らくご はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

タグ:桂文楽

つるつる『つるつる』
暑い日が続いておりますが皆様にはくれぐれもコロナと熱中症にご注意ください!
 さて今日は「つるつる」です。この噺の時期がいつ頃なのかは判りませんが、何となく今頃のような気がします。

『原話』
元の噺としては1827年に発行された「狂歌今昔物語」(全亭正直編)の「ある男女かたらひて炉の穴より通しひし事」だと言われています。これを初代三遊亭円遊師が仕立直し明治22年に演じた「思案の外幇間の当て込み」がこの噺の元と云われています。

『演者』
 八代目桂文楽が、それまで滑稽噺とされてきたこの噺を、幇間の悲哀や、お梅の描写等を加え、得意演目にしました。又志ん生もこの演目を演じており、文楽師とか逆にかなり滑稽味を加えています。

『ストーリー』
幇間の一八が、同じ家にいる芸者のお梅に、嫁に来ないかと口説いたところ、お梅は浮気な考えじゃいやだ。それと一八には悪い癖があって、お酒を飲むと物事がぞろっぺいになって約束をしてもすっぽかしたりする。それがなければお嫁に行ってもいいけど、今晩2時になったら、あたしの部屋に来てちょうだい。ただし少しでも遅れたら、いつもの癖が出たんだと言うことで、この話はなかったことにしましょうと約束をしました。
 その日、旦那が来て、付き合えと言居ます。
一八は約束の時間に戻れないかも知れないので、今日は勘弁して欲しいと言います。
旦那がその訳を聞くと一八は、しぶしぶお梅との約束を話しました。
 旦那が一二時まで、付き合えと言ったので、日頃世話になっている旦那だけに、一八もお供をする事になりました。
 先方の御茶屋で、旦那が何か芸をやればそれを買ってやるからと言ったが、これという芸がないので、酒を湯飲みに一杯飲んだら金を出すといいます。
 一八は、大好きな酒で金がもらえるならと喜んで引き受けたが、何度か飲んでいるうちに酔っぱらって、もう少し飲めと言う旦那に、約束の時間だからと断ってふらふらしながら帰ってきました。
 お梅の部屋に行くには、師匠の寝ている部屋を通って行かなければならないので、灯り取りのさんをはずして、帯をほどき裸になって目隠しをして、折れ釘に帯を結んで捕まりながらゆっくりとおりていけば、師匠にも見つかることはないと安心したら、酔いが出て、寝てしまいます。
 時計のチンチンという音がしたので、帯に捕まりながらおりていくと、下では、今みんなが朝飯を、食べようとしていたところだったので、師匠が
「おい、一八お前、何を寝ぼけているんだ」
「井戸替えの夢を見ました。」

『能書』
 この噺の考えなければならないのは、お梅ちゃんは本気で一八に言ったのか?
という処ですね。
本気で酒さえ呑まなければ良かったのか・・・という処ですが、
一八の職業を考えれば、禁酒は無理ですね。
という事は・・・・・ですね。
それともそれを判って、あえて求婚するなら、本気だろうという考えなのか、
女心は不思議です。
今では井戸も使わ無くなったので、このさげも判り難くなりましたね。

『ネタ』
柳橋の花柳界は天保の改革で営業出来なくなった深川の辰巳芸者が柳橋界隈に流れて来てから盛んになりました。元が辰巳芸者でしたので気っぷが良かったそうです。
 この噺の旦那のモデルは黒門町の実際の旦那だった「ひーさん」こと樋口さんだと言われています。

20150701214715『酢豆腐』
 今日は夏の噺の「酢豆腐」です。
 尤も最近では本当にそういう名の豆腐料理があるかの如く扱う所がありますが、本来はそんな料理はありません。ある辞典にはちゃんと載ってしまっていますが、これは編集者が石頭なのでしょうね。

『原話』
原話は、1763年(宝暦13年)に発行された『軽口太平楽』の一遍の「酢豆腐」と言う話。
これを、初代柳家小せん師、(あの盲の小せんですね)が落語として完成させました。
ですので、この噺を大正の初め頃だという方もいます。
歴史家の方によれば、庶民の生活は関東大震災までは、電気が点いても、汽車が走っても、
そう変わり無かったそうです。のんびりとした時代だったのですね。

