はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

桂歌丸

「小烏丸」という噺

tumblr_l25fqoLGst1qbn3ato1_500今日は「小烏丸」という噺です。
ここの処、スパムメールというのでしょうか、正体不明のコメントの荒らしにあっていまして、その対策などをしていました。
上方では「竹光」という名で演じられ、またの名を「孝行娘」とも云います。

聴いていてお分かりかとも思いますが、「小烏丸」という刀のエピソードは上方落語「八橋船」でも登場します。

神田石町に伊勢屋と言う大きな質屋があり、主の幸右衛門は妻に先立たれたが、仏の幸右衛門と呼ばれる人で、
望も名誉も財産もありましたが、一人娘のお照の成長だけを楽しみに暮らしていましたが、
”おかじ”という女身の回りを世話をしていて、よく尽くしてくれていました。
ある時、酒の勢いで手を付けて仕舞い、後添えに貰う事にしました。

ところが、イザなってみると、朝から大酒をくらい、何もしなくなって仕舞いました。
その上、元旗本三男くずれの出入り按摩針医・松崎貞按(まつざきていあん)と深い仲になってしまいます。
周りの者は口を閉ざしていましたが、義侠心が強い、出入りの頭、勝五郎は、伊勢屋を訪れて川柳の本を読まして
主にそれとなく教えようとしましたが、一向に気が付きません。
その上、「お茶がダメなら、台所で水なんて飲まないで、二階で貞按とおかじが酒をやっているから、飲んで行けばいいじゃないか」と進められる始末です。

その時、台所で娘のお照から声を掛けられます。
「頭の言っていた事が本心なら、私も本心であの二人を何とかしたいので、力を貸して下さい」
と頼みまして、二人は何やら相談を始めます。

 その後、酔った貞按は水を飲みに台所に来て、お照に出くわします。
お照は色仕掛けで貞按が好きだから連れて逃げてほしいと打ち明けます。
すると貞按は、逃げるからには百両の金と小烏丸の名刀を蔵から出して持って来てくださいと云います。
小烏丸とは、抜くと回りに烏が集まって来るという、昔、信濃国戸隠山で平維茂(たいらの これもち)が鬼を退治したという名刀なのです。
今晩八つの鐘で裏木戸から忍んでくださいという事になりました。

 裏木戸から出て駕籠で王子まで行く事になりました。
王子の手前、飛鳥山で駕籠屋が駄賃をふっかけ始めたので刀で追い払い、お照は歩き始めました。
そこで、100両と小烏丸を渡し、手切れ金代わりに一人でどこにでも行きなさいと、貞按を突き放します。
力ずくでも連れて行き、最後は売り払ってしまうぞと、もみ合いになったところに、勝五郎が割って入ってきます。
貞按は懐の小刀を抜いてもみ合いになりましたが、勝五郎は小手を打つと貞按は刀を落としました。
貞按はさすが元侍、慌てず小烏丸を抜いてかざすと、烏が群れ集まってくるかと思いきや、雀ばかりが集まってきます。
おかしいと、よ〜く見ると竹光ででした。

オチの所は「八橋船」と同じですね。どちらが先かは分かりませんが・・・

小烏丸という刀ですが、wiki等によると、
桓武天皇の時代、大神宮(伊勢神宮)より遣わされた八尺余りある大鴉によってもたらされたと伝えられ、小烏丸の名はその大鴉の羽から出てきたとの伝承に由来する。刀工「天国」作と伝えられる。
後に平貞盛が平将門、藤原純友らの反乱を鎮圧する際に天皇より拝領し、以後平家一門の家宝となる。壇ノ浦の合戦後行方不明になったとされている。
後に江戸時代になって伊勢家で保管されていることが判明し、明治維新後に対馬の宗家に渡った後、明治天皇に献上された。
現在は宮内庁委託品として宮内庁で保管保存されています。

