はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

柳家三三

夢金と言う噺

img_462095_28986087_0ここのところ、かなり寒いので皆さん体調管理にはお気をつけ下さい。
で、今日は「夢金」です。

話は、安永2年(1773年)に出版された笑話本・「出頬題」の一遍である『七福神』。別題として「欲の熊蔵」「錦嚢」などがあります。

欲深い船頭の熊は、今夜も二階で「百両欲しい」と寝言を口にしながら眠っています。
雪の降りしきる静かな晩だけに、金勘定をしているのではと、泥棒に勘違いされはしないかと気が気でない船宿の夫婦。
その時、おもむろに戸を叩く音がします。ようやく戸を開けてみると、文金高島田を身に付けた綺麗な女性を連れた、およそその相手に似つかわしくない浪人風情の男が立っています。
事情を聞くと妹を連れての芝居鑑賞の帰りで、屋根船をあつらえたい旨を伝えてきたが、肝心の漕ぎ手がいないからと、一旦店の者は断るのですが、そこに聞こえてきたのが熊の寝言で、ならば酒代をはずむからということで、熊を船頭にいざ出発します。
舟が進み始めてしばらくした時、男が熊に相談を持ちかけてきたのですが、その内容は連れている女は妹でもなんでもなく、懐に大金を持っているから連れてきたということで、熊の欲深いところを見込んで二人で殺して金を山分けしようという、とんでもないものでありました。
駄賃を2両くれるというのですが、武士が泳ぎが出来ないと分かると、人殺ししてまで金は欲しくないし、2両とはしみったれているので嫌だと、震えながら交渉。
すると山分けにしよう、と相談が決まった。船の中で殺す訳にはいかないので、中洲に降ろしてそこで殺す事に決まりました。
浪人をまず中洲にあげといて、とっさに船を大川に引き戻し、「もー少しで、上げ潮になって背が立たないぞ〜」悪態を付きながら船をまなべの河岸に着けて、色々聞くと本町のお嬢さんと分かりました。
 家に連れて行くと、大騒ぎの最中。お礼は後日伺うが、まずは身祝いと酒手を差し出します。
どうせ殺しを手伝っても、その後で斬り殺されてしまうのが関の山と、断りつつ受け取ったが、失礼な奴でその場で包みを破いて中を見ると、50両が二包み。「100両だ! ありがてぇ」両手でわぁ!と握りしめると、あまりの痛さで目が覚めた。
「アァ…夢だ」

タイトルにあるように夢を題材にした噺。
そのタイトルからネタ割れしてしまうのですが、果たしてどこからどこまでが夢の中の出来事なのか、そのあたりを想像しながら噺を楽しみたい噺ですね。
サゲに来て、「夢」と「金」の正体が分かる仕組みになっていますが、最近ではあまり綺麗なサゲでないと言われているので、貰った金を手にして「百両〜」と叫んで、目が覚めるといったサゲなどが一般的になっています。

男が頼んだ船は”屋根船”と言います。
屋根船とは、屋根のある小型の船で、屋形船より小さく、一人か二人で漕ぐ屋根付きの船。夏はすだれ、冬は障子で囲って、川遊びなどに用いた船で、別名、日除け船とも言いました。続きを読む

浅草演芸ホール5月下席初日

20111128111516695昨日は休みなので、浅草に行ってきました。
恐らく暫くは寄席にも行けなくなるので、たっぷりと見てきました。

3時少し前に着くと圓歌師がいつもの漫談をしていました。
2階は貸切なので、1階は足の踏み馬も無いくらいの混みようです。
仲入りになり階段にあった「2階は貸切」の札が外れたので、売店で「はなしか」のストラップを買い(1000円でした)2階に行きます。2階は8割くらいの入りでした。

食いつきは一之輔さんです。昨日50日間の披露興行が終わって、肩の力が抜けた様な感じですね。
最後の国立には家族を読んだそうですね。
演目は「初天神」でしたね。リラックスしていて、とても良かったです。披露の時の「蛙茶番」より出来は良いですね。
親子がなんだかんだ言いながらも仲の良さが出ています。
以前も聴いた事がありましたが、断然の違いですね。
新しいくすぐり、新しい視点からのセリフ等、この人はやはり違いますね。
この噺の親子に一之輔さん親子を感じました。良かったです。

