non103_1今日は「貝の村」です。
「貝野村」とも書きますし、「貝之村」とも書くようです。

後半部分が独立したのが、『手水廻し』で、通してやると、『貝野村』という演題となるようです。
1814年(文化11)の十返舎一九の『木曽街道膝栗毛にも似たような逸話があります。
また、この噺を東京の噺家が演じると「海野村」と表記するようです。

大阪船場の若旦那、丹波貝野村から来た女中のおもよさんがお気に入りです。
商用で出掛けた間におもよさんが母の病気で家へ帰ったと聞き、若旦那は彼女恋しさに病になり床について仕舞います。いわゆる恋煩いですねえ。
早速に、おもよどんを世話いたしました、甚兵衛さんを呼びまして、貝野村へ使いを出すとおもよの方でも恋煩い、
実は、おもよどん、女中奉公といえども、お家は、丹波で、二・三ヶ村の庄屋をしていようというような、立派なお家の、娘さんなのです。そこに甚兵衛さんが駆け込みまして、かくかくしかじかと話ます。
おもよさんは、若旦那の病を聞くやいなや 、ムックと起き上がり、二挺(ちょう)の駕籠を誂えまして、大勢の人足で、大阪へ。
そしてとうとう二人は結ばれるという噺です。
ここまでが前半ですね。ちょっと「崇徳院」の様な感じもしますね。
後半は・・・
貝野村で婿入りの儀式をした翌朝、縁側で若旦那はちょうずを廻すよう頼みます。
料理場の喜助は分からず、寺の和尚に相談、「ちょうず」は「長い頭」だと思い、5尺の手拭いで頬かむりができない市助が呼び出され、庭先で頭をぐるぐる回して倒れる始末。
おもよさんは恥ずかしさに若旦那を急かして大阪へ帰ってしまうのでした。

おもよさんの父は、「ちょうず」を知らぬは村の恥と、喜助と共に大阪へ出て宿に泊まると、
翌朝、縁側で「ちょうず」を求めます。
湯の入った桶と塩や楊枝が用意されると、桶の湯に出てきたものを混ぜて、二人で残らず飲んでしまう。
そこへもう一人前届いた。
「またちょうずを持ってきた? いやもう結構。あとの一人前は昼から頂戴しましょう」

上方ではそれこそ、蒼々たる師匠が高座を務めています。
東京では、百生や小南師が演じ、最近の噺家も演じる様です。

後半は「勘定板」等と共通のモノを感じさせますね。全く違う噺を無理やりくっつけた感がありますね。
そこの処はどうなんでしょうね。
でも私は正直嫌いな噺ではなくむしろ好きな噺ですね(^^)続きを読む