らくご はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

石返し

「石返し」という噺

0604_16『石返し』
今日はこの噺です。内容から言っても冬の噺だと思います。
「番町鍋屋敷」という題名もあります。

『原話』
江戸後期に出来た噺で、柳家の噺ですね。三代目小さん師から四代目、七代目三笑亭可楽師、そして五代目小さん師に継承されたそうです。
上方の噺は江戸から輸入されたそうです。上方では橘圓都師と弟子の圓三師が演じたそうです。
 

『演者』
正直、あまり寄席などでは掛かりませんね。それでも、やはり柳家の噺家さんが演じますね。私は録音は小さん師とか色々、生では十代目入船亭扇橋師がトリの時に聴きました。

『ストーリー』
 夜鷹蕎麦屋の親父が疝気の為商売を休む事になり、一緒に回っていた息子の松公に商いに出るように頼みます。
 蕎麦の作り方から、客扱い、場所選び、売り声まで一通りおさらいをして、夜の街に出掛けました。明るいとこでなく、暗い所で売れと色々と教えられた通りに人通りのない武家屋敷に行きます。そこは番町鍋屋敷と言って商人達には悪評の立っている屋敷でした。
 屋敷の塀から声が掛かかります
「早仕舞いにしてつかわす。全部入れろ」
と言われ、初商いで持参した五十人分が総終いだと喜んで、吊された鍋に蕎麦玉を徳利に蕎麦つゆを入れて、窓の内に引き上げてもらいます。
 蕎麦代は投げると暗いので見失うので、門番の所に行ってもらうように告げられたので、行ってみると
「アレは狸だ」
と言います。
「お前は化かされているので、ここでは払えない」
 と門前払は言います。更に
「お前は総領面で、ぼぉ〜っとしているから騙されるんだと」
 などとも言われrてしまいます。この時、初めて蕎麦を語り取られた事に気づいて泣きながら帰って来ます。
 親父に事の仔細を話すと
「それは狸でも何でもない。仲間内では有名な番町鍋屋敷で、商人を騙していじめているんだ。これから仕返しに行くぞ」
 と言う事で「汁粉・日の出屋」と書き改めまたて屋敷下に来ます。そうすると上の方から相変わらず、汁粉屋を騙してやろうと声が掛かり鍋を下ろして来ます。
 松公が狸の顔が見えたし、鍋は狸の千畳敷だと騒ぎますが、鍋をはずして、どぶのふちにあった石を紐に結びつけて引き上げさせます。
「大変入っていると見える。おい小林手伝え」
 などと上の武士は重い感触に喜びながら
「勘定は門番の所でもらえ……おい汁粉屋この石はなんだ?」
 すると親父
「へい、先ほどの、石(意趣)返しです」。

【注目点】
表長屋と呼ぶ江戸詰めの勤番侍の住居は、この噺の通り二階建てで、下は仲間・小者、二階に主人の住居でした。
落語では「井戸の茶碗」にも登場しますね。

『能書』
江戸時代も後期になると直参、陪臣問わず武士のモラルが低下していたようです。特に番町のあたりの武家屋敷の長屋に住む武士は酷かったとか?
借り倒し、無銭入浴、駕籠かきの運賃の不払い、酷い時は追い剥ぎなどもやったそうです。

『ネタ』
題名は遺恨を晴らす意味の「意趣返し」に引っかけたものです。
段々通じなくなるかも知れないという感じがしますね。

意趣返しを知らない人にも聴いて欲しいなぁ〜

0604_16今日は「石返し」です。

原話は不詳ですが、古い江戸落語です。三代目小さん師から四代目、七代目可楽師、そして五代目小さん師に継承されました。

また、この噺は、江戸から上方へ輸入され、戦後の最長老として上方落語復興に重きをなした橘ノ円都師(1883〜1972)から門弟の橘家円三に継承されました。

少しばかり頭が薄明状態の松公は夜なきそば屋のせがれですが、ちょっと頼り無いのです。
今夜は親父が、「疝気(せんき)が起こって商売に出られないから、代わりにおまえがそばを売って来い」
と、言われます。

そばのこしらえ方や、お愛想の言い方を一通りおさらいし、屋台のそば屋はなるたけさびしい場所の方が客が捕まる、火事場の傍だと野次馬が大勢集まっているからもうかりやすい
などといった秘訣を、いちいち教えられました。
頼りないながらも、最後に「そばあうううい」という売り声をなんとか親父が教え込み、
松公は商売に出かけた。

さあ、それからが大変。
なかなか「そばあうううい」と出てこないので、暗い所で練習しておけば明るい所でも大丈夫だろうと、
立小便の真っ最中の職人にいきなり「(そ)ばあー」とやってケンツクを食わされたり、
客が一杯くれと言うのに、明るいとこじゃ売れない、オレのそばが食いたきゃ墓場へ来い
とやったりして、相変わらず頭のネジは緩みっぱなし。

そのうちに、馬鹿にさびしい所に出たので、一段と声を張り上げると、
片側が石垣、片側がどぶとなっている大きな屋敷の上の方から侍が声を掛けました。

「総仕舞いにしてやるからそばと汁を別々に残らずここに入れろ」
と、上から鍋と徳利が下がってきたので、松公喜んで全部入れ、
と囃すうちに、そばは屋敷の中に消える。

代金をくれと言うと、石垣に沿って回ると門番の爺がいるから、それにもらえとのこと。
ところがその門番、あそこには人は住んでいない、それは狸で、鍋は金玉。
きさまは化かされたのだからあきらめろ、という。
狸が多分引っ越しそばでもあつらえたんだろうから、そんな代金を人間が払う義理はない、帰れ帰れ
と、六尺棒で追い立てられ、松公は泣きべそで戻って報告した。

親父は「あすこは番町鍋屋敷という所だ」と、屋台の看板を汁粉屋に書き換え、松公と一緒に現場へ行きます。
「しるこォ」と声を張り上げると、案の定呼び止められ、
鍋が下がってきたので、親父、そいつに石を入れ
「お待ち遠さま」
侍、引き上げて驚き
「おいっ、この石はなんだッ」
「さっきの石(意趣)返し」

幕末には、直参・陪臣を問わず、このような侍の食い逃げがまかり通っていました。
表長屋と呼ぶ江戸詰めの勤番侍の住居は、この噺の通り二階建てで、下は仲間・小者、二階に主人の住居でした。
「井戸の茶碗」等でも登場しますね。
また、石返し(いしがえし)」と云うのは、「意趣返し」(いしゅがえし)の洒落です。
え!、「意趣返し」が分からないって!?・・・・・・・・・そう云う人はそもそも落語は聴かないと思いますが、仕返しの事ですね。続きを読む
 
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