ロケット団さんの後は白酒さんで珍しく「ざる屋」です。マクラで散々毒を吐きまくって、噺でははきませんでしたが、これもいい出来でした。
次が小さん師で「替わり目」で、アサダ二世さんの後がトリの花緑さんです。
空港の手荷物検査の事のマクラを長々と話してから「祇園祭」に入りました。
まずマクラの噺が大して面白く無い!笑いが頭でっかちの様な感じです。
それなりに笑いは取っていましたが、薄い笑いでしたね。
噺も京都の叔父さんの知り合いと熊さんのエキセントリックな言い方で笑いを取っていて、
噺の構成や間ではありませんでした。正直、真打の芸ではありませんね。
この噺の現役では一番だと私が思う一朝師とは格段の差がありました。
色々試行錯誤してるのかもしれませんが、他の同年代の噺家よりキャリアが長いんですから、
もう少し何とかして欲しかったです。(こんなんじゃ七代目は無理ですね)

で夜の部です。
前座が歌之介師の処の、しあわせさんです。
演目が「てんしき」でしたが、これが思いの外良かったです。
声の出し方、間のとり方、会話の目線の使い方等、かなりのレベルでした。
前座なのに下手な真打より笑いを取っていました。
今回が初回ですが、期待出来る感じですね。

次は順番が入れ替わって川柳師です。いつものガーコンじゃ無い歌の噺でした。
高座から帰る時足を引きずっていましたね。
次が小権太さんで「二人癖」でした。
ここで色物の、ストレート松浦さんで、ジャグリングで、かなり話題になっていますね、このかた。
次が獅童さんでしたが・・・・・なんなのこの人?
着物といい格好といい、寄席には向いてない様な感じです。
「実話裏歴史落語」と称していましたが、全くウケ」ません。
シーンとした寒々とした空気の中、「お血脈」を語り始めます。
この「お血脈」の従来からある下りは結構聴かせますが、一旦凍りついた空気は変わりません。
で、そのまま終了。おつかれさんでした。真打で、ここまでウケないのは私初めてでした。

その空気を変える様に馬石さんが登場します。演目は「狸札」でここでやっと笑いが起こります。
馬石さんもう少し聴いていたかったです。
丸山おさむさんの素晴らしい「ものまね」の後は小里ん師です。演目は「手紙無筆」です。
何かにも書いてありましたが、ここの処、本当に5代目小さん師を思わせる高座ぶりです。
感じもいぜんより柔らかくなった感じで、すごく良くなりました。
独演会でも行ってみっちり聴いてみたくなりました。

次が圓丈師で「強情灸」でした。腕の向きは柳家風でしたね。良かったです。最近よく出逢いますが、古典ばかりですねえ。以前は新作が結構多かったのですがね。
小菊姐さんの粋な喉を聴いた後は仲入りで小満ん師です
演目は珍しく「あちたりこちたり」でした。

食いつきは三之助さんで「堀之内」です。良くなってますね。この人も楽しみです。
ダーク弘和さんの奇術の後は、白楽師で「真田小僧」。
次が代演で菊丸師で「人形買い」でした。この人は本当に芸達者だと思います。
個人的には好きな噺家さんです。小僧が買った人形の正体をバラしてしまう処迄でした。

ゆめじ・うたじさん漫才の後は権太楼師で「つる」でしたが、じっくりと語っていました。
この噺こんな展開もあったの?と言う感じで新鮮でした。

ひびきわたるさんの、煙管漫談の後はおもあちかね三三さんの登場です。
色々なマクラを振って、噺に中々入らないのは演目を決めかねているのかと思いました。
で、演じたのが「湯屋番」でしたね。
マクラが長すぎた(師匠ゆずり?)せいか、前半は少し省略して、お使いのシーンはカットでしたね。
中盤から終盤の若旦那の妄想シーンはたっぷりやりました。
最後は下駄の下りではなく、その前の顔を軽石でこすってしまった下りでサゲていました。
正直ちょっと物足りなかったかな?
ま、贅沢はいえませんね。でも時間も余ってましたしね。9時7分位前に終わりました。
さすがに小三治師のように9時20分近くまでは出来ませんね(^^)
昨日はこんな感じでした。

これから仕事が忙しくなるので、寄席も暫くはいけません。
ブログの更新も止まりがちになると重います。御了承下さい。

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あなたは自分の顔が親に似ていると思いますか?

DSCN3114s今日は文楽師で有名な「松山鏡」です。

原話は、古代インドの民間説話を集めた仏典「百喩経」、第三十五巻の「宝篋(ほうきょう)の鏡の喩(たとえ)」とされています。
上方では「羽生村の鏡」と題し、筋は東京と変わりませんが舞台を累怪談で有名な下総・羽生村とします。
これは、同村では昔、鏡を見ることがタブーだったという伝承に基づき、累伝説の一種のパロディをねらったものと思われます。

舞台は越後の松山村。両親が死んで十八年間、ずっと墓参りを欠かした事がない正助という男が、お上の目に留まりご褒美を頂戴することになりました。
村役人に付き添われ、役所に出頭してきた正助に、地頭が何か欲しい物はないかと質問すると、
正助は無欲な男で、「自分は当たり前のことをしたまで」と地頭があげたご褒美をすべて辞退します。