『演者』
小せん学校に通っていた六代目圓生師や黒門町、志ん朝師などに引き継がれました。今では多くの噺家さんが演じています。

『ストーリー』
ある夏の昼下がり。暇な若い衆が寄り集まり暑気払いの相談をしていますが、江戸っ子たちには金がありません。
 困った一同、酒はどうにか都合するとしても(これもいいかげん)、ツマミになる肴が欲しいので必死に考えますが良いアイデアが浮かびません。知恵者が「糠味噌桶の糠床の底に、古漬けがあるだろう。そいつを刻んで、かくやの香こはどうだい?」
と妙案を出しますが、古漬けを引き上げる者は誰もいません。
 困ってしまった時に運良く(悪く)たまたま通りかかった半公をおだてて古漬けを取らせようとしますが、結局駄目ですが肴を買う金銭を巻き上げます。
 その時、与太郎が昨夜豆腐を買ってあったのを出して来ます。でも豆腐は夏場にもかかわらず、鼠入らずの中にしまったせいで、腐ってしまっていました。手遅れの豆腐を前に頭をかかえる一同。
 と、家の前を伊勢屋の若旦那が通りかかります。この若旦那、知ったかぶりの通人気取り、気障で嫌らしくて界隈の江戸っ子達からは嫌われ者。シャクだからこの腐った豆腐を食わせてしまおうと一計を案じます。
 呼び止めておだて上げて引き入れ、
「舶来物の珍味なんだが、何だかわからねえ。若旦那ならご存知でしょう」
 と腐った豆腐を出します。すると若旦那は知らないとも言えず
「これは酢豆腐でげしょう」
 と知ったかぶる。うまいこともちあげられた末に食べることになります。もう目はぴりぴり、鼻にはツンとしながらとうとう食べます。何とも言い難い表情。
「いや食べたね。偉いね若旦那、もう一口如何ですか?」
「いや、酢豆腐は一口に限りやす」

【注目点】
この噺に出てくる「かくやのこうこ」は美味しいですよね。
飯に良くて酒に良い!と文句はありません。
糠だって、ちゃんとかき混ぜていれば、臭く無いんですよ。
私なんか商売上、糠味噌は別にイヤじゃ無いので、ここまで嫌われると、
糠味噌が可哀そうに思えてきます。
 この噺を聴いていて思うのは、のんびりとした時代だったと言う事ですねえ。
我々が忘れてしまった世界なのかも知れません。

『能書』
この噺が初代柳家小はんと言う方が上方へ持って行って「ちりとてちん」が生まれました。
でも私はは「ちりとてちん」よりこちらの方が好きです。
夏の暑い盛り、いい若者が皆で集まってクダまいててという設定からして好きですね。
それに最後は若旦那を仲間として認める処が好きですね。
若旦那も「「いやあ、酢豆腐は一口にかぎる」と粋に言って逃げるのも上手いですね。
長屋の皆も「若旦那大した者だ!」と言って褒めていますね。
きっと、これで若旦那は皆の仲間になれたと思うのです。
皆も認めたと言う意味でですね。

『ネタ』
落語を解説しているサイトでもこの噺と「寄合酒」を混同している所がありますが、
元々の噺が違うので、間違いですね。
「寄合酒」は「ん廻し」(田楽喰い)に繋がる噺ですからね。

個人的にはこの後「羽織の遊び」に繋がると思っています。

0df729e0『よかちょろ』
相変わらずコロナの感染拡大が止まりませんが今は我慢なのでしょうね。
私の所にはマスクは未だ来ませんが皆さんの所は如何ですか?
 さて今日はこの噺です。

【原話】
「山崎屋」の発端を初代遊三師が改作したものと云われていますが、今では別の噺とされています。

【ストーリー】
若旦那の道楽がひどく、一昨日集金行ったきり戻らないので、旦那はカンカン。
番頭に、おまえが信用しないと余計自棄になって遊ぶからと、与田さんの掛け取りにやるように言ったのがいけないと、八つ当たりです。
今日こそみっちり小言を言うから、帰ったら必ず奥へ寄越すように、言いつけます。
そこへ帰ってきたのですが、集金したお金は全くありません。
旦那は呆れて、使い道を話してみろと言います。
若旦那は少しも騒がず、無駄な出費ではありませんと言う。
旦那は頭に来て、内訳を言ってみろといいます。
 その内訳は、まず髭剃代が五円、あとは「『よかちょろ』を四十五円で願います」
「よかちょろ」とは何だと言うと、安くてもうかるものだというので、
「ふうん、おまえはそれでも商人のせがれだ。あるなら見せなさい」
「へい。女ながらもォ、まさかのときはァ、ハッハよかちょろ、
主に代わりて玉だすきィ……しんちょろ、味見てよかちょろ、
しげちょろパッパ。これで四十五円」
 旦那は呆れ返って仕舞い、女将さんにも文句を言ってモメます。
なんだかんだと言い合いをしてといとう若旦那、勘当にあいなります。

