らくご はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

カテゴリ: 噺の話

08b69264『猫の災難』
今日は「猫の災難」です。
志ん生師は「犬の災難」として、出てくる肴も鯛ではなく鶏肉となっています。

【原話】
原話は、安永6年(1777年)に出版された笑話本・「新落噺初鰹」の一遍である『初鰹』です。
これも元は上方落語です。やはり三代目小さん師が東京に移植しました。

【ストーリー】
湯上がりに、一杯飲みたいなと考えていた熊五郎ですが、ふとした事から隣の女将さんから鯛の頭と尻尾だけの残り物を貰います。聞けば飼っている猫のお見舞いに鯛を戴いたのだと言う。
良いトコロを食べさせ残りの頭のついている骨と尻尾は要らないから捨てると聞いて、思わず貰ってしまったのでした。
目肉あたりでも食べようかと考えていて笊をかぶせると頭と尻尾が出て、立派な鯛の様に見えます。
友達の八五郎が訪ねてきて一杯やりたいなぁと話し合っていると、笊の鯛を見て、立派な鯛じゃねぇか、それで飲もう、酒は買ってくると言って、八五郎は酒屋に行くと言います。
「じゃあ少し遠いがとなり町の酒屋で買って来てくれ。あそこはいい酒なんだ。」
そう云われて八五郎は出かけていきます。
熊五郎も、今更、これは骨だけとは、言えないので、なにか言い訳をしなきゃと考えて、しかたなく、隣の猫に取られたことにします。
そうこうする内に八五郎が帰って来ます。上手く言いくるめるのですが、八五郎は「絶対鯛で飲みたいので、買ってくる」と言って又出かけていきます。
熊五郎が、お燗をつけながら、味見をするうちに、八五郎が買ってきた酒を飲んでしまった事に気が付いた熊五郎は、また言い訳をしなければならないので、隣の猫が徳利を倒したことにして、はちまきを締めて、喧嘩支度で八五郎の帰りを待っていたが、酔っぱらって寝てしまいます。
そこへ八五郎が帰ってきて話を聞いて怒り出す。そのうちに熊五郎が、酔っぱらっていることに気が付いて、お前が飲んだなと言うと、熊五郎は、大声で隣の猫が蹴飛ばしたんだ、隣の猫のところへ行ってくれと言い出す。
そこへ、隣の女将さんが顔を出して、うちの猫は寝ているんだよ、さっき熊さんに鯛の骨をあげたのに、何で悪く言われなきゃならないと、怒り出します。
すっかりバレてしまった八五郎は
、「この野郎!お前猫のおあまりをもらったな、この俺に隣の猫のところへ何しに行かせるつもりだったんだ」
と言うと、熊五郎が、「だからよ〜く猫に謝っておいてくんねぇ」

【演者】
志ん生師の「犬の災難」では、相棒が酒を買いに行っている間に、隣のかみさんが戻ってきて鶏を持っていってしまうという、合理的な段取りです。
最後は酒を「吸った」ことを白状するだけで、オチらしいオチは作っていません。
志ん朝師も「犬の災難」で演じています。

少し前の話ですが、寄席で馬風師が出てくるとかなりの確率でこの噺をかけていました。
やはり柳家の噺家さんが多い気がします。

【注目点】
上方版では、猫が入ってきたので、阿呆が『ここぞ』とばかり声を張り上げる。
「見てみ。可愛らし顔して。おじぎしてはる」
それを聞いて、猫が神棚に向かって前足を合わせ…。
「どうぞ、悪事災ニャン(=難)をまぬかれますように」
となります。又鯛をくれるのは酒屋さんと言う設定です。

『ネタ』
この噺は一人で酒盛りをして飲んで酔っ払う仕草が重要ですが、これは結構難しいそうです。
三遊では「一人酒盛り」と言う同じ様な演目があり、これは六代目圓生師が得意にしていました。

