はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

三遊亭圓楽

今日は五代目圓楽師匠の命日です

125697209809816115669今日は五代目圓楽師匠の命日です。
師匠は、易行院と言うお寺の生まれで、この寺は、浅草の清川町にありましたが、後に足立区伊興に移転しています。だから師匠は足立区育ちですね。
若い頃は、談誌師、志ん朝師、柳朝師と共に「四天王」と呼ばれました。
晩年の音源や映像だけを見てると余り感じないかも知れませんが、若い頃は、才気走っていて、カミソリの様な感じがしました。その後ややマイルドになり、その替り、スケールの大きな噺をするようになりました。
ある時から師匠は噺を分かりやすく、楽しい方向に変化したのではないでしょうか。
協会を脱退して地方公演が多くなり、寄席に出られなくなった結果、寄席の客相手の話しぶりから変化を求められ
必要に迫られたのではないでしょうか。

晩年は入れ歯に悩んで2年位高座に立たなかった事があります。入れ歯では志ん朝師も随分悩んでいたそうです。永六輔さんに「いい歯医者」を紹介してくれと志ん朝師が言ってたそうです。
それを聴いた圓楽師は自分がやっと満足いく入れ歯をこさえたので、「強ちゃん、いい歯医者紹介してあげるからおいでよ」と言っていたそうです。

66歳の時に腎不全を発症して、以後は週3回の人工透析を受けるようになりましたが、これは大変ですね。
私の父も生前、やはり透析を行なっていましたが、体力が取られるんですよね。
それに慣れないうちは食べ物が喉を通らなくて、これも辛いですね。
そんな中で高座を務めていたのは、凄いですね。

私の個人的な思い出としては、まだ元気な頃、上野の松坂屋の近くで歩いている処を見かけました。
立っている姿はかなり大柄で180以上ある様な感じでしたね。
トンカツ屋の「蓬莱屋」に入っていきました。



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野ざらしと言う噺について

情報雑誌の草分けとして有名な「ぴあ」が休刊するそうですね。
「ぴあ」は創刊号から暫く、ずーと買っていました。
高校生の頃かな(年がばれますな)当時の名画座に「男はつらいよ」や「駅前シリーズ」「社長シリーズ」
をはじめ、「若大将シリーズ」をあちこちの名画座に学校帰りに見に行きました。
あの頃が一番面白かったですねえ〜(^^)
田中好子(スーちゃん)さんも亡くなってしまうし、昭和は確実に遠くなっていきますね。

なんて考えてしまいますが、
今日は、「野ざらし」について考えてみました。

2代目林家正蔵(沢善の正蔵)の作と言われておりまして、この人は本物のお坊さんだったそうです。
落語(江戸)はお坊さんのお説教が出発点なので、
お坊さんが作ったとしても不思議じゃありませんね。
それを、俗に初代圓遊師(鼻の圓遊)が爆笑落語に作り変えました。
上方では「骨釣り」ですが最近ではそのまま「野ざらし」で演じる噺家さんもかなり居るようです。

「野ざらし」と言うと何と言っても三代目の柳好師ですね。
「唄い調子」と言われる口調は、
四代目志ん生(鶴本の志ん生)師を真似たものだそうですが、
見事な芸で、お客はおろか
黒門町をはじめ、談志師等を魅了しました。
あの圓生師でさえ納得させたと言われています。
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これはその柳好師の「野ざらし」に出てくる多門寺です。
「すわ、多門寺の入会の鐘が陰にこもって・・・」
と言うあの多門寺です。他の方は金竜山浅草寺でやりますね。

今の演じるほとんどの方は柳枝師の方だそうですね。柳好師の方で演じたのは、談志師と圓楽師ですか、
また、圓遊師もよく演じたそうです。これは立川藤志楼さんがやってます。
柳橋先生の噺も良かったですよ。
何を隠そう、初めて生の「野ざらし」を聴いたのが柳橋先生でした。(^^)

今では小三治師が最後まで演じた録音が何種類か出ていますが、分かり難いサゲなので、
ほとんどの噺家さんは、八五郎が川に落ちる処で切ってます。
一昨年かな小遊三師もそこで切っていました。この噺はとても小遊三師に合っていましたね。
たまに若手が高座に掛けますが、もっと聴きたい演目ですね。

よく言われるのが季節ですね。春なのか秋なのかですが、一応秋だそうですが、
こないだ春だと言っている噺家さんがいました。
どっちなんでしょうね?ハッキリしてくれ!でも両方に掛けられるから良いのか?(^^)


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六代目圓楽一門が芸協に合流?

以前ここで、圓楽一門と芸協に何らかの動きがある様と
書いたのですが、不確定な情報ですが、
どうも五月の上席から六代目一門だけが芸協に合流
するらしいのです。

2ch等ではもう既成事実として合意しているとの書き方です。
他の五代目一門の噺家さんはどうなるのでしょうか。
どうも芸協の関係者らしき書き込みもありますね。
「楽屋の貼紙には五月上席よりとしてあるが 」との事です。
合流しても両方の会に籍は置くそうです。

もし、本当ならいずれ正式な発表があるでしょうね。
我々落語ファンとしては、それを待つしかありませんね。

六代目一門の噺家さんです。

三遊亭圓楽 
三遊亭楽大 
三遊亭楽生 
三遊亭楽昇 
三遊亭楽京 
三遊亭楽市 
三遊亭楽大 
三遊亭一太郎

楽大さんは昇進前の兼好さんと共に見たことはありますが、
それ以外は見ていないですね。
一太郎さんは息子さんですね。
まあ、じっくり正式な発表を待ちましょう。(^^)

三遊亭圓楽の「弥次郎」 

今日は三遊亭圓楽の「弥次郎」を上げました。
昨夜のラジオ寄席からです。昭和68年の高座です。
同じ放送で「鼠穴」も放送されましたので、これもそのうち。

ところで、「弥次郎」って今回のくだりの他にも噺があり、
そちらは余り演じられない様ですね。
以前「落語研究会」に行った時、扇治さんが「弥次郎」を演じていたのですが、前半は全く聞いた事の無い件でしたので、もっと長い噺なのだと認識した次第です。

今日はもしかしたら、浅草の夜席に行くかも知れません。
今年最後かな・・・たぶん。

コミュ一周年記念の生放送

今日は昨夜生放送で話題にした、初代江戸家猫八さんをあげました。
後は圓楽師の「宮戸川」を追悼第3弾として。

昨日はコミュ一周年記念の生放送が有りましたが、仕事が忙しくて、
最初の挨拶だけして後は画面を見る事も叶わず、参加出来たのは、
猫八さんの時でした。まあショウガナイですね。

12月の「忠臣蔵」、皆さん何か物凄く真剣に取り組んでいらっしゃいますねえ、何だか凄い・・・こちらはいつもの延長で考えていたので、
チョット驚きです。こちらもボトボチ準備しましょうかね。
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