らくご はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

三木助

「人形買い」という噺

608984bc『人形買い』
雛人形には遅いし五月人形には少し早いですが今のうちにやっておきます。

『原話』
元は上方落語で、1834年に初代林屋正蔵師の「落噺年中行事」の「五月かぶと人形」が既に体裁を整えています。他では、三代目三遊亭円馬師が明治末年に東京に移植しましたという説がありますが、このコラムの常連で素晴らしい方でもあります立花家蛇足さんによると、既に明治42年に柳亭燕枝(後の二代談洲楼燕枝)の明治42年の速記が遺っているそうです。圓馬師以前に東京で演じられていたみたいですね。
 ちなみに円馬師の元の型は、人形屋の主人が親切から負けてくれる演出でした。それを、三代目三木助師と圓生が直伝で継承し、それぞれ得意にしていました。

『演者』
やはり三代目三木助師や六代目圓生師でしょうね。圓生一門の弟子孫弟子が演じていますし、三木助師ゆかりの弟子だった噺家さん(入船亭)の一門が高座に掛けています。また権太楼師等、季節になると演者が現れます。

『ストーリー』
長屋の神道者の赤ん坊が初節句で、ちまきが配られたので、長屋中で祝いに人形を贈ることになりました。
 月番の甚兵衛が代表で長屋二十軒から二十五銭ずつ、計五円を集め、人形を選んでくることになったのですが、、買い方がわかりません。
 女房に相談すると、
「来月の月番の松つぁんは人間がこすからいから、うまくおだててやってもらいな」
 それを本人にそっくり言って仕舞います。行きがかり上、しかたなく同行することになったが、転んでもただで起きない松つぁん、人形を値切り、冷や奴で一杯やる金をひねり出す腹づもりだといいます。
 人形屋に着くと、店番の若旦那をうまく丸め込み、これは縁つなぎだから、この先なんとでも埋め合わせをつけると、十円の人形を四円に負けさせることに成功します。候補は豊臣秀吉のと神宮皇后の二体で、どちらに決めるかは長屋に戻り、うるさ方の易者と講釈師の判断を仰がなければなりません。
 そこで、青っぱなを垂らした小僧に二体を担がせて店を出るのですが、ところがこの小僧が云うのには、
「この人形は実は一昨年の売れ残りで、処分に困り、旦那が云うのには、
『店に出しておけばどこかの馬鹿が引っかかって買っていく』」
 と吹っ掛けて値段をつけた代物で、あと二円は値切れたとバラして仕舞います。
 帰って易者に伺いを立てると、早速、卦を立てああだこうだと言います。
「神宮皇后になさい」
 というご託宣を受けて帰ろうとすると、
「見料五十銭置いていきなさい」
 と言われて、これで酒二合が一合に目減って仕舞います。
 講釈師のところへ行くと、とうとうと「太閤記」をまくしたてる。
「それで先生、結局どっちがいいんで」
「豊臣家は二代で滅んだから、縁起がよろしくない。神宮皇后がよろしかろう」
 それだけ聞けば十分と、退散しようとすると
「木戸銭二人前四十銭置いていきなさい」
 これで冷や奴だけになったと嘆いていると
「座布団二枚で十銭」
 これで余得は無くなって仕舞いました。
 神道者に人形を届けにいくと、
「そも神宮皇后さまと申したてまつるは、人皇十四代仲哀天皇の御后にて……」
 と講釈を並べ立てるから松つぁん慌てて
「待った待った、講釈料は長屋へのお返しからさっ引いてください」

【注目点】
圓生師は、長屋から集金せず、辰んべという男が博打で取った金を、前借するという段取りです。

『能書』
古い落語ファンのかたに以前聴いた処、「時期になると三木助が気持ちよさそうにやってたよ」
 という事でした。

『ネタ』
「神道者」とは日本固有の民族信仰の「神道」を心棒していて、それを民間の職業的行者のことです。加持祈祷を生業にしていました。

「突き落し」という噺

4a77711b『突き落し』
今日は初めて取り上げる噺「突き落し」です。
(ウソでした。2011年に一度取り上げています。スイマセン。但し、タイトルが「突き落とし」でした)

