はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

タグ:荒川

過去5回に渡って荒川について書いて来ましたが、いよいよ今回で最後です。 かなり私的になって仕舞いましたが、個人のブログと言う事でご勘弁戴きたいと思っています。 さて最後は、開削後の風景を愛した人々についてです。 開削後の荒涼とした風景を最も愛したのは、永井荷…
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荒川の経緯について書いて来ましたが、ここで違う側面から書いてみたいと思います。 荒川放水路が開削される以前、葛西と呼ばれるこの地方は、農村地帯でした。 主な作物は、小松菜、亀戸大根、千住葱、金町小蕪、本田瓜等が多く栽培されていました。 中でも小松菜、亀戸大…
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荒川の開削によって多くの文化施設や社寺が移転させられましたが、東照院若宮八幡もその一つです。 若宮八幡は文治年間(1185-1190)源頼朝が奥州征伐に向かう際に戦勝を祈願、無事勝利した後に戦勝を感謝して創建したといいます。その後江戸時代には、関東郡代伊奈備前守…
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荒川放水路開削によって、移転を余儀なくされた、文化財や施設等が多くあります。 その中には、神社仏閣がありました。 神社や寺院は多くの氏子や檀家によって支えられています。 開削によって、信仰の対象であったこれらの施設も移転した事により、人々の暮らしや生活が分断…
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荒川が開削される地域は古くから「葛西」と呼ばれてきました。 今でも江戸川区にその名が残っていますが、この地を葛西氏が治めていた事によります。 広義の葛西とは、武蔵国葛飾郡を指します。 この地は江戸時代は、江戸近郊の行楽地として又、風光明媚な所として多くの観光…
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