 以前は若旦那がこれ以外の出費を並べて二百円ちょうどにしたので、旦那がケムにまかれて
「うん、してみると無駄が少しもない」とサゲていたそうです

【演者】
これは黒門町が一番ですね。あとは談志師が好んで良く演じていました。

【注目点】
 作者の遊三と言う師匠は、ユニークな方で、幕府の御家人だったのですが、戊辰戦争にはあまり熱心でなく、
もっぱら寄席通いをしていたそうです。それが高じて噺家になるのですが、親戚一同に意見されて、
今度はなんと判事になったのですが、自分が担当した事件で自分好みの女性の判決で曲がった判決を言い渡して罷免されたそうです。
それから噺家に戻り、遊三となり一門を形成したという、素晴らしい人!?です。

『ネタ』
この頃の散髪は30銭もあれば出来たそうです。

1011404『干物箱』
今日は、黒門町の十八番中の十八番のこの噺です。

【原話】
原話は、延享4年(1747年)に出版された笑話本・「軽口花咲顔」の一遍である『物まねと入れ替わり』です。

【ストーリー】
 女道楽が過ぎて、若旦那が外出禁止となり、すでに十日。
たまには湯でも行って来いと言われて、二つ返事で家を飛び出した。
一旦外に出ると吉原に顔を出したくなる。そこで、声色が上手な善公に替玉を頼むことにした。
親父には、こう答えろと指示して、善公を二階に残して遊びに出掛けた。
 筋書通りに答えて調子にのっている善公だが「頂いた干物はどこだ」と聞かれて「干物箱」と出鱈目を言うと持って来いと言われた。
顔を見せる訳にはいかないので、腹が痛いと嘘をつくと、親父が薬を持って二階に上がって来た。
頭から布団を被ってしがみついていたが剥がされ、若旦那との計略がバレた。
 その時、窓の外から若旦那が囁くような小さな声で、紙入れを忘れたから取ってくれと頼む。
思わず親父が怒鳴り、
「馬鹿野郎、てめえなんぞ、どこへでも行って死んじめぇ」 
お気楽な若旦那は、
「はぁ善公は器用だねぇ、親父そっくり」

【演者】
やはり八代目文楽師が有名ですが、志ん生師もやりました。亡くなった後は志ん朝師や馬生師など多くの噺家が演じています。

【注目点】
志ん朝師師はこの噺を「前半できちんと説明しないと後半の笑いに繋がらない」と語っていたそうです。
それとこの噺の日時もハッキリと判っているそうです。明治の末で1月16日の藪入りの晩で店の者は誰も居ないのだそうです。それは古い速記に「やぶいりのまたいで過ぎぬ凧の糸」という句から判ります。

『ネタ』
この噺で親を騙すのに用いられたのは「声色」ですが、「声色」の本来は歌舞伎役者の声を真似することです。
噺に出てくる「亀清」は柳橋にあった料亭です。

img_785584_61079218_2『星野屋』
11月になっても、相変わらず温かいですが、如何お過ごしでしょうか?
 体調にはくれぐれもご注意ください。
 という訳で今日はこの噺です。
この噺ですが、何処か「辰巳の辻占」に似てる気がします。
その昔、玉置さんが番組で「落語騙しのテクニック」と語っていました。

【原話】
原話は元禄11年に刊行された『初音草大噺大鑑』の一遍である「恋の重荷にあまる知恵」です。

【ストーリー】
旦那は弁天山の下の茶店「すずしろ」のお花を世話していると、女中が奥様に御注進。奥様が旦那に問い詰めると、お客様のお世話をしている女だが、大阪に帰ってしまうので、「後は星野屋、お前が面倒を見てくれ」と言う事で、面倒を見ている女なのだ。と、しどろもどろで弁解をします。
 「良いきっかけなので、ここで別れよう。」と、奥様に口約束します。

