今日は「湯屋番」を取り上げてみたいと思います。
その前に、昨日は更新をお休みして仕舞いました。
仕事で土、日とほぼ徹夜に近い状態で仕事をしていた上に、その他にも家族の事で忙しかったので、
正直、手が廻りませんでした。告知すれば良かったですね・・・反省します。
圓菊師匠がお亡くなりになられて、噺家の死と言う事について少し考えていたのですが、
圓菊師はお弟子さんが皆、真打になり、責任を果たしたので、立派な大往生だと思います。
今日、音源を紹介するのは、期待されながら自ら命を断った、四代目三木助さんです。
そこで演目は「湯屋番」にしました。
江戸時代から続く古い話で、明治の、初代三遊亭圓遊師(鼻の圓遊)が得意としていたそうです。
出て来る湯屋の名が柳家は「奴湯」三遊亭は「桜湯」となっています。
最も最近は「松の湯」だとか勝手な名前を付ける噺家さんもいます。
上方でも仁鶴師が大阪に持ち帰りそのまま『湯屋番』の演目で演じています。
実家を勘当になってしまった若旦那は知り合いの職人の家で居候になっています。しかし、このままではいけないと湯屋(銭湯)に働きに行くことになりました。若旦那の目的は言うまでもなく女湯を覗くことです。ところが、いざ番台に坐ってみると肝心の女湯には一人も客が入っていませんでした。しかし、それで挫ける若旦那ではなく、番台をやっていることも忘れて、どんどん自分勝手な妄想に耽っていきます。その妄想の中では若旦那は色っぽい年増の女に惚れられ、二人は深い仲になるのですが……。
若旦那が自分の妄想にはまり、その世界にどんどん埋没していくのですが、この型が現在では分かり難くなっていると言う説や「湯屋」「風呂屋」「銭湯」等がどんどん無くなっていく状態では理解されにくい等、ネガティブな事が書かれていますが、面白い噺には違いが無いので、演者の力量で解決すると私は思います。
それだったら、古典落語そのものが今では全く通じなくなっているハズですしね。
若旦那の妄想の世界に、お客さんを引きずり込む事が出来たら成功ですね。
失敗すると、シラケてしまいますが。(^^)
勘当ついて少し書いてみます。
現在は勘当は法律上は出来ませんが、江戸時代はちゃんと法に則って勘当と言う制度がありました。
WiKiから引用しますと
親類、五人組、町役人(村役人)が証人となり作成した勘当届書を名主から奉行所(代官所)へ提出し(勘当伺い・旧離・久離)、奉行所の許可が出た後に人別帳から外し(帳外)、勘当帳に記す(帳付け)という手続きをとられ、人別帳から外された者は無宿と呼ばれた。これによって勘当された子からは家督・財産の相続権を剥奪され、また罪を犯した場合でも勘当した親・親族などは連坐から外される事になっていた。
許す時はこれの逆を行う訳ですが、勘当の宣言のみで実際には奉行所への届け出を出さず、戸籍上は親子のままという事もあったという。
正式には旧離(久離)勘当とも呼ばれていました。何かの噺の中でも「旧離切っての勘当で・・・」と言う下りがありましたね。
落語の噺の中で、若旦那がこの旧離勘当になつたのは「船徳」の徳さんだけですね。
後の、この「湯屋番」「紙屑屋」「唐茄子屋政談」は単に勘当の宣言のみですね。
ですから、回りの者が何か真面目に仕事をしていれば、そのウワサが親の耳に入り、勘当が許されるかもしれないと思い、仕事の世話をする訳ですが、「船徳」の徳さんは本当の勘当なので、自分から仕事を見つけるのですね。そうしないと食って行けませんからね。ある意味真剣なんですよね。
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その前に、昨日は更新をお休みして仕舞いました。
仕事で土、日とほぼ徹夜に近い状態で仕事をしていた上に、その他にも家族の事で忙しかったので、
正直、手が廻りませんでした。告知すれば良かったですね・・・反省します。
圓菊師匠がお亡くなりになられて、噺家の死と言う事について少し考えていたのですが、
圓菊師はお弟子さんが皆、真打になり、責任を果たしたので、立派な大往生だと思います。
今日、音源を紹介するのは、期待されながら自ら命を断った、四代目三木助さんです。
そこで演目は「湯屋番」にしました。
江戸時代から続く古い話で、明治の、初代三遊亭圓遊師(鼻の圓遊)が得意としていたそうです。
出て来る湯屋の名が柳家は「奴湯」三遊亭は「桜湯」となっています。
最も最近は「松の湯」だとか勝手な名前を付ける噺家さんもいます。
上方でも仁鶴師が大阪に持ち帰りそのまま『湯屋番』の演目で演じています。
実家を勘当になってしまった若旦那は知り合いの職人の家で居候になっています。しかし、このままではいけないと湯屋(銭湯)に働きに行くことになりました。若旦那の目的は言うまでもなく女湯を覗くことです。ところが、いざ番台に坐ってみると肝心の女湯には一人も客が入っていませんでした。しかし、それで挫ける若旦那ではなく、番台をやっていることも忘れて、どんどん自分勝手な妄想に耽っていきます。その妄想の中では若旦那は色っぽい年増の女に惚れられ、二人は深い仲になるのですが……。
若旦那が自分の妄想にはまり、その世界にどんどん埋没していくのですが、この型が現在では分かり難くなっていると言う説や「湯屋」「風呂屋」「銭湯」等がどんどん無くなっていく状態では理解されにくい等、ネガティブな事が書かれていますが、面白い噺には違いが無いので、演者の力量で解決すると私は思います。
それだったら、古典落語そのものが今では全く通じなくなっているハズですしね。
若旦那の妄想の世界に、お客さんを引きずり込む事が出来たら成功ですね。
失敗すると、シラケてしまいますが。(^^)
勘当ついて少し書いてみます。
現在は勘当は法律上は出来ませんが、江戸時代はちゃんと法に則って勘当と言う制度がありました。
WiKiから引用しますと
親類、五人組、町役人(村役人)が証人となり作成した勘当届書を名主から奉行所(代官所)へ提出し(勘当伺い・旧離・久離)、奉行所の許可が出た後に人別帳から外し(帳外)、勘当帳に記す(帳付け)という手続きをとられ、人別帳から外された者は無宿と呼ばれた。これによって勘当された子からは家督・財産の相続権を剥奪され、また罪を犯した場合でも勘当した親・親族などは連坐から外される事になっていた。
許す時はこれの逆を行う訳ですが、勘当の宣言のみで実際には奉行所への届け出を出さず、戸籍上は親子のままという事もあったという。
正式には旧離(久離)勘当とも呼ばれていました。何かの噺の中でも「旧離切っての勘当で・・・」と言う下りがありましたね。
落語の噺の中で、若旦那がこの旧離勘当になつたのは「船徳」の徳さんだけですね。
後の、この「湯屋番」「紙屑屋」「唐茄子屋政談」は単に勘当の宣言のみですね。
ですから、回りの者が何か真面目に仕事をしていれば、そのウワサが親の耳に入り、勘当が許されるかもしれないと思い、仕事の世話をする訳ですが、「船徳」の徳さんは本当の勘当なので、自分から仕事を見つけるのですね。そうしないと食って行けませんからね。ある意味真剣なんですよね。
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