らくご はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2020年02月

1011404『干物箱』
今日は、黒門町の十八番中の十八番のこの噺です。

【原話】
原話は、延享4年(1747年)に出版された笑話本・「軽口花咲顔」の一遍である『物まねと入れ替わり』です。

【ストーリー】
 女道楽が過ぎて、若旦那が外出禁止となり、すでに十日。
たまには湯でも行って来いと言われて、二つ返事で家を飛び出した。
一旦外に出ると吉原に顔を出したくなる。そこで、声色が上手な善公に替玉を頼むことにした。
親父には、こう答えろと指示して、善公を二階に残して遊びに出掛けた。
 筋書通りに答えて調子にのっている善公だが「頂いた干物はどこだ」と聞かれて「干物箱」と出鱈目を言うと持って来いと言われた。
顔を見せる訳にはいかないので、腹が痛いと嘘をつくと、親父が薬を持って二階に上がって来た。
頭から布団を被ってしがみついていたが剥がされ、若旦那との計略がバレた。
 その時、窓の外から若旦那が囁くような小さな声で、紙入れを忘れたから取ってくれと頼む。
思わず親父が怒鳴り、
「馬鹿野郎、てめえなんぞ、どこへでも行って死んじめぇ」 
お気楽な若旦那は、
「はぁ善公は器用だねぇ、親父そっくり」

【演者】
やはり八代目文楽師が有名ですが、志ん生師もやりました。亡くなった後は志ん朝師や馬生師など多くの噺家が演じています。

【注目点】
志ん朝師師はこの噺を「前半できちんと説明しないと後半の笑いに繋がらない」と語っていたそうです。
それとこの噺の日時もハッキリと判っているそうです。明治の末で1月16日の藪入りの晩で店の者は誰も居ないのだそうです。それは古い速記に「やぶいりのまたいで過ぎぬ凧の糸」という句から判ります。

『ネタ』
この噺で親を騙すのに用いられたのは「声色」ですが、「声色」の本来は歌舞伎役者の声を真似することです。
噺に出てくる「亀清」は柳橋にあった料亭です。

20200223124949-1講談の神田松之丞さんが真打に昇進しまして、大名跡の神田伯山を襲名しました。
二つ目の頃から大人気で注目されていましたが、昇進襲名とあってマスコミでも紹介されていますね。
そんな中、白山先生がyoutubeで「神田伯山てぃーびぃー」というチャンネルを開設致しました。最初は新宿末廣亭からの模様(主に楽屋の様子)が配信されました。
毎日更新だそうでして、先日からの浅草の模様も配信されています。
演芸落語ファンとしては結構面白いですね。これを見て寄席に行ってみたいという方が居るみたいですので、広く知られれば良いと思い、このブログでも紹介してみることに致しました。
御興味のある方は是非神田伯山てぃーびぃー
上記のオレンジの文字をクリックしてください!

08b69264『猫の災難』
今日は「猫の災難」です。
志ん生師は「犬の災難」として、出てくる肴も鯛ではなく鶏肉となっています。

【原話】
原話は、安永6年(1777年)に出版された笑話本・「新落噺初鰹」の一遍である『初鰹』です。
これも元は上方落語です。やはり三代目小さん師が東京に移植しました。

【ストーリー】
湯上がりに、一杯飲みたいなと考えていた熊五郎ですが、ふとした事から隣の女将さんから鯛の頭と尻尾だけの残り物を貰います。聞けば飼っている猫のお見舞いに鯛を戴いたのだと言う。
良いトコロを食べさせ残りの頭のついている骨と尻尾は要らないから捨てると聞いて、思わず貰ってしまったのでした。
目肉あたりでも食べようかと考えていて笊をかぶせると頭と尻尾が出て、立派な鯛の様に見えます。
友達の八五郎が訪ねてきて一杯やりたいなぁと話し合っていると、笊の鯛を見て、立派な鯛じゃねぇか、それで飲もう、酒は買ってくると言って、八五郎は酒屋に行くと言います。
「じゃあ少し遠いがとなり町の酒屋で買って来てくれ。あそこはいい酒なんだ。」
そう云われて八五郎は出かけていきます。
熊五郎も、今更、これは骨だけとは、言えないので、なにか言い訳をしなきゃと考えて、しかたなく、隣の猫に取られたことにします。
そうこうする内に八五郎が帰って来ます。上手く言いくるめるのですが、八五郎は「絶対鯛で飲みたいので、買ってくる」と言って又出かけていきます。
熊五郎が、お燗をつけながら、味見をするうちに、八五郎が買ってきた酒を飲んでしまった事に気が付いた熊五郎は、また言い訳をしなければならないので、隣の猫が徳利を倒したことにして、はちまきを締めて、喧嘩支度で八五郎の帰りを待っていたが、酔っぱらって寝てしまいます。
そこへ八五郎が帰ってきて話を聞いて怒り出す。そのうちに熊五郎が、酔っぱらっていることに気が付いて、お前が飲んだなと言うと、熊五郎は、大声で隣の猫が蹴飛ばしたんだ、隣の猫のところへ行ってくれと言い出す。
そこへ、隣の女将さんが顔を出して、うちの猫は寝ているんだよ、さっき熊さんに鯛の骨をあげたのに、何で悪く言われなきゃならないと、怒り出します。
すっかりバレてしまった八五郎は
、「この野郎!お前猫のおあまりをもらったな、この俺に隣の猫のところへ何しに行かせるつもりだったんだ」
と言うと、熊五郎が、「だからよ〜く猫に謝っておいてくんねぇ」