それでも何かしてあげたい地頭は、「どんな無理難題でもご領主さまのご威光でかなえてとらすので、何なりと申せ」と言います。
それならと彼が言ったのは、
「おとっつぁまが死んで十八年になるが、夢でもいいから一度顔を見たいと思っているので、どうかおとっつぁまに一目会わせてほしい」
地頭は唖然。しかし、正助の純粋な気持ちに感銘し、何とか叶えてあげたいと思案し、ある名案が・・・
名主の権右衛門に正助が父親に似ているか尋ねると、正助の父親は四十五で他界し、しかも顔はせがれに瓜二つだという。
これで解決策を思いついた地頭は、家来に命じて鏡を一つ持ってこさせました。
「その中を覗いてみよ正助」と地頭。
言われるまま、正助が鏡の中を覗くと…?
「おとっつぁん!?」
何とそこには父親が・・・・

この松山村は田舎と言う事で、まだ『鏡』というものを誰も見たことがない。
正助も映っていた自分の顔を見て、おやじが映っていると勘違い。感激して泣きだした。
その様子を見ていた地頭は、自ら筆を取って鏡の箱に【子は親に 似たるものをぞ 亡き人の 恋しきときは 鏡をぞ見よ】と歌を添え、「余人に見せるな」と言って下げ渡す。

それからと言うもの、正助は納屋の古葛籠(つづら)の中に鏡を入れ、女房にも秘密にして、朝夕覗き込んでは挨拶をしていたのですが、
そんな様子を、女房のお光が不審に思い、亭主の留守に葛籠をそっとのぞいて…驚きました。
「何だぁ、このアマ!?」
こちらも鏡を見たことがないので、写った自分を夫の愛人と勘違い。嫉妬に狂って泣きだし、帰ってきた亭主につかみ掛かったので大喧嘩になってしまいます。

その時、ちょうど表を通りかかった隣村の尼さんが、驚いて仲裁しに飛び込んできました。
両方の言い分を聞き、自分が談判すると鏡を覗いて見ると・・・・
「ふふふ、正さん、お光よ、けんかせねえがええよゥ。おめえらがあんまりえれえけんかしたで、中の女ァ、決まりが悪いって尼になって詫びている」

地頭と言うのは、鎌倉時代の地頭と異なり、江戸時代のそれは諸大名の家臣で、その土地を知行している者の尊称です。
領主の名代で、知行地の裁判や行政を司ります。つまり天領の代官のようなものでしょう。

「親孝行の得でご褒美」と言う件は、幕府の朱子学による統治のバックボーンとなった孝子奨励政策の一環です。
この噺はそれを逆手に取って笑い話にしていますね。

文楽師の他に志ん生師も音源を残しています。

余談ですが、ドラえもんに、『鏡のない世界』と言う話があり、『もしもボックス』でつくった「鏡のない世界」に、
鏡を置いたらどんな事になるか…をテストする話があります。
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雪の降る夜にいい思いをした若旦那

b60d99dd17af7ca86f5cfca349ae3bd1今日は「橋場の雪」という話です。
これは、大元は「雪の瀬川」と言う人情噺が元の噺で、この噺を直して文楽師が十八番「夢の酒」として演じました。

商家の奥の離れに若旦那がいます。 こっそりと幇間の一八が忍んで来て、今日は瀬川花魁と会う約束だったじゃあないか、向島の料亭で瀬川が待っている、と言ます。 瀬川は、吉原で全盛の花魁。 

女房のお花に内緒で抜け出した若旦那、瀬川の片えくぼのことなど考えている内に、吾妻橋を通り過ぎて、橋場の渡しの所まで来てしまいました。 
ちょうどその時、渡し舟が出たばかりで、土手の上の吹きざらし、寒いと思ったら、雪が降り出し、あたり一面真っ白。 
なのに自分だけ雪がかからないので、ふと見ると傘を差しかけてくれていたのが、お湯の帰りだという女中連れの三十に手がとどきそうな、いい女で、若旦那が三年前に亡くなった亭主に、よく似ている、近くなのでお茶でも差し上げたい、と言う。 丁度そこへ、渡し舟が戻って来てしまい、ここはこれまで。

 向島の料亭では、花魁はつい今しがた廓に戻ったという。
なんだと帰ろうとすると、渡し舟はあるが船頭がいません。 
そこへ小僧の貞吉が傘と足駄を持って迎えに来て、対岸の二階で先ほどの女が手招きしているのを目敏く見つけます。