三代目金馬師は釣りに行っていて、釣った鯛や自分の弁当まで野良猫に取られてしまった事があるそうです。
これは小さん師が良かったですねえ。ですから弟子の小三治師や馬風師も演じます。
酒をのみほした後、小唄をうなるのは、小さん師の工夫だそうです。

20200214115609『お見立て』
前の演題が不評なので記事を更新します。
そこでお彼岸も近いのでこの噺です。

【原話】
文化5年(1808年)に出版された笑話本・「噺の百千鳥」の一遍である『手くだの裏』です。


【ストーリー】
田舎者の杢兵衛(もくべえ)大尽が登楼し、花魁の喜瀬川を呼ぼうとする。
じつは大尽、喜瀬川から「逢いたい」という手紙を貰い、やってきたのですが、喜瀬川は店の若い者に「あんな田舎者はいやだよ」などと言って逢おうとしない。
じつは、必要な金の工面をしようと、杢兵衛大尽に手紙を出したのだが、もう金の算段がついたので逢う必要は無いという。
間に入った若い者の喜助は、喜瀬川に入れ知恵されるがままに「花魁はいま体の具合が悪くてお目にかかれません」と断りを言うが、大尽は「それじゃあ見舞いにいくべえ。
部屋はどこだ」と言い出す始末。
仕方が無く「入院をしているのです」と言えば「どこの病院だ。そこへ行こう」と食い下がる。嘘はだんだんエスカレートし、ついに喜瀬川は大尽に逢えない悲しさのため、死んでしまったということに!
どこまで行っても素直な大尽は涙を流し「墓参りに行くべえ」と発案。喜助も引き下がれなくなり、大尽を山谷の適当な寺へ案内するのですが、中に入ると、墓がずらりと並んでいる。
いいかげんに一つ選んで「へえ、この墓です」。
杢兵衛お大尽、涙ながらに線香をあげ、ノロケを言いながら『南無阿弥陀仏、ナムアミダブツ』…。
「ゲホ…ゲホ…!! 線香のたきすぎだぁ!」
火事場みたいな煙を扇子で払い、ひょいと戒名を見ると…。
全く違うので慌てて別の墓に案内するが、これも違う何と子供の墓。
次々と案内するものの、違う墓ばかり、当たり前なのですが。
「いったいどれが喜瀬川の墓だ」
「へい、宜しいのをお見立て願います」

【演者】
昭和の噺家だと柳橋先生や圓遊師などが印象に残っています。もちろん志ん生師、志ん朝師親子も演じました。
今でも多くの噺家が演じています。

【注目点】
明治の初めまでは、、店の格子の前で花魁が顔見せをする『張り見世』というシステムがあったそうで、遊びに来た客は、格子越しにその様子を眺めながら、「よろしいのをお見立てを願います」という若い衆の言葉を聴いて、その晩の女性を選んだという。
そこから来たオチです。

『ネタ』
その昔(明治の初め)は「田舎漢」とかいて「いなかもの」とルビを振っていたそうで、その頃の噺だそうです。
圓遊師は舞台をキャバレーに変えて演じた事もあるそうです。

4a77711b『突き落し』
今日は初めて取り上げる噺「突き落し」です。
(ウソでした。2011年に一度取り上げています。スイマセン。但し、タイトルが「突き落とし」でした)

