らくご はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

タグ:春風亭柳枝

img_785584_61079218_2『星野屋』
11月になっても、相変わらず温かいですが、如何お過ごしでしょうか?
 体調にはくれぐれもご注意ください。
 という訳で今日はこの噺です。
この噺ですが、何処か「辰巳の辻占」に似てる気がします。
その昔、玉置さんが番組で「落語騙しのテクニック」と語っていました。

【原話】
原話は元禄11年に刊行された『初音草大噺大鑑』の一遍である「恋の重荷にあまる知恵」です。

【ストーリー】
旦那は弁天山の下の茶店「すずしろ」のお花を世話していると、女中が奥様に御注進。奥様が旦那に問い詰めると、お客様のお世話をしている女だが、大阪に帰ってしまうので、「後は星野屋、お前が面倒を見てくれ」と言う事で、面倒を見ている女なのだ。と、しどろもどろで弁解をします。
 「良いきっかけなので、ここで別れよう。」と、奥様に口約束します。

 お花の家に行って、50両の金を出して別れ話を切り出しますが、 お花は「お金は受け取れないし、他に好きな女が出来たのなら、ハッキリ言えばいいでしょ。水くさいんだから・・・。
私は旦那しか居ないんだから、そんな事言われたら死んでしまいます。」
 「嬉しいね。死んでくれるか。私は養子で女房には頭が上がらないんだ。その上、星野屋は仕事が上手くいかなくて左前になっている。私も死のうと思っていた。一緒に死のう。八つを合図に 今夜来るから、母親に気ずかれるなよ。」と言い残して帰ります。
八つに迎えに来た旦那はお花の手を取って、吾妻橋にやって来るのですが、
旦那は「人が来た。先に行くぞ。」と、ドブンっと飛び込んでしまった。
「気が早いんだから〜」とお花は躊躇します。
 その時、屋根舟が一艘やって来て、一中節の上辞で「♪さりとは狭いご了見、死んで花が咲くかいな。楽しむも恋、苦しむも恋、恋という字に二つはない」。「そうだよね、死んで花が咲かないよね。旦那〜、おっかさんもいるんで、失礼しま〜す。」と、こんな失礼な事はありません。

 一時の感情の高ぶりで死ぬと切り出したものの、お花の方は恐くなって家に帰って来て、タバコを一服していると、重吉が尋ねてきます。
「星野屋の旦那が来なかったか」と切り出した。「いいえ」と知らん顔を決め込もうとするお花に、「知らないならいいんだよ。ただね、今夜はおかしいんだ。眠れないで、トロトロとしていたら、雨も降っていないのに、
あたしの枕元にポタポタと水が滴り落ちる。なんだろうと思って、ふと上を見ると、 旦那が恨めしそうな顔で、
あたしに言うには、『お前が世話してくれた女だが、一緒に死ぬと言うから、吾妻橋から身投げしたのに、
あの女は帰ってしまった。
あんな不実な女だとは知らなかった。これから、毎晩、あの女のところに化けて出て、取り殺してやる』 と言うもんだからね、ちょっと気になってねえ、何も無かったんだな。じゃ、帰るからな」
 「チョット待っておくれよ」。
 「重さん、本当は、チョットだけ行ったんだよ。どうか、出ない方法はないかね。」
「それだったら、髪の毛を切って、今後雄猫一匹膝に乗せませんって、墓前に供えたら浮かばれるだろう」
すると、お花は裏に入って髪を切って、頭には姉さん被りをして出てきます。
「これなら、旦那も浮かばれるだろう」。
 そこに死んだはずの旦那が入ってきた。
「あら、旦那!」。
「旦那はな、お前を家に入れたくて、俺のところに相談に来たんだ。一緒に飛び込んでいたら、旦那は泳ぎは名人だし、橋の下には5艘の舟と腕っこきの船頭がいて、水の一滴すら飲ませずに星野屋に入れるとこだったんだ。」、「それならもう一回行きましょう」。
「旦那、こういう女なんだ。大事にしている髪の毛を切ったので我慢してください」、
「そんな髪なら、いくらでもあげるよ。それが本物の髪の毛だと思っているのかい、それはカモジだよ」
「チクショウ!お前はふん縛(じば)られるぞ。その金を使ってみろ。お前は、捕まって、火あぶりになるぞ。それは偽金だ。」
「ちくしょう、どこまで企んでんだ。こんな金返すよ。」
「ははは、本当に返しやがった。偽金なんて話は嘘だよ。これは本物の金だ。偽金だったら旦那が先に捕まってしまう。」
「どこまで企んでんだ。おっかさん!あれは本物だってよ。」
「私もそうだと思って、3枚くすねておいたよ」。

