『看板のピン 』
今日は久しぶりにこの噺です。
『原話』
生粋の江戸落語で、よく博打の噺のマクラにも使われることが多いです。
「へっつい幽霊」や「狸賽」などですね。また「品川心中」のマクラでも聴いたことがあります。
『演者』
三代目三木助師や四代五代小さん師を始め多くの噺家が演じています。
寄席でも大抵かかる噺ですね。
『ストーリー』
町内の若い衆が博打を打っているところへ隠居がやって来ました。
隠居は若い衆を戒めながらも、一回きりという約束で彼らの博打に仲間入りすることになります。
そこで胴を持つことになった隠居ですが、賽子を振ったところ、壺皿の中から賽子が表に転がり出てしまいました。しかもその賽子ははっきりとピン(一)の目が出ているのがありありと見えているというのに、隠居はそのことにまるで気がついていません。
若い衆はこぞってピンに張りましたが、実はこの賽子は看板で、本当の賽子はちゃんと壺皿の中にあったのです。こうして隠居にやり込められてしまった若い衆たちは、これで反省するかというと、そんなことは全くなく、自分も同じことをしてやろうと他の賭場へ行き、そっくり隠居と同じセリフを言いますがこれがトンチンカン。
むりやり胴を取ると、わざとピンを出して、「さあ、張んな。みんな一か。そう目がそろったら、看板のピンは、こうして片づけて」
「あれ、おい、ピンは看板かい」
「オレが見るところ、中は五だな。
みんな、これに懲りたらバクチは……ああっ!中もピンだ」
【注目点】
古い落語通の方は三代目三木助の手さばきが見事だったとの証言が残っています。
『能書』
通の人からすれば、この噺はあまりにも有名な噺で、「鸚鵡返し」の典型的なのですが、後半は非常にトリッキーな構成になっているので、一度聞いてしまうと二度目以降は騙される快感がなくなってしまうと思う人もいるでしょうがそこはベテランや上手な噺家さんで聴きたいですね。
『ネタ』
上方でも演じられますが上方には桂米朝師が移植したそうです。
今日は久しぶりにこの噺です。
『原話』
生粋の江戸落語で、よく博打の噺のマクラにも使われることが多いです。
「へっつい幽霊」や「狸賽」などですね。また「品川心中」のマクラでも聴いたことがあります。
『演者』
三代目三木助師や四代五代小さん師を始め多くの噺家が演じています。
寄席でも大抵かかる噺ですね。
『ストーリー』
町内の若い衆が博打を打っているところへ隠居がやって来ました。
隠居は若い衆を戒めながらも、一回きりという約束で彼らの博打に仲間入りすることになります。
そこで胴を持つことになった隠居ですが、賽子を振ったところ、壺皿の中から賽子が表に転がり出てしまいました。しかもその賽子ははっきりとピン(一)の目が出ているのがありありと見えているというのに、隠居はそのことにまるで気がついていません。
若い衆はこぞってピンに張りましたが、実はこの賽子は看板で、本当の賽子はちゃんと壺皿の中にあったのです。こうして隠居にやり込められてしまった若い衆たちは、これで反省するかというと、そんなことは全くなく、自分も同じことをしてやろうと他の賭場へ行き、そっくり隠居と同じセリフを言いますがこれがトンチンカン。
むりやり胴を取ると、わざとピンを出して、「さあ、張んな。みんな一か。そう目がそろったら、看板のピンは、こうして片づけて」
「あれ、おい、ピンは看板かい」
「オレが見るところ、中は五だな。
みんな、これに懲りたらバクチは……ああっ!中もピンだ」
【注目点】
古い落語通の方は三代目三木助の手さばきが見事だったとの証言が残っています。
『能書』
通の人からすれば、この噺はあまりにも有名な噺で、「鸚鵡返し」の典型的なのですが、後半は非常にトリッキーな構成になっているので、一度聞いてしまうと二度目以降は騙される快感がなくなってしまうと思う人もいるでしょうがそこはベテランや上手な噺家さんで聴きたいですね。
『ネタ』
上方でも演じられますが上方には桂米朝師が移植したそうです。
私は圓生師匠で入門しました。大名人が、飄々と短い噺を演じるのを見て、奥が深いと思ったものです。三木助師匠をラジオで聴き、「これは演者の実生活を示しています」という趣旨の解説を聞き、「はやぶさの何某」と名のっていたという三木助師匠の事を知りうれしくなったのを覚えています。今は小三治師匠ですね。
トリックが分かれば面白くない噺になりそうですが、そこを補うのが名人なのでしょう。私が聞いた3人は、名人です。
hajime
がしました