石町は現在では日銀のある所ですが、三越の裏にあたります。
お金の博物館等があります。続きを読む

「鍋草履」と言う噺

44e44935今日は寒くなってきましたので「鍋草履」と言う噺です。

芝居茶屋の若い衆が誂えの鍋を梯子段の下へ置き、幕が閉まるのを待っていたが、
舞台で上演中で出入り止めになっていて、客のところへ鍋を持って行く事ができない、仕方なくその幕が終わるまで芝居見物を決め込みます。
ところが、そこへ降りて来た客が、鍋へ足を突っ込んでしまいます。
「知らぬが仏、見ぬもの清」だから、そのまま食べさせてしまえと言われ、そのまま持って行ってしまいます。

お客は遅いとイライラしながら待っています。そこへ持ってきたので、早速食べる事にします。
中身はと見ると、崩し豆腐に崩し魚と変わってるが中々のいい味。
食べ進むに連れて、何やら硬いものがあります。
そこへ、先ほどの男がやってきます。若い衆が何事かと聞くと「鍋の中の草履を取りに来た」

この噺は、初代圓右師の録音が残されていますが、長らくやり手がなかった噺を、現芸協会長の歌丸師が復活させた噺です。今では歌丸一門はもとより、芸協の若手も演目に掛けます。

当時の芝居見物は飲み食いしながらの見物で、注目の場面になると真剣に見物するというスタイルだったそうです。
その為、薄暗い場内で見栄をはる顔を良く見るため、顔を照らす黒子さんもいました。
そういう時等に掛け声が掛かったようです。
ですから、中村仲蔵等は、一発決めたのに、シーンとしてる場内をみて、「やりそこなった」と感じたのでしょう。

この噺は、芝居茶屋の若い衆が止められてるので、忠臣蔵の四段目あたりだと思われます。
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八咫烏(やたがらす)由来の噺

tumblr_l25fqoLGst1qbn3ato1_500今日は珍しい噺「小烏丸」です。
上方では「竹光」という名で演じられ、またの名を「孝行娘」とも云います。

聴いていてお分かりかとも思いますが、「小烏丸」という刀のエピソードは上方落語「八橋船」でも登場します。

神田石町に伊勢屋と言う大きな質屋があり、主の幸右衛門は妻に先立たれたが、仏の幸右衛門と呼ばれる人で、
望も名誉も財産もありましたが、一人娘のお照の成長だけを楽しみに暮らしていましたが、
”おかじ”という女身の回りを世話をしていて、よく尽くしてくれていました。
ある時、酒の勢いで手を付けて仕舞い、後添えに貰う事にしました。

ところが、イザなってみると、朝から大酒をくらい、何もしなくなって仕舞いました。
その上、元旗本三男くずれの出入り按摩針医・松崎貞按(まつざきていあん)と深い仲になってしまいます。
周りの者は口を閉ざしていましたが、義侠心が強い、出入りの頭、勝五郎は、伊勢屋を訪れて川柳の本を読まして
主にそれとなく教えようとしましたが、一向に気が付きません。
その上、「お茶がダメなら、台所で水なんて飲まないで、二階で貞按とおかじが酒をやっているから、飲んで行けばいいじゃないか」と進められる始末です。

その時、台所で娘のお照から声を掛けられます。
「頭の言っていた事が本心なら、私も本心であの二人を何とかしたいので、力を貸して下さい」
と頼みまして、二人は何やら相談を始めます。

 その後、酔った貞按は水を飲みに台所に来て、お照に出くわします。
お照は色仕掛けで貞按が好きだから連れて逃げてほしいと打ち明けます。
すると貞按は、逃げるからには百両の金と小烏丸の名刀を蔵から出して持って来てくださいと云います。
小烏丸とは、抜くと回りに烏が集まって来るという、昔、信濃国戸隠山で平維茂(たいらの これもち)が鬼を退治したという名刀なのです。
今晩八つの鐘で裏木戸から忍んでくださいという事になりました。