【原話】
1807年の喜久亭壽暁のネタ帳「滑稽集」に「月たおす」とあります。これが元ですね。
これを初代小せん師が得意としていました。

【ストーリー】
町内の若い連中が集まって、仲へでも繰り出そうかなんて言ってますが、遊べる金など持っていません。
 すると熊さんが、タダで吉原で遊べる計画があると言います。他の連中はそれを聞いてその気になります。熊さんは
「俺を棟梁にして大見世でお前らを遊ばせるという触れ込みで仲へ繰り込む。若い衆が呼び込む小見世に上がり、一晩飲んで大騒ぎをして寝てしまう」と、計画の段取りを話します。
 熊さんは清ちゃんを羽左衛門に似ているとおだたて、重要な役割を頼む。頭をポカポカ殴られるのだが、人のいい清ちゃんは承知する。
遊ぶだけ、遊んで勘定は、となったら清ちゃんが「おかみさんから財布を与ろうとしたら、棟梁は酒を飲むと気が大きくなるから間違いがあっては大変だから、家まで取りにおいで」と言われましたと言うんだと話す。そうしたら若い衆を連れて外え出たところで連れションをするんだ。若い衆も付き合いなと言ってやってる所を後ろから突き落としてその間に逃げれば良い。と言います。一同感心して早速乗り込みます。
 全ては計画通りに進みます。そして若い衆を馬として連れて外に出ます。そして連れションをしている時に後ろから突き落します。
 作戦成功と一斉に逃げる連中ですが、清ちゃんがいない。若い衆と一緒にどぶにはまったのか、追いかけられて捕まってしまったのかと案じていると、ニコニコしながら後から駆けて来た。清ちゃんが言うのには 
「若い衆がいい煙草入れを下げていたので、惜しいと思って抜いて来た」
「うまく行ったな。次は品川でやろうか」
 と一応ここで落ちが着きますが、演者によっては
これに味をしめた連中、「つぎは品川」と調子に乗るが、そうは問屋が卸さず、しくじりとなる。と付け加える者もいます。

【演者】
戦後では六代目圓生師や五代目柳朝師や五代目小さん師、三代目三木助師が演じていました。三木助師以外の録音も残っています。

【注目点】
 評論家・飯島友治氏は「突き落とし」「居残り佐平次」「付き馬」を、「落語の三大悪人」と呼んでいますが、落語の世界の話ですからね。それほど目くじら立てなくても良いとは思います。 でも、五代目古今亭志ん生師は、この噺だけは「あんな、ひどい噺は演れないね」と言って生涯、手掛けませんでした。

『ネタ』
時代設定としては明治の終わりか大正時代に設定されているようです。
落語を取り上げるサイトやブログではこの噺を忌み嫌う方が多いようですが、個人的には嫌いな噺ではありませんので今回取り上げました。

33e8fac8『ずっこけ』
え〜立花さんのブログでこの噺が取り上げられたので、私も追随しました。
専門的なことは立花さんにおまかせして、軽くやってみます。

【原話】
かなり古くからある噺です。一説には「両国八景」から取ったとの記述もあります。

【ストーリー】
飲み屋が店をしまう時間なのに、熊さんは酔っ払って動こうとしない。店の小僧が看板だというと、熊さんがもう一本だけ飲んだら帰るというので、小僧はとっくりを一本持ってくる。その一本を飲みながら、きれいな女に酌をしてもらいたいと言ったり、洒落を言ってもわからないと文句を言ったりする熊さんに、小僧はうんざりしている。
そこに客が入ってきたので、小僧が「もう看板だから」と断ろうとすると、熊さんを迎えに来たという。男は仕事の話があると熊さんを連れて出ようとするが、勘定をしろというと熊さんはお金を持っておらず、そのうち援軍が来ると思って飲んでいたという。男は仕方がなく自分が払う。
店を出たはいいが、すっかり酔っ払った熊さん、薬屋の仁丹の看板の男に挨拶したり、あげくの果てには立小便も自分でできず、男に手伝ってもらう始末。家に着いたとたん、熊さんの嫁に文句を言う。熊さんの嫁もしょうがない男だとぼやくが、それでもいいところがあるとのろけだすので、男はあきれる。
いざ寝かせようとすると、着物だけで中身が無い、探しに行くと途中で裸でねていた。
やっとの思いで連れて帰ると嫁さんは大喜び、「何処で寝ていたの」「郵便局の前だ」「あんなに人通りの多い所でよく拾われなかった。」