【原話】
1807年の喜久亭壽暁のネタ帳「滑稽集」に「月たおす」とあります。これが元ですね。
これを初代小せん師が得意としていました。

【ストーリー】
町内の若い連中が集まって、仲へでも繰り出そうかなんて言ってますが、遊べる金など持っていません。
 すると熊さんが、タダで吉原で遊べる計画があると言います。他の連中はそれを聞いてその気になります。熊さんは
「俺を棟梁にして大見世でお前らを遊ばせるという触れ込みで仲へ繰り込む。若い衆が呼び込む小見世に上がり、一晩飲んで大騒ぎをして寝てしまう」と、計画の段取りを話します。
 熊さんは清ちゃんを羽左衛門に似ているとおだたて、重要な役割を頼む。頭をポカポカ殴られるのだが、人のいい清ちゃんは承知する。
遊ぶだけ、遊んで勘定は、となったら清ちゃんが「おかみさんから財布を与ろうとしたら、棟梁は酒を飲むと気が大きくなるから間違いがあっては大変だから、家まで取りにおいで」と言われましたと言うんだと話す。そうしたら若い衆を連れて外え出たところで連れションをするんだ。若い衆も付き合いなと言ってやってる所を後ろから突き落としてその間に逃げれば良い。と言います。一同感心して早速乗り込みます。
 全ては計画通りに進みます。そして若い衆を馬として連れて外に出ます。そして連れションをしている時に後ろから突き落します。
 作戦成功と一斉に逃げる連中ですが、清ちゃんがいない。若い衆と一緒にどぶにはまったのか、追いかけられて捕まってしまったのかと案じていると、ニコニコしながら後から駆けて来た。清ちゃんが言うのには 
「若い衆がいい煙草入れを下げていたので、惜しいと思って抜いて来た」
「うまく行ったな。次は品川でやろうか」
 と一応ここで落ちが着きますが、演者によっては
これに味をしめた連中、「つぎは品川」と調子に乗るが、そうは問屋が卸さず、しくじりとなる。と付け加える者もいます。

【演者】
戦後では六代目圓生師や五代目柳朝師や五代目小さん師、三代目三木助師が演じていました。三木助師以外の録音も残っています。

【注目点】
 評論家・飯島友治氏は「突き落とし」「居残り佐平次」「付き馬」を、「落語の三大悪人」と呼んでいますが、落語の世界の話ですからね。それほど目くじら立てなくても良いとは思います。 でも、五代目古今亭志ん生師は、この噺だけは「あんな、ひどい噺は演れないね」と言って生涯、手掛けませんでした。

『ネタ』
時代設定としては明治の終わりか大正時代に設定されているようです。
落語を取り上げるサイトやブログではこの噺を忌み嫌う方が多いようですが、個人的には嫌いな噺ではありませんので今回取り上げました。

「味噌蔵」という噺

ef2b762d寒くなって参りました。大寒ももうすぐですね。という訳でこの噺です。
『味噌蔵』
木枯らしが吹く頃のケチンボさんのお噺です。そのしみったれが笑いを誘います。

【原話】
1736年頃の「軽口大矢数」に載っている米澤彦八作「田楽の取り違へ」が元のお噺です。

【ストーリー】
驚異的なしみったれで名高い、味噌屋の主人の吝嗇(しわい)屋ケチ兵衛さん。
嫁などもらって、まして子供ができれば経費がかかってしかたがないと、いまだに独り身。

心配した親類一同が、どうしてもお内儀さんを持たないなら、今後一切付き合いを断る、商売の取引もしない、と脅したので、泣く泣く嫁を取りました。
赤ん坊ができるのが嫌さに、婚礼の晩から新妻を二階に上げっぱなしで、自分は冬の最中だというのに、薄っぺらい掛け蒲団一枚で震えながら寝ります。
が、どうにもがまんできなくなり、二階の嫁さんのところに温まりに通ったのが運の尽き。
たちまち腹の中に、その温まりの塊ができてしまいました。

 妊娠した嫁を里に返し、出産費用を節約する等をして節約します。
やがて男の子が生まれ、嫁の里に行くことになりました。
火の始末にはくれぐれも注意し、貰い火を受けたら味噌で目張りをしてでも、財産の味噌蔵だけは守るようにと言い残して出掛けます。

旦那が泊まりの隙に、帳簿をごまかして宴会をやろうと皆で番頭に言って、刺身や寿司などを取り寄せます。
近所の豆腐屋には、冷めると不味いから、焼けた順に少しずつ持って来るように味噌焼き田楽を注文します。

 宴たけなわの所へ、旦那が戻って来たからたまりません。カンカンに怒り、全員生涯無給で奉公させると言い、酔っ払いを寝かせます。
 そこへドンドンと戸を叩く音。外から「焼けて来ました」の声。「え、火事だよ、どこだい」「横町の豆腐屋です四、五丁焼けましたが、あとどんどん参ります」驚いて旦那が戸を開けると、プーンと味噌の焼ける匂い。
「こりゃいかん、味噌蔵に火が入った」

【演者】
昭和の噺家さんなら三代目桂三木助師が有名です。赤螺屋の旦那が特に良いですね。
噺の中に現代的なクスグリを入れて、受けました。又八代目三笑亭可楽師も有名です。ぼやくようなつぶやきが楽しいです。
柳家小三治師も良いですね。こちらは店の者の視点に立って語られています。それも面白いと思います。

【注目点】
やはり旦那が出先から帰って来るシーンですね。それまで店の者の馬鹿騒ぎのシーンから一転して木枯らしが吹く夜の江戸の街に場面が切り替わります、ここを上手に演じられるか? ですね。

『能書』
噺の中で、火事の時、味噌で蔵に目塗りをすると言う下りですが、非常時には実際あったそうです。最も後でそれを剥がしてオカズにする事は無かったそうです。

『ネタ』
口うるさい上司にその言うことを聞かなければならない部下という風に設定を置き換えて聞けば、身にしみて感じる人も多いかも知れませんね。
日頃の鬱憤を晴らす部下の抵抗は、どの時代にでもあったと言う事ですね。
前回の「二番煎じ」も火事の噺です。これもそうですが、如何に江戸と言う所は火事が多かったかと言う事ですね。
 
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