【演者】
黒門町の十八番でしたね。他には八代目柳枝師がやっていました。
他には志ん生師や柳橋先生も演じていました。
【注目点】
水茶屋とは、表向きは、道端で湯茶などを提供する茶屋ですが、実は酒も出し、美女の茶酌女は、今でいうコンパニオンで、
心づけしだいで売春もすれば、月いくらで囲い者にもなります。
笠森お仙、湊屋おろくなど、後世に名を残す美女は、
浮世絵の一枚絵や美人番付の「役力士」になりました。
桜木のお花もその一人で、実在の人物で、芝居でも黙阿弥が「加賀鳶」に登場させています。

『ネタ』
一中節 は、初世都一中が創始した、京浄瑠璃の一派です。
上方では元禄期、江戸ではずっと遅れて文化年間以後に流行・定着しました。
「小春」は通称「黒髪」で、「小春髪結の段」のことです。
この部分、ほとんどの演者が入れますが、「星野屋」を得意とした八代目柳枝の節回しが、ほんとによかったそうです。

※ この度ブログの題名を「はじめのブログ」から「らくご はじめのブログ」に変更させて戴きました。検索で訪問される方が多いので、「はじめのブログ」だと同じ題名のブログが結構ヒットするそうです。間違いのないように冒頭に「らくご」の文字を追加した次第です。今まで同様これからも宜しくお願い致します。

05c31680-s『王子の狐』
10月に入ったこともありますので「王子の狐」です。

【原話】
 1712年の「笑眉」の「初心なきつね」です。これが上方の噺家さん達によって「高倉狐」と言う噺になりました。これを初代三遊亭圓右が東京に移植し、設定や題名を東京に合うように変えたのです。
 落語の噺にはこのように西から東に移植された噺が多くあります。(逆も少しですがあります)
 もうひとつは、「百川」と同じように噺に出て来る「扇屋」の宣伝用の噺ではないか?とも言う説があります。これはこの当時宣伝効果を兼ねて噺が作られ、寄席で演じられ宣伝の役目を担ったからです。

【ストーリー】
ある男が王子稲荷に参詣した帰り道、一匹の狐が美女に化けるところを見かけます。
よく見るとお、これから人を化かそうというつもりの様です。
そこで「ここはひとつ、化かされた振りをしてやれ」と思い狐に声をかけます。
「お玉ちゃん、俺だよ、よければ、そこの店で食事でも」と声を掛けると、
「あらお兄さん、お久しぶり」と狐も合わせてきます。
そして近くの料理屋・扇屋に上がり込んだ二人、天ぷらなどを注文し、よろしくやっていると、
狐のお玉ちゃんはすっかり酔いつぶれ、すやすやと眠ってしまいます。そこで男、
土産に卵焼きまで包ませ、「勘定は女が払う」と言い残すや、狐を置いてさっさと帰ってしまいます。
しばらくして、店の者に起こされたお玉ちゃん、男が帰ってしまったと聞いて、びっくりしたあまり、
耳がピンと立ち、尻尾がにゅっと生え正体を表してしまいます。
正体露見に今度は店の者が驚いて狐を追いかけ回し、狐はほうほうの体で逃げ出します。
狐を化かした男は友人の家に行き、吹聴するが「ひどいことをしたもんだ。狐は執念深いぞ」と脅かされ、
青くなって翌日、王子まで詫びにやってくる。巣穴とおぼしきあたりで遊んでいた子狐に「昨日は悪いことをした。謝っといてくれ」と手土産を渡します。
穴の中では痛い目にあった母狐がうんうん唸っています。子狐、「今、人間がきて、謝りながらこれを置いていった」と母狐に手土産を渡します。
警戒しながら開けてみると、中身は美味そうなおはぎ。
「母ちゃん、美味しそうだよ。食べてもいいかい?」
「ああ食べるんじゃない!馬の糞かもしれない」