 お花の家に行って、50両の金を出して別れ話を切り出しますが、 お花は「お金は受け取れないし、他に好きな女が出来たのなら、ハッキリ言えばいいでしょ。水くさいんだから・・・。
私は旦那しか居ないんだから、そんな事言われたら死んでしまいます。」
 「嬉しいね。死んでくれるか。私は養子で女房には頭が上がらないんだ。その上、星野屋は仕事が上手くいかなくて左前になっている。私も死のうと思っていた。一緒に死のう。八つを合図に 今夜来るから、母親に気ずかれるなよ。」と言い残して帰ります。
八つに迎えに来た旦那はお花の手を取って、吾妻橋にやって来るのですが、
旦那は「人が来た。先に行くぞ。」と、ドブンっと飛び込んでしまった。
「気が早いんだから〜」とお花は躊躇します。
 その時、屋根舟が一艘やって来て、一中節の上辞で「♪さりとは狭いご了見、死んで花が咲くかいな。楽しむも恋、苦しむも恋、恋という字に二つはない」。「そうだよね、死んで花が咲かないよね。旦那〜、おっかさんもいるんで、失礼しま〜す。」と、こんな失礼な事はありません。

 一時の感情の高ぶりで死ぬと切り出したものの、お花の方は恐くなって家に帰って来て、タバコを一服していると、重吉が尋ねてきます。
「星野屋の旦那が来なかったか」と切り出した。「いいえ」と知らん顔を決め込もうとするお花に、「知らないならいいんだよ。ただね、今夜はおかしいんだ。眠れないで、トロトロとしていたら、雨も降っていないのに、
あたしの枕元にポタポタと水が滴り落ちる。なんだろうと思って、ふと上を見ると、 旦那が恨めしそうな顔で、
あたしに言うには、『お前が世話してくれた女だが、一緒に死ぬと言うから、吾妻橋から身投げしたのに、
あの女は帰ってしまった。
あんな不実な女だとは知らなかった。これから、毎晩、あの女のところに化けて出て、取り殺してやる』 と言うもんだからね、ちょっと気になってねえ、何も無かったんだな。じゃ、帰るからな」
 「チョット待っておくれよ」。
 「重さん、本当は、チョットだけ行ったんだよ。どうか、出ない方法はないかね。」
「それだったら、髪の毛を切って、今後雄猫一匹膝に乗せませんって、墓前に供えたら浮かばれるだろう」
すると、お花は裏に入って髪を切って、頭には姉さん被りをして出てきます。
「これなら、旦那も浮かばれるだろう」。
 そこに死んだはずの旦那が入ってきた。
「あら、旦那!」。
「旦那はな、お前を家に入れたくて、俺のところに相談に来たんだ。一緒に飛び込んでいたら、旦那は泳ぎは名人だし、橋の下には5艘の舟と腕っこきの船頭がいて、水の一滴すら飲ませずに星野屋に入れるとこだったんだ。」、「それならもう一回行きましょう」。
「旦那、こういう女なんだ。大事にしている髪の毛を切ったので我慢してください」、
「そんな髪なら、いくらでもあげるよ。それが本物の髪の毛だと思っているのかい、それはカモジだよ」
「チクショウ!お前はふん縛(じば)られるぞ。その金を使ってみろ。お前は、捕まって、火あぶりになるぞ。それは偽金だ。」
「ちくしょう、どこまで企んでんだ。こんな金返すよ。」
「ははは、本当に返しやがった。偽金なんて話は嘘だよ。これは本物の金だ。偽金だったら旦那が先に捕まってしまう。」
「どこまで企んでんだ。おっかさん!あれは本物だってよ。」
「私もそうだと思って、3枚くすねておいたよ」。

【演者】
黒門町の十八番でしたね。他には八代目柳枝師がやっていました。
他には志ん生師や柳橋先生も演じていました。
【注目点】
水茶屋とは、表向きは、道端で湯茶などを提供する茶屋ですが、実は酒も出し、美女の茶酌女は、今でいうコンパニオンで、
心づけしだいで売春もすれば、月いくらで囲い者にもなります。
笠森お仙、湊屋おろくなど、後世に名を残す美女は、
浮世絵の一枚絵や美人番付の「役力士」になりました。
桜木のお花もその一人で、実在の人物で、芝居でも黙阿弥が「加賀鳶」に登場させています。

『ネタ』
一中節 は、初世都一中が創始した、京浄瑠璃の一派です。
上方では元禄期、江戸ではずっと遅れて文化年間以後に流行・定着しました。
「小春」は通称「黒髪」で、「小春髪結の段」のことです。
この部分、ほとんどの演者が入れますが、「星野屋」を得意とした八代目柳枝の節回しが、ほんとによかったそうです。

※ この度ブログの題名を「はじめのブログ」から「らくご はじめのブログ」に変更させて戴きました。検索で訪問される方が多いので、「はじめのブログ」だと同じ題名のブログが結構ヒットするそうです。間違いのないように冒頭に「らくご」の文字を追加した次第です。今まで同様これからも宜しくお願い致します。

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