。
あきれた旦那が若旦那を2階へ追い払うと、「とざい、とーざーい」と物凄い声を張り上げます。
閉口した旦那は、小僧の定吉に止めてこいと命じる。2階に上がった定吉なんですが、これが若旦那同様の芝居好き。
ですから、これが逆効果で、若旦那は仲間ができたと大喜び。一緒に芝居をやろうと言い出します。
結局、そのまま2人で芝居をやろうということになり、選ばれたのは忠臣蔵の『七段目・「祇園一力の場」』。
定吉がお軽、若旦那が平右衛門をやることにし、定吉を赤い長襦袢と帯のしごき、手拭いの姉さんかぶりで女装させたのはいいが「平右衛門の自分が、丸腰というのは変だ。そうだ定吉、床の間にある日本刀を持っておいで」「え!?」定吉が逃げ出しそうになったので、刀の鯉口をコヨリで結び、下げ緒でグルグル巻きにする若旦那。
芝居を開始するも、「その、頼みという…はな…」だんだんと目が据わってきた若旦那に、嫌な予感を覚える定吉。「妹、こんたの命ァ、兄がもらったッ」コヨリと下げ緒をあっという間にぶっちぎた若旦那が、抜き身を振りかざして定吉に襲い掛かってきた。慌てて逃げ出した定吉は、足を踏み外して階段から転げ落ちてしまう。そこに旦那が駆けつけます。
「おい、定吉、しっかりしろ!」「ハア、私には勘平さんという夫のある身…」「馬鹿野郎。丁稚に夫がいてたまるものか。また芝居の真似事か。さては2階であの馬鹿と芝居ごっこをして、てっぺんから落ちたか」
「いいえ、七段目。」
【演者】
先代(先々代の間違いです)三遊亭円歌師、先代雷門助六師などが軽妙に演じ、現役では、小朝師、正雀師ほか多くの演者が演じています。
と書いておいて、重大な間違いを指摘されてしまいました! そう、円歌師は先々代でした! 歌之助圓歌師が色々と注目の的なので間違えてしまいました! 申し訳ありません。
【注目点】
最後のオチですが、古い型では「七段目から落ちたか」「いえ、てっぺんから」
と逆で、米朝師はこの型でサゲています。
『能書』
若旦那や定吉のセリフが歌舞伎の演目の名セリフのパロディになっていて、それも楽しみの一つです。
ですから、歌舞伎を知ってる方は一層楽しい演目です。
当時は、江戸、大坂のような都市部の人々なら、特にこの若旦那のような芝居狂でなくとも、芝居の「忠臣蔵」のセリフや登場人物くらいは隅々まで頭に入っていて、日常会話の一部にさえなっていました。
『ネタ』
題名の由来は、中盤で歌舞伎の演目『仮名手本忠臣蔵』の七段目「祇園一力茶屋の場」にあたる場面が取り上げられているからだそうです。これは、密書を読まれて仇討ちの計画を知った遊女お軽を、身請けしてから殺そうという大星由良助の腹を察した寺岡平右衛門が、妹であるお軽を自ら手に掛けた手柄によって、敵討の同志に加えてもらおうとする見せ場であるとされています。
討ち入りの日は過ぎてしまいましたが、今日はこの噺です。一年に一度ぐらい忠臣蔵関連の噺を取り上げても良いと思いましてね。(笑)
【原話】
原話は、初代林屋正蔵師が1819年(文政2年)に出版した笑話本『たいこのはやし』の一遍の「芝居好」だそうです。元々は上方落語だそうですが、いつごろ東京に移植されたかはわかっていません。
「忠臣蔵」の演目としては人気演目といって良いでしょうね。
【ストーリー】
常軌を逸した芝居マニアの若旦那は、家業そっちのけで芝居に夢中。
私生活もすっかり歌舞伎一色に染まってしまい、何をやっても芝居のセリフになってしまうのです。
例えば、人力車を停めようとするだけでもつい芝居がかってしまい、車の前に飛び出して「そのくるまァ、やァらァぬゥー」となる塩梅。
その日も、若旦那が出て行ったっきり帰ってこないので、頭に来た旦那が小言を言ってやろうと待ち構えていると、そこへ何も知らない若旦那が帰ってきます。
「遅いじゃないか!?」「遅なわりしは、拙者が不調法」]「いい加減にしろ!」とつい殴ってしまい、慌てて謝ると「こりゃこのおとこの、生きィづらァをー」となる始末です。
あきれた旦那が若旦那を2階へ追い払うと、「とざい、とーざーい」と物凄い声を張り上げます。
閉口した旦那は、小僧の定吉に止めてこいと命じる。2階に上がった定吉なんですが、これが若旦那同様の芝居好き。
ですから、これが逆効果で、若旦那は仲間ができたと大喜び。一緒に芝居をやろうと言い出します。
結局、そのまま2人で芝居をやろうということになり、選ばれたのは忠臣蔵の『七段目・「祇園一力の場」』。
定吉がお軽、若旦那が平右衛門をやることにし、定吉を赤い長襦袢と帯のしごき、手拭いの姉さんかぶりで女装させたのはいいが「平右衛門の自分が、丸腰というのは変だ。そうだ定吉、床の間にある日本刀を持っておいで」「え!?」定吉が逃げ出しそうになったので、刀の鯉口をコヨリで結び、下げ緒でグルグル巻きにする若旦那。
芝居を開始するも、「その、頼みという…はな…」だんだんと目が据わってきた若旦那に、嫌な予感を覚える定吉。「妹、こんたの命ァ、兄がもらったッ」コヨリと下げ緒をあっという間にぶっちぎた若旦那が、抜き身を振りかざして定吉に襲い掛かってきた。慌てて逃げ出した定吉は、足を踏み外して階段から転げ落ちてしまう。そこに旦那が駆けつけます。
「おい、定吉、しっかりしろ!」「ハア、私には勘平さんという夫のある身…」「馬鹿野郎。丁稚に夫がいてたまるものか。また芝居の真似事か。さては2階であの馬鹿と芝居ごっこをして、てっぺんから落ちたか」
「いいえ、七段目。」
【演者】
先代(先々代の間違いです)三遊亭円歌師、先代雷門助六師などが軽妙に演じ、現役では、小朝師、正雀師ほか多くの演者が演じています。
と書いておいて、重大な間違いを指摘されてしまいました! そう、円歌師は先々代でした! 歌之助圓歌師が色々と注目の的なので間違えてしまいました! 申し訳ありません。
【注目点】
最後のオチですが、古い型では「七段目から落ちたか」「いえ、てっぺんから」
と逆で、米朝師はこの型でサゲています。
『能書』
若旦那や定吉のセリフが歌舞伎の演目の名セリフのパロディになっていて、それも楽しみの一つです。
ですから、歌舞伎を知ってる方は一層楽しい演目です。
当時は、江戸、大坂のような都市部の人々なら、特にこの若旦那のような芝居狂でなくとも、芝居の「忠臣蔵」のセリフや登場人物くらいは隅々まで頭に入っていて、日常会話の一部にさえなっていました。
『ネタ』
題名の由来は、中盤で歌舞伎の演目『仮名手本忠臣蔵』の七段目「祇園一力茶屋の場」にあたる場面が取り上げられているからだそうです。これは、密書を読まれて仇討ちの計画を知った遊女お軽を、身請けしてから殺そうという大星由良助の腹を察した寺岡平右衛門が、妹であるお軽を自ら手に掛けた手柄によって、敵討の同志に加えてもらおうとする見せ場であるとされています。