 裏木戸から出て駕籠で王子まで行く事になりました。
王子の手前、飛鳥山で駕籠屋が駄賃をふっかけ始めたので刀で追い払い、お照は歩き始めました。
そこで、100両と小烏丸を渡し、手切れ金代わりに一人でどこにでも行きなさいと、貞按を突き放します。
力ずくでも連れて行き、最後は売り払ってしまうぞと、もみ合いになったところに、勝五郎が割って入ってきます。
貞按は懐の小刀を抜いてもみ合いになりましたが、勝五郎は小手を打つと貞按は刀を落としました。
貞按はさすが元侍、慌てず小烏丸を抜いてかざすと、烏が群れ集まってくるかと思いきや、雀ばかりが集まってきます。
おかしいと、よ〜く見ると竹光ででした。

オチの所は「八橋船」と同じですね。どちらが先かは分かりませんが・・・

小烏丸という刀ですが、wiki等によると、
桓武天皇の時代、大神宮(伊勢神宮)より遣わされた八尺余りある大鴉によってもたらされたと伝えられ、小烏丸の名はその大鴉の羽から出てきたとの伝承に由来する。刀工「天国」作と伝えられる。
後に平貞盛が平将門、藤原純友らの反乱を鎮圧する際に天皇より拝領し、以後平家一門の家宝となる。壇ノ浦の合戦後行方不明になったとされている。
後に江戸時代になって伊勢家で保管されていることが判明し、明治維新後に対馬の宗家に渡った後、明治天皇に献上された。
現在は宮内庁委託品として宮内庁で保管保存されています。

石町なんてのは現在では日銀のある所ですが、三越の裏ですね。
たまに三越に車で買い物に行くときにこのあたりを通ります。
お金の博物館等があります。
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東北、仙台でのお噺

P2060609今日は、左甚五郎の噺で落語ではおそらく最後の噺になる「ねずみ」です。

名工・左甚五郎は、十年も江戸・神田橘町の棟梁・政五郎の家に居候の身。
その政五郎が若くして亡くなり、今は二代目を継いだせがれの後見をしています。

ある年、まだ見ていない奥州・松島を見物しようと、伊達六十二万石のご城下・仙台までやってきました。
十二、三の男の子が寄ってきて、ぜひ家に泊まってほしいと頼むので承知すると、
うちの旅籠は鼠屋(ねずみや)といって小さいが、おじさん、布団がいるなら損料(そんりょう)を払って借りてくるから、二十文前金でほしいと、言います。

なにかわけがありそうだと、子供に教えられた道を行ってみると、宿屋はなるほどみすぼらしくて、掘っ建て小屋同然。
前に虎屋という大きな旅籠(はたご)があり、繁盛しています。
出てきた主人、うちは使用人もいないから、申し訳ないが、そばの広瀬川の川原で足をすすいでほしい
と言うから、ますますたまげます。
その上、子供が帰ってきて、料理ができないから、自分たち親子の分まで入れて寿司を注文してほしい
と言い出したので、甚五郎は苦笑して二分渡す。

それとなく事情を聞くと、このおやじ、卯兵衛(うへえ)といい、もとは前の虎屋のあるじだったが、
五年前に女房に先立たれ、女中頭のお紺を後添いにしたのが間違いのもと。
性悪な女で、幼いせがれの卯之吉をいじめた上、番頭の丑蔵と密通し、たまたま七夕の晩に卯兵衛が、
二階の客のけんかを止めようとして階段から落ちて足腰が立たなくなり、寝たきりになったのを幸い、
親子を前の物置に押し込め、店を乗っ取ったと、いうのです。

卯兵衛は、しかたなく幼友達の生駒屋(いこまや)の世話になっていたが、子供の卯之吉が健気(けなげ)にも、
このままでは物乞いと変わらない、おいらがお客を一人でも連れてくるから商売をやろう
と訴えるので、物置を二階二間きりの旅籠に改築したが、客の布団も満足にないありさま。