【演者】
 個人的に好きなのは八代目春風亭柳枝師です。他では十代目金原亭馬生師が良いですね。その他小さん師や志ん朝師等、色々な噺家さんが演じています

【注目点】
 やはり、男よりも女の子に化けた狐をどう演じられるかでしょう。なるべくなら愛嬌良く演じて欲しいです。それと最後の子狐も可愛く演じて欲しいですね。

『能書』
王子稲荷は関東の稲荷社の総元締で、格式があります。
「紋三郎稲荷」の中でも、「行く先は王子稲荷」と言っている様に大晦日には関八州の稲荷神社から狐たちが集まりまり狐火を炊いたと言われています。

『健二のネタ』
噺に出て来る王子の「扇屋」ですが、慶安元年(1648)三代家光公の時代に初代弥左衛門が農業のかたわら
掛け茶屋をしていたのが始まりで、卵焼きが名物の割烹料理屋です。
丸く、ケーキの様な形です。
今では料理屋は止めて卵焼きのみを売っています。確かデパートにも降ろしていたと思います。

この辺一帯は江戸時代、特に八代吉宗公の時に開発された地域で、この時に隅田川の桜や飛鳥山の桜等と一緒に開発されました。
5c594516

133405735377713224666今日は「搗屋無間」と言う噺です。
この噺は「紺屋高尾」や「幾代餅」と同じ様に職人が花魁に惚れてしまう噺ですが、細部と結末が違っています。
このサゲも含めて、どう考えるかも面白いと思います。

元の話は、安永5(1776)年刊「立春噺大集」中の「台からうす」、ついで、狂歌で名高い大田蜀山人作の笑話本で同7年刊「春笑一刻」中の無題の小咄からではないかと言われています。

信州者の徳兵衛は、江戸日本橋人形町の搗米屋・越前屋に十三年も奉公しているが、
まじめで堅い一方で、休みでも遊び一つしたことがありません。

それが、ある日、絵草子屋でたまたま目に映った、今、吉原で全盛を誇る松葉楼の、
宵山花魁の絵姿にぞっこん。
たちまち、まだ見ぬ宵山に恋煩いをしてしまいます。

心配した旦那が、気晴らしに一日好きなことをしてこいと送りだしたが、どこをどう歩いているかわかりません。
さまよっているうち、出会ったのが知り合いの幇間・寿楽。
事情を聞くとおもしろがって、なんとか花魁に会わせてやろう、と請け合います。

大見世にあがるのに、米搗男ではまずいから、徳兵衛を木更津のお大尽という触れ込みにし、
指にタコができているのを見破られるとまずいから、聞かれたら鼓に凝っていると言え、など、細々と注意します。

あたしの言うとおりにしていればいいと太鼓判を押すが、先立つものは金です。
十三年間の給金二十五両を、そっくり旦那に預けてあるが、女郎買いに行くから出してくれ
とも言えないので、店の金を十五両ほど隙を見て持ち出し、
バレたら、預けてある二十五両と相殺してくれと頼めばいいと知恵をつけます。

さて当日。徳兵衛はビクビクもので、吉原の大門でさえくぐったことがないから、
廓の常夜灯を見て腰を抜かしたり、見世にあがる時、普段の癖で雪駄を懐に入れてしまったり
と、あやうく出自が割れそうになるので、介添えの寿楽の方がハラハラ。

何とかかんとか花魁の興味をひき、めでたくお床入り。

翌朝、
徳兵衛はいつまた宵山に会えるか知れないと思うと、ボロボロ泣きだし、
挙げ句に正直に自分の身分をしゃべってしまった。
宵山、怒ると思いのほか、この偽りの世の中に、あなたほど実のある人はいないと、逆に徳兵衛に岡惚れします。
それから二年半というもの、費用は全部宵山の持ち出しで二人は逢瀬を続けたが、
いかにせん宵山ももう資金が尽き、思うように会えなくなって仕舞いました。