【演者】
今は雲助師匠がよく聴かせてくれます(少しエッチですw)。あと文生師もたまに聴かせてくれます。金馬師が先代ゆずりの「居酒屋」を高座に掛けるので、二人が出る席ではこれらの演目は余り出ませんね。
歴代では八代目柳枝師や志ん生師なども若い頃(24歳)演じました。さらに志ん朝師も二つ目の頃に「東京落語会」でやった記録があるそうです。

【注目点】
この噺から発生した「居酒屋」の方が有名になってしましましたが、よっぱらいの描写などがあり楽しめる噺になっています。

『ネタ』
この噺の前半部分の居酒屋の小僧さんに絡む下りを広げて新しいくすぐりを沢山入れたのが、「居酒屋」です。
こちらの方が有名になって仕舞いましたが、私はこちらも好きですね。どうしようも無い酔っぱらいの描写が楽しいですね。途中で落として来る処なんぞ、最高ですね。

※更に詳しく知りたい方は立花さんのブログを是非訪れてください
落語と吉原そして小説、時々ぼやき

DzIRrI6V4AcR-vU『崇徳院』
 色々とありましたが、気を取り直して(自分が悪いのですがw)個人的に好きなこの噺です。
 崇徳院様と言えば百人一首の歌「瀬をはやみ」で有名ですが、これが落語になるとちょっと変わって来ます。
 梅の花も咲き始めましたしね。
【原話】
この作品は初代桂文治の作といわれ、上方落語の演目で、後に東京でも口演されるようになりました。

【ストーリー】
 若旦那が寝込んでしまったので、旦那様に頼まれて、幼なじみの熊さんが訊いてみると、
上野の清水堂で出会ったお嬢さんが忘れられないと言う……つまり恋煩いだったのです。
大旦那は熊さんに、そのお嬢さんを見つけてくれれば住んでいる三軒長屋をくれると言います。そこで熊さんはそのお嬢様を探しに出掛けます。腰に草鞋をぶら下げてもう一生懸命です。
 手掛かりは短冊に書かれた崇徳院の和歌で、
「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の 割れても末に 逢わんとぞ思う」と言う歌のみです。
 かみさんに教えられた通り、往来の真ん中、湯屋、床屋など、人が集まるところで上の句
を詠むが、なかなか見つかりません。
熊さんがなんと三十七軒目の床屋で休んでいると、鳶頭が駆け込んできて、出入り先のお嬢様が恋煩いで寝込んでいると言うお嬢様の話を始めました。
清水院で出会った若旦那に会いたいというのです。手掛かりは、短冊に書かれた崇徳院の和歌だと言います。ついに出会ったのです!
 お互いに見つけたと、互いにこっちに来いと揉合いになり、床屋の鏡を割って仕舞います。
でも床屋の親方、心配するな。
「割れても末に買わんとぞ思う」

【演者】
 三代目 桂三木助師が有名です、個人的には三代目 古今亭志ん朝師が好きですね。若旦那と熊さんのやり取りがいいです!

【注目点】
 上方では見初める所が高津神社となっています。又、女性の方の頭に下さる御礼が300両と具体的になっています。上方では
「あんたのとこの若旦那は仁徳のある方ですなあ」
 と感心する床屋に、
「仁徳があるはずや、見初めたんが高津さんや」とするサゲもあるそうです。

『能書』
 最近では上方では、サゲをつけないやり方が多くなって来ているという事ですが、人気者だった二代目桂枝雀師が取っ組み合いのシーンを演じたあとサゲを付けずに「めでたく一対の夫婦が出来上がります。崇徳院というおめでたいおうわさでした」などと言って終える演出を取り入れましたが、やはり落とし噺ですのできちんとサゲを言って欲しいです。

『ネタ』
若旦那が寝込む噺は他に「千両みかん」などもありますが、この噺は最後がハッピーエンドで終わっているので後味が良いですね。これは重要なことで、トリでこの噺をやればお客さんは気分よく家に帰れる訳です。寄席の最後に出て来る噺家はそんなことも注意して演目を選びます。

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