宿帳から、日本一の彫り物名人と知って卯兵衛は驚くが、同情した甚五郎、
一晩部屋にこもって見事な木彫りの鼠をこしらえ、たらいに入れて上から竹網をかけると
「左甚五郎作 福鼠 この鼠をご覧の方は、ぜひ鼠屋にお泊りを」
と書いて、看板代わりに入口に揚げさせ出発した。

この看板を見た近在の農民が鼠を手にとると、不思議や、木の鼠がチョロチョロ動く。
これが評判を呼び、後から後から客が来て、たちまち鼠屋は大繁盛。
新しく使用人も雇い、裏の空き地に建て増しするほど。
そのうち客から客へ、虎屋の今の主人・丑蔵の悪事の噂が広まり、虎屋は逆にすっかりさびれてしまう。

丑蔵は怒って、なんとか鼠を動かなくしようと、仙台一の彫刻名人・飯田丹下(いいだ・たんげ)に大金を出して頼み、大きな木の虎を彫ってもらう。
それを二階に置いて鼠屋の鼠をにらみつけさせると、鼠はビクとも動かなくなった。

卯兵衛は「ちくしょう、そこまで」と怒った拍子にピンと腰が立ち、江戸の甚五郎に
「あたしの腰が立ちました。鼠の腰が抜けました」と手紙を書いた。
不思議に思った甚五郎、二代目政五郎を伴ってはるばる仙台に駆けつけ、
虎屋の虎を見たが、目に恨みが宿り、それほどいい出来とは思われない。

そこで鼠を「あたしはおまえに魂を打ち込んで彫ったつもりだが、あんな虎が恐いかい?」
としかると、「え、あれ、虎? 猫だと思いました」

前にも書きましたが、三代目三木助師が、浪曲師の広沢菊春師に「加賀の千代」と交換にネタを譲ってもらい、脚色して落語化したものです。
「甚五郎の鼠」の演題で、昭和31年7月に初演しました。

「竹の水仙」「三井の大黒」ト並んで甚五郎三部作とも言われています。
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お寒くなりました、鍋でもって・・・なんじゃこりゃ

小鍋豚2-1今日は寒くなったので「鍋物」の噺です。

日は「鍋草履」と言う噺です。

芝居茶屋の若い衆が誂えの鍋を梯子段の下へ置き、幕が閉まるのを待っていたが、
舞台で上演中で出入り止めになっていて、客のところへ鍋を持って行く事ができない、仕方なくその幕が終わるまで芝居見物を決め込みます。
ところが、そこへ降りて来た客が、鍋へ足を突っ込んでしまいます。
「知らぬが仏、見ぬもの清」だから、そのまま食べさせてしまえと言われ、そのまま持って行ってしまいます。

お客は遅いとイライラしながら待っています。そこへ持ってきたので、早速食べる事にします。
中身はと見ると、崩し豆腐に崩し魚と変わってるが中々のいい味。
食べ進むに連れて、何やら硬いものがあります。
そこへ、先ほどの男がやってきます。若い衆が何事かと聞くと「鍋の中の草履を取りに来た」

この噺は、初代圓右師の録音が残されていますが、長らくやり手がなかった噺を、現芸協会長の歌丸師が復活させた噺です。今では歌丸一門はもとより、芸協の若手も演目に掛けます。

当時の芝居見物は飲み食いしながらの見物で、注目の場面になると真剣に見物するというスタイルだったそうです。
その為、薄暗い場内で見栄をはる顔を良く見るため、顔を照らす黒子さんもいました。
そういう時等に掛け声が掛かったようです。
ですから、中村仲蔵等は、一発決めたのに、シーンとしてる場内をみて、「やりそこなった」と感じたのでしょう。

この噺は、芝居茶屋の若い衆が止められてるので、忠臣蔵の四段目あたりでしょうか?

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