定吉は親父が深川の船頭だったから、渡し舟ぐらい漕げるのです。
石垣の間に蝙蝠傘を挟んだりすることはないという。 
貞吉に駄賃を一円、漕ぎ返すのにもう一円やって、女の家へ寄る事にします。 
「一献召し上がって」「じゃあ一杯だけ」 差しつ差されつやっているうちに、頭が痛くなって、次の間にとってあった布団に横になる。 
長襦袢になった女が、布団の隅の方にだけと入ってきました・・・

・・・・「あなた、あなた」と女房のお花に起されると、 離れの炬燵の中で、夢を見ていたのでした。 
話を聞いて女房は泣き、若旦那は笑い、親父は怒る始末。 
さっき駄賃を二円やったじゃあないかと言われて、釈然とせずに若旦那の肩を叩いていた貞吉が、居眠りを始めます。
 焼餅焼きのお花は「若旦那が橋場に出かける何よりの証拠、貞吉がまた舟を漕いでおります」

人情噺「雪の瀬川」(松葉屋瀬川)が「橋場の雪」として落し噺化され、それを鼻の園遊師が、現行のサゲに直し、「隅田(すだ)の夕立」「夢の後家」の二通りに改作しました。
されに、「夢の後家」の方を、文楽師が昭和10年前後に手を加え、「夢の酒」として磨き上げました。

「隅田の夕立」の方は円遊師が、夢の舞台を向島の雪から大川の雨に代え、より笑いを多くしたそうです。
「夢の後家」の方は、「夢の酒」と大筋は変りませんが、夢で女に会うのが大磯の海水浴場、それから汽車で横須賀から横浜を見物し、東京に戻って女の家で一杯、と、当時の明治らしさです。

文楽師も「夢の酒」を演じる以前はこの「橋場の雪」をしていたそうです。
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夢でもいいから欲しい!

57今日は「夢金」です。
今日から仕事始めの方もいらっしゃると思いますが、寒いので体調管理にはお気をつけください。

原話は、安永2年(1773年)に出版された笑話本・「出頬題」の一遍である『七福神』。別題として「欲の熊蔵」「錦嚢」などがあります。

欲深い船頭の熊は、今夜も二階で「百両欲しい」と寝言を口にしながら眠っています。
雪の降りしきる静かな晩だけに、金勘定をしているのではと、泥棒に勘違いされはしないかと気が気でない船宿の夫婦。
その時、おもむろに戸を叩く音がします。ようやく戸を開けてみると、文金高島田を身に付けた綺麗な女性を連れた、およそその相手に似つかわしくない浪人風情の男が立っています。
事情を聞くと妹を連れての芝居鑑賞の帰りで、屋根船をあつらえたい旨を伝えてきたが、肝心の漕ぎ手がいないからと、一旦店の者は断るのですが、そこに聞こえてきたのが熊の寝言で、ならば酒代をはずむからということで、熊を船頭にいざ出発します。
舟が進み始めてしばらくした時、男が熊に相談を持ちかけてきたのですが、その内容は連れている女は妹でもなんでもなく、懐に大金を持っているから連れてきたということで、熊の欲深いところを見込んで二人で殺して金を山分けしようという、とんでもないものでありました。
駄賃を2両くれるというのですが、武士が泳ぎが出来ないと分かると、人殺ししてまで金は欲しくないし、2両とはしみったれているので嫌だと、震えながら交渉。
すると山分けにしよう、と相談が決まった。船の中で殺す訳にはいかないので、中洲に降ろしてそこで殺す事に決まりました。
浪人をまず中洲にあげといて、とっさに船を大川に引き戻し、「もー少しで、上げ潮になって背が立たないぞ〜」悪態を付きながら船をまなべの河岸に着けて、色々聞くと本町のお嬢さんと分かりました。
 家に連れて行くと、大騒ぎの最中。お礼は後日伺うが、まずは身祝いと酒手を差し出します。
どうせ殺しを手伝っても、その後で斬り殺されてしまうのが関の山と、断りつつ受け取ったが、失礼な奴でその場で包みを破いて中を見ると、50両が二包み。「100両だ! ありがてぇ」両手でわぁ!と握りしめると、あまりの痛さで目が覚めた。
「アァ…夢だ」

タイトルにあるように夢を題材にした噺。
そのタイトルからネタ割れしてしまうのですが、果たしてどこからどこまでが夢の中の出来事なのか、そのあたりを想像しながら噺を楽しみたい噺ですね。
サゲに来て、「夢」と「金」の正体が分かる仕組みになっていますが、最近ではあまり綺麗なサゲでないと言われているので、貰った金を手にして「百両〜」と叫んで、目が覚めるといったサゲなどが一般的になっています。

男が頼んだ船は”屋根船”と言います。
屋根船とは、屋根のある小型の船で、屋形船より小さく、一人か二人で漕ぐ屋根付きの船。夏はすだれ、冬は障子で囲って、川遊びなどに用いた船で、別名、日除け船とも言いました。
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