そうなるといよいよ情がつのった徳兵衛、ある夜思い詰めて月を眺めながら、
昔梅ケ枝という女郎は、無間の鐘をついて三百両の金を得たと浄瑠璃で聞いたことがあるが、
たとえ地獄に堕ちても金が欲しいと、庭にあった大道臼を杵でぶっぱたく。

その一心が通じたか、バラバラと天から金が降ってきて、数えてみると二百七十両。
「三百両には三十両不足。ああ、一割の搗き減りがした」

ここで噺は終わっていますが、このお金で徳兵衛は花魁を見受けするのです。
他の二つの噺は花魁の意志で、年季が明けたからという事で、嫁に来るのですね。
花魁の年季は大体10年です。だから幾代も30歳前でしょう。年季が明けるまで誰からも身請けされずに居続けていたのですから、好きな人のために年季が明けるのを待っていたと思わせる所が感動を呼びます。
そこがこの噺と「紺屋高尾」や「幾代餅」と違う処で、ここをどう聴くかで印象が違っています。
他の2つ程演じられないのは、そこでしょうかねえ?

サゲの搗き減りですが、現在では2割で演じています。
「搗き減り」というのは、江戸時代の搗米屋が、代金のうち、玄米を搗いて目減りした二割分を、
損料としてそのまま頂戴したことによります。
そんな処もわかり難くなって来ていますね。

搗屋とは、搗き米屋のことで、普通にいう米屋で、足踏み式の米つき臼で精米してから量り売りしました。
それとは別に出職(得意先回り)専門の搗屋があり、杵と臼を持ち運んで、呼び込まれた先で精米しました。続きを読む

133405735377713224666今日は「搗屋無間」と言う噺です。

これは「紺屋高尾」や「幾代餅」と同じ様に職人が花魁に惚れてしまう噺ですが、細部と結末が違っています。
このサゲも含めて、どう考えるかも面白いと思います。

元の話は、安永5(1776)年刊「立春噺大集」中の「台からうす」、ついで、狂歌で名高い大田蜀山人作の笑話本で同7年刊「春笑一刻」中の無題の小咄からではないかと言われています。

信州者の徳兵衛は、江戸日本橋人形町の搗米屋・越前屋に十三年も奉公しているが、
まじめで堅い一方で、休みでも遊び一つしたことがありません。

それが、ある日、絵草子屋でたまたま目に映った、今、吉原で全盛を誇る松葉楼の、
宵山花魁の絵姿にぞっこん。
たちまち、まだ見ぬ宵山に恋煩いをしてしまいます。

心配した旦那が、気晴らしに一日好きなことをしてこいと送りだしたが、どこをどう歩いているかわかりません。
さまよっているうち、出会ったのが知り合いの幇間・寿楽。
事情を聞くとおもしろがって、なんとか花魁に会わせてやろう、と請け合います。

大見世にあがるのに、米搗男ではまずいから、徳兵衛を木更津のお大尽という触れ込みにし、
指にタコができているのを見破られるとまずいから、聞かれたら鼓に凝っていると言え、など、細々と注意します。

あたしの言うとおりにしていればいいと太鼓判を押すが、先立つものは金です。
十三年間の給金二十五両を、そっくり旦那に預けてあるが、女郎買いに行くから出してくれ
とも言えないので、店の金を十五両ほど隙を見て持ち出し、
バレたら、預けてある二十五両と相殺してくれと頼めばいいと知恵をつけます。

さて当日。徳兵衛はビクビクもので、吉原の大門でさえくぐったことがないから、
廓の常夜灯を見て腰を抜かしたり、見世にあがる時、普段の癖で雪駄を懐に入れてしまったり
と、あやうく出自が割れそうになるので、介添えの寿楽の方がハラハラ。

何とかかんとか花魁の興味をひき、めでたくお床入り。

翌朝、
徳兵衛はいつまた宵山に会えるか知れないと思うと、ボロボロ泣きだし、
挙げ句に正直に自分の身分をしゃべってしまった。
宵山、怒ると思いのほか、この偽りの世の中に、あなたほど実のある人はいないと、逆に徳兵衛に岡惚れします。
それから二年半というもの、費用は全部宵山の持ち出しで二人は逢瀬を続けたが、
いかにせん宵山ももう資金が尽き、思うように会えなくなって仕舞いました。

