はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

圓遊

「後生鰻」という噺

97fc935d『後生鰻』
今日はこの噺です。季節的には早いですげど、うかうかしてると鰻が食べられなりそうですので(笑

【原話】
元々は『淀川』という上方落語の演目で、明治期に東京へ移植されたそうで、別題は『放生会』とも言います。

【ストーリー】
る大家の主人は超極端な信心家で、夏場に蚊が刺していても、つぶさずに必死にかゆいのを我慢している。ある日、浅草の観音様さまの帰りがけ、鰻屋の前を通ると、親方が鰻をまな板の上へ乗せて包丁を入れようとしているところに遭遇した。
「何をする気だ!?」
「二階のお客様のご注文で、蒲焼に…」
「残酷じゃないか!!」
隠居、早速、義憤を感じて、鰻の助命交渉を開始する。すったもんだの末、鰻を二円で買い取って、前の川にボチャーン。「あー、いい功徳(くどく)をした」

スーッと帰ってしまう。翌日、また同じ鰻屋で、同じように二円…ボチャーン!「あー、いい功徳をした」
そんなことが続くこと四・五日。
隠居さえ現れれば、仕事もしないで確実に日銭が転がり込むんだから、鰻屋はほとんど何もしないで左うちわになっていた。
仲間もうらやんで、「どうでえ、あの隠居付きでおめえの家ィ買おうじゃねえか」。
ところが…ある日を境に、この隠居がぱたりと来なくなった。
吹っかけすぎたのが災いして、ほかの鰻屋へ流れていってしまったのだろうか。女房と心配していると、久しぶりに向こうから『福の神』がやって来る。
「ウーン…。あれは具合が悪いんだな。ああいうのは、いつくたばっちまうかしれねえ。今のうちに、ふんだくれるだけふんだくっとこう」
一儲けしようとするが、ちょうど鰻が切れて商売を休んでいるところで、商売は開店休業状態。
「あの金魚…昨日死んだ? ネズミ…そんなに簡単には捕まえられないか。えーと…」
生きているものならいいだろうと、自分の赤ん坊を割き台の上に乗っけた。驚いたのは隠居。
「おいおい、それをいったい如何する気だ?」
「へえ、蒲焼きにするんで」
「馬鹿野郎。なんてことをしやがる。これ、いくらだ」
隠居、生き物の命にゃ換えられないと、赤ん坊を百円で買い取り、
「今度はこの様な非常な親のところに生まれてくるんじゃ無いよ」
そう言って、前の川にボチャーン!
「あー、いい功徳をした」

【演者】
三代目金馬師を始め、三代目小圓朝師や四代目圓遊師が演じていました。個人的にですが、中学生の時に圓遊師で聴いたのは今でも忘れられません。

【注目点】
最近の若手ではオチを変えたり、筋を足したりしていますが、
なんか変……と言うより噺を壊してる感じですね。
歌丸師は赤ん坊じゃなく、女将さんにしています。「いい功徳……」の下りを鰻屋に言わせています。これだとブラック的な要素が逆になり、趣旨と違ってきますね。
残酷なようだけど、私は最後は赤ん坊の方が良いと思いますね。
その方が単なる笑い話ではなく教訓としても優れていると思います。

『能書』
落語にモラルを求める野暮な噺家さんは、この結末を変えようとしますが、
料簡違いもはなはだしく、このブラックなオチにこそ、エセヒューマニズムを超越した、人間の愚かしさへの率直な認識があると思うのです。
歌丸師の改作がぎりぎりでしょうね。
「一眼国」と並ぶ、毒と諷刺の効いたショートショートのような
名編の一つでしょう。

『ネタ』
虚空菩薩とは正式には虚空蔵菩薩と言い、真の知恵を虚空のように無尽蔵に持ち、これを信仰すれば知恵と福徳を授かると言われています。

圓遊師と圓楽師

9e2be9b0.jpg今日は、音源を整理してたら圓遊師匠の「堀の内」が出てきたので、これを上げました。
上がってると思ったら、無くて(最近こういうボケが多い)おかしいなぁ〜
と思いつつ上げました。
志ん朝師匠のも抱腹絶倒ものですが、圓遊師匠のも楽しいです。

今日の生放送は四天王の特集だそうです。楽しみですねえ。
夜は仕事なので、聞ける処まで聞くつもりです。四時半頃までならなんとかなるかな?

2ch等の掲示板で圓楽師の評価が色々言われているようです。
その多くは「特別ヘタとは思わないが、四天王の他の噺家と並べるのは如何か?」と言う意見が多い様でした。
晩年の高座しか見ていない方はそう思うんでしょうかね?
私が思うに、師匠は他の三人のよい所をバランス良く持った方ではないかと思うのです。
志ん朝の江戸弁、柳朝の歯切れの良さ、談志の考察力、そのひとつひとつは抜きん出ていなくても、その全てが内包されていると思います。
私も以前は、何か物足りないなと思った事がありましたが、良い頃の音源等を何回も聞いて思いなおしました。
晩年口調が怪しかったのは、入歯が合わなかったせいです。
志ん朝師も晩年は入歯で悩んでいました。永六輔氏に良い歯医者の紹介を頼んでいた程です。
圓楽師は高座で、喋っている内に入歯が落ちてしまった事もありました。
そんな事で随分悩んでいたそうです。
小朝師に悩みを告げられた事もあったそうです。
その為二年程は高座に上がりませんでした。(90年頃から95年頃迄は本格的な活動は控えていた)
まあ、批評するのは簡単ですからね。私も含めてですが・・・・
これから聞く方は良い頃の音源を聞いて下さい。

追伸・・・・明日四日は、桂吉朝師の命日ですね。
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