はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

タグ:橋場の雪

e5546d7f『橋場の雪 』
正月の三日に地元と言っても良い亀有で落語を聴いて来ました。出演者は、昇也、左龍、菊之丞、三三、権太郎と言ったメンバーでした。顔ぶれでは豪華ですね。トリの権太楼師は「笠碁」でした。かなり作り変えていましたね小さん師とも違いましたね、サゲも変えていました。正直イマイチでしたね。昇也さんが面白かったですね。
 という訳で今日はこの噺です。

【原話】
大元は「雪の瀬川」と言う人情噺が元の噺で、この噺を直して文楽師が十八番「夢の酒」として演じました。
更に「隅田(すみだ)の夕立」「夢の後家」の二通りに改作されました。
それの「夢の後家」を文楽師が昭和10年ごろに「夢の酒」に改作しました。

【ストーリー】
商家の奥の離れに若旦那がいます。 こっそりと幇間の一八が忍んで来て、今日は瀬川花魁と会う約束だったじゃあないか、向島の料亭で瀬川が待っている、と言ます。 瀬川は、吉原で全盛の花魁。 
 女房のお花に内緒で抜け出した若旦那、瀬川の片えくぼのことなど考えている内に、吾妻橋を通り過ぎて、橋場の渡しの所まで来てしまいました。 
ちょうどその時、渡し舟が出たばかりで、土手の上の吹きざらし、寒いと思ったら、雪が降り出し、あたり一面真っ白。 
なのに自分だけ雪がかからないので、ふと見ると傘を差しかけてくれていたのが、お湯の帰りだという女中連れの三十に手がとどきそうな、いい女で、若旦那が三年前に亡くなった亭主に、よく似ている、近くなのでお茶でも差し上げたい、と言う。 丁度そこへ、渡し舟が戻って来てしまい、ここはこれまで。
 向島の料亭では、花魁はつい今しがた廓に戻ったという。
なんだと帰ろうとすると、渡し舟はあるが船頭がいません。 
そこへ小僧の貞吉が傘と足駄を持って迎えに来て、対岸の二階で先ほどの女が手招きしているのを目敏く見つけます。
 定吉は親父が深川の船頭だったから、渡し舟ぐらい漕げるのです。
石垣の間に蝙蝠傘を挟んだりすることはないという。 
貞吉に駄賃を一円、漕ぎ返すのにもう一円やって、女の家へ寄る事にします。 
「一献召し上がって」「じゃあ一杯だけ」 差しつ差されつやっているうちに、頭が痛くなって、次の間にとってあった布団に横になる。 
長襦袢になった女が、布団の隅の方にだけと入ってきました・・・
……「あなた、あなた」と女房のお花に起されると、 離れの炬燵の中で、夢を見ていたのでした。 
話を聞いて女房は泣き、若旦那は笑い、親父は怒る始末。 さっき駄賃を二円やったじゃあないかと言われて、釈然とせずに若旦那の肩を叩いていた貞吉が、居眠りを始めます。
 焼餅焼きのお花は「若旦那が橋場に出かける何よりの証拠、貞吉がまた舟を漕いでおります」

【演者】
これは最近では柳家三三師が落語研究会などで演じていますね。
昔のことですが、三代目柳家小さんの、明治29年の速記があります

【注目点】
「隅田の夕立」の方は円遊師が、夢の舞台を向島の雪から大川の雨に代え、より笑いを多くしたそうです。
「夢の後家」の方は、「夢の酒」と大筋は変りませんが、夢で女に会うのが大磯の海水浴場、それから汽車で横須賀から横浜を見物し、東京に戻って女の家で一杯、と、当時の明治らしさです。

『能書』
人情噺「雪の瀬川」(松葉屋瀬川)が「橋場の雪」として落し噺化され、それを鼻の園遊師が、現行のサゲに直し、「隅田(すみだ)の夕立」「夢の後家」の二通りに改作しました。
されに、「夢の後家」の方を、文楽師が昭和10年前後に手を加え、「夢の酒」として磨き上げました。

『ネタ』
文楽師も「夢の酒」を演じる以前はこの「橋場の雪」をしていたそうです。

b60d99dd17af7ca86f5cfca349ae3bd1今日は「橋場の雪」という話です。
これは、大元は「雪の瀬川」と言う人情噺が元の噺で、この噺を直して文楽師が十八番「夢の酒」として演じました。

商家の奥の離れに若旦那がいます。 こっそりと幇間の一八が忍んで来て、今日は瀬川花魁と会う約束だったじゃあないか、向島の料亭で瀬川が待っている、と言ます。 瀬川は、吉原で全盛の花魁。 

女房のお花に内緒で抜け出した若旦那、瀬川の片えくぼのことなど考えている内に、吾妻橋を通り過ぎて、橋場の渡しの所まで来てしまいました。 
ちょうどその時、渡し舟が出たばかりで、土手の上の吹きざらし、寒いと思ったら、雪が降り出し、あたり一面真っ白。 
なのに自分だけ雪がかからないので、ふと見ると傘を差しかけてくれていたのが、お湯の帰りだという女中連れの三十に手がとどきそうな、いい女で、若旦那が三年前に亡くなった亭主に、よく似ている、近くなのでお茶でも差し上げたい、と言う。 丁度そこへ、渡し舟が戻って来てしまい、ここはこれまで。

 向島の料亭では、花魁はつい今しがた廓に戻ったという。
なんだと帰ろうとすると、渡し舟はあるが船頭がいません。 
そこへ小僧の貞吉が傘と足駄を持って迎えに来て、対岸の二階で先ほどの女が手招きしているのを目敏く見つけます。

定吉は親父が深川の船頭だったから、渡し舟ぐらい漕げるのです。
石垣の間に蝙蝠傘を挟んだりすることはないという。 
貞吉に駄賃を一円、漕ぎ返すのにもう一円やって、女の家へ寄る事にします。 
「一献召し上がって」「じゃあ一杯だけ」 差しつ差されつやっているうちに、頭が痛くなって、次の間にとってあった布団に横になる。 
長襦袢になった女が、布団の隅の方にだけと入ってきました・・・

・・・・「あなた、あなた」と女房のお花に起されると、 離れの炬燵の中で、夢を見ていたのでした。 
話を聞いて女房は泣き、若旦那は笑い、親父は怒る始末。 
さっき駄賃を二円やったじゃあないかと言われて、釈然とせずに若旦那の肩を叩いていた貞吉が、居眠りを始めます。
 焼餅焼きのお花は「若旦那が橋場に出かける何よりの証拠、貞吉がまた舟を漕いでおります」

人情噺「雪の瀬川」(松葉屋瀬川)が「橋場の雪」として落し噺化され、それを鼻の園遊師が、現行のサゲに直し、「隅田(すだ)の夕立」「夢の後家」の二通りに改作しました。
されに、「夢の後家」の方を、文楽師が昭和10年前後に手を加え、「夢の酒」として磨き上げました。

「隅田の夕立」の方は円遊師が、夢の舞台を向島の雪から大川の雨に代え、より笑いを多くしたそうです。
「夢の後家」の方は、「夢の酒」と大筋は変りませんが、夢で女に会うのが大磯の海水浴場、それから汽車で横須賀から横浜を見物し、東京に戻って女の家で一杯、と、当時の明治らしさです。

文楽師も「夢の酒」を演じる以前はこの「橋場の雪」をしていたそうです。
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