そうなるといよいよ情がつのった徳兵衛、ある夜思い詰めて月を眺めながら、
昔梅ケ枝という女郎は、無間の鐘をついて三百両の金を得たと浄瑠璃で聞いたことがあるが、
たとえ地獄に堕ちても金が欲しいと、庭にあった大道臼を杵でぶっぱたく。

その一心が通じたか、バラバラと天から金が降ってきて、数えてみると二百七十両。
「三百両には三十両不足。ああ、一割の搗き減りがした」

ここで噺は終わっていますが、このお金で徳兵衛は花魁を見受けするのです。
他の二つの噺は花魁の意志で、年季が明けたからという事で、嫁に来るのですね。
花魁の年季は大体10年です。だから幾代も30歳前でしょう。年季が明けるまで誰からも身請けされずに居続けていたのですから、好きな人のために年季が明けるのを待っていたと思わせる所が勘当を呼びます。
そこがこの噺と「紺屋高尾」や「幾代餅」と違う処で、ここをどう聴くかで印象が違っています。
他の2つ程演じられないのは、そこでしょうかねえ?

サゲの搗き減りですが、現在では2割で演じています。
「搗き減り」というのは、江戸時代の搗米屋が、代金のうち、玄米を搗いて目減りした二割分を、
損料としてそのまま頂戴したことによります。
そんな処もわかり難くなって来ていますね。

搗屋とは、搗き米屋のことで、普通にいう米屋で、足踏み式の米つき臼で精米してから量り売りしました。
それとは別に出職(得意先回り)専門の搗屋があり、杵と臼を持ち運んで、呼び込まれた先で精米しました。
続きを読む

35_20090327124535今日は「居酒屋」の元になった「ずっこけ」です。今は雲助師匠がよく聴かせてくれます。金馬師が先代ゆずりの「居酒屋」を高座に掛けるので、二人が出る席ではこれらの演目は余り出ませんね。

飲み屋が店をしまう時間なのに、熊さんは酔っ払って動こうとしない。店の小僧が看板だというと、熊さんがもう一本だけ飲んだら帰るというので、小僧はとっくりを一本持ってくる。その一本を飲みながら、きれいな女に酌をしてもらいたいと言ったり、洒落を言ってもわからないと文句を言ったりする熊さんに、小僧はうんざりしている。
そこに客が入ってきたので、小僧が「もう看板だから」と断ろうとすると、熊さんを迎えに来たという。男は仕事の話があると熊さんを連れて出ようとするが、勘定をしろというと熊さんはお金を持っておらず、そのうち援軍が来ると思って飲んでいたという。男は仕方がなく自分が払う。
店を出たはいいが、すっかり酔っ払った熊さん、薬屋の仁丹の看板の男に挨拶したり、あげくの果てには立小便も自分でできず、男に手伝ってもらう始末。家に着いたとたん、熊さんの嫁に文句を言う。熊さんの嫁もしょうがない男だとぼやくが、それでもいいところがあるとのろけだすので、男はあきれる。
いざ寝かせようとすると、着物だけで中身が無い、探しに行くと途中で裸でねていた。
やっとの思いで連れて帰ると嫁さんは大喜び、「何処で寝ていたの」「郵便局の前だ」「あんなに人通りの多い所でよく拾われなかった。」

この噺の前半部分の居酒屋の小僧さんに絡む下りを広げて新しいくすぐりを沢山入れたのが、「居酒屋」です。
こちらの方が有名になって仕舞いましたが、私はこちらも好きですね。どうしようも無い酔っぱらいの描写が楽しいですね。途中で落として来る処なんぞ、最高ですね。(^^)

各地で沢山の雨が降り、一気に肌寒くなりました。
こうなると、熱燗もいいですねえ。
もうすぐ、秋刀魚や秋の味覚も店頭に並ぶでしょう、おいしい秋はもうすぐそこですね。(^^)
続きを読む

このページのトップヘ