『花筏』
もう大相撲も初場所が始まっていますので取り上げました。
『原話』
もともと講釈(講談)ダネで、古くからある上方落語「提灯屋相撲」を、三代目円馬師が東京に移植したものです。
『演者』
東京では、昭和20〜30年代に、六代目圓生師、八代目可楽師、八代目柳枝師、十代目馬生師などが得意にしたほか、今でもよく高座にかかっています。
『ストーリー』
相撲の親方が、銚子の祭相撲に人気力士の花筏を出す契約をしたが、花筏が病気のため、
顔付きが似ている提灯屋に、相撲は取らなくてもよいとの約束で代役を依頼しました。
相撲は大人気で六連勝の地元の素人、千鳥ケ浜と花筏を千秋楽に組ませることになったのでさあ大変。
恐がる提灯屋に、相手の体に触れたらすぐに倒れてしまえと、親方が知恵を付けるのですが・・
一方、千鳥ケ浜は親に呼ばれて、遺恨相撲で投げ殺されるから止めてくれと頼まれて仕舞います。
さていよいよ、取り組みの始まり、仕切の最中、提灯屋は恐怖のあまり「南無阿弥陀仏」と唱える始末。
これを聞いた千鳥ケ浜は「俺の為に念仏を唱えている、恐ろしい」とこちらも念仏。
行司が思わず「お通夜だねまるで」
行司が軍配を反すと、無我夢中で突き出した提灯屋の指が立ち遅れた相手の鼻と目に入っります。
千鳥ケ浜は土俵際で倒れそうになるが、見ると相手が先に尻餅をついているので、観衆は、花筏の張り手はすごいねと関心する。張り手が良い訳で提灯屋でございます。
『能書』
花筏は大阪相撲の大関という設定です。
昭和2年1月、大日本大角力(相撲)協会が発足するまで、東京のほか大阪、京都にも協会があり、独自に興行して、横綱免許もそれぞれ勝手に出していました。
大阪横綱で、レベルは東京の小結・関脇クラスだったようです。
『ネタ』
明治以後、記録に残っている限りでは、ただ一人だけ「花筏」を名乗った力士がいます。
昭和41年春場所に、一場所かぎり西十両十七枚目に顔を出した「花筏健」がその人。
幕下時分落語好きだった関取が、寄席で聞いたこの「花筏」にあやかって、三度目の改名をしたものです。
落語家に知友が多く、贔屓もされたようですが、不幸にしてケガのため、花を咲かせぬまま廃業しました。
残念ですねえ〜、大成してれば、落語好きの関取として人気も出たかもしれません。
「蛇足」
圓生師も大阪相撲なので、この噺では親方は上方の言葉を使っています。
もう大相撲も初場所が始まっていますので取り上げました。
『原話』
もともと講釈(講談)ダネで、古くからある上方落語「提灯屋相撲」を、三代目円馬師が東京に移植したものです。
『演者』
東京では、昭和20〜30年代に、六代目圓生師、八代目可楽師、八代目柳枝師、十代目馬生師などが得意にしたほか、今でもよく高座にかかっています。
『ストーリー』
相撲の親方が、銚子の祭相撲に人気力士の花筏を出す契約をしたが、花筏が病気のため、
顔付きが似ている提灯屋に、相撲は取らなくてもよいとの約束で代役を依頼しました。
相撲は大人気で六連勝の地元の素人、千鳥ケ浜と花筏を千秋楽に組ませることになったのでさあ大変。
恐がる提灯屋に、相手の体に触れたらすぐに倒れてしまえと、親方が知恵を付けるのですが・・
一方、千鳥ケ浜は親に呼ばれて、遺恨相撲で投げ殺されるから止めてくれと頼まれて仕舞います。
さていよいよ、取り組みの始まり、仕切の最中、提灯屋は恐怖のあまり「南無阿弥陀仏」と唱える始末。
これを聞いた千鳥ケ浜は「俺の為に念仏を唱えている、恐ろしい」とこちらも念仏。
行司が思わず「お通夜だねまるで」
行司が軍配を反すと、無我夢中で突き出した提灯屋の指が立ち遅れた相手の鼻と目に入っります。
千鳥ケ浜は土俵際で倒れそうになるが、見ると相手が先に尻餅をついているので、観衆は、花筏の張り手はすごいねと関心する。張り手が良い訳で提灯屋でございます。
『能書』
花筏は大阪相撲の大関という設定です。
昭和2年1月、大日本大角力(相撲)協会が発足するまで、東京のほか大阪、京都にも協会があり、独自に興行して、横綱免許もそれぞれ勝手に出していました。
大阪横綱で、レベルは東京の小結・関脇クラスだったようです。
『ネタ』
明治以後、記録に残っている限りでは、ただ一人だけ「花筏」を名乗った力士がいます。
昭和41年春場所に、一場所かぎり西十両十七枚目に顔を出した「花筏健」がその人。
幕下時分落語好きだった関取が、寄席で聞いたこの「花筏」にあやかって、三度目の改名をしたものです。
落語家に知友が多く、贔屓もされたようですが、不幸にしてケガのため、花を咲かせぬまま廃業しました。
残念ですねえ〜、大成してれば、落語好きの関取として人気も出たかもしれません。
「蛇足」
圓生師も大阪相撲なので、この噺では親方は上方の言葉を使っています。