【演者】
志ん生師の「犬の災難」では、相棒が酒を買いに行っている間に、隣のかみさんが戻ってきて鶏を持っていってしまうという、合理的な段取りです。
最後は酒を「吸った」ことを白状するだけで、オチらしいオチは作っていません。
志ん朝師も「犬の災難」で演じています。

少し前の話ですが、寄席で馬風師が出てくるとかなりの確率でこの噺をかけていました。
やはり柳家の噺家さんが多い気がします。

【注目点】
上方版では、猫が入ってきたので、阿呆が『ここぞ』とばかり声を張り上げる。
「見てみ。可愛らし顔して。おじぎしてはる」
それを聞いて、猫が神棚に向かって前足を合わせ…。
「どうぞ、悪事災ニャン(=難)をまぬかれますように」
となります。又鯛をくれるのは酒屋さんと言う設定です。

『ネタ』
この噺は一人で酒盛りをして飲んで酔っ払う仕草が重要ですが、これは結構難しいそうです。
三遊では「一人酒盛り」と言う同じ様な演目があり、これは六代目圓生師が得意にしていました。

三代目金馬師は釣りに行っていて、釣った鯛や自分の弁当まで野良猫に取られてしまった事があるそうです。
これは小さん師が良かったですねえ。ですから弟子の小三治師や馬風師も演じます。
酒をのみほした後、小唄をうなるのは、小さん師の工夫だそうです。

20200214115609『お見立て』
前の演題が不評なので記事を更新します。
そこでお彼岸も近いのでこの噺です。

【原話】
文化5年(1808年)に出版された笑話本・「噺の百千鳥」の一遍である『手くだの裏』です。


【ストーリー】
田舎者の杢兵衛(もくべえ)大尽が登楼し、花魁の喜瀬川を呼ぼうとする。
じつは大尽、喜瀬川から「逢いたい」という手紙を貰い、やってきたのですが、喜瀬川は店の若い者に「あんな田舎者はいやだよ」などと言って逢おうとしない。
じつは、必要な金の工面をしようと、杢兵衛大尽に手紙を出したのだが、もう金の算段がついたので逢う必要は無いという。
間に入った若い者の喜助は、喜瀬川に入れ知恵されるがままに「花魁はいま体の具合が悪くてお目にかかれません」と断りを言うが、大尽は「それじゃあ見舞いにいくべえ。
部屋はどこだ」と言い出す始末。
仕方が無く「入院をしているのです」と言えば「どこの病院だ。そこへ行こう」と食い下がる。嘘はだんだんエスカレートし、ついに喜瀬川は大尽に逢えない悲しさのため、死んでしまったということに!
どこまで行っても素直な大尽は涙を流し「墓参りに行くべえ」と発案。喜助も引き下がれなくなり、大尽を山谷の適当な寺へ案内するのですが、中に入ると、墓がずらりと並んでいる。
いいかげんに一つ選んで「へえ、この墓です」。
杢兵衛お大尽、涙ながらに線香をあげ、ノロケを言いながら『南無阿弥陀仏、ナムアミダブツ』…。
「ゲホ…ゲホ…!! 線香のたきすぎだぁ!」
火事場みたいな煙を扇子で払い、ひょいと戒名を見ると…。
全く違うので慌てて別の墓に案内するが、これも違う何と子供の墓。
次々と案内するものの、違う墓ばかり、当たり前なのですが。
「いったいどれが喜瀬川の墓だ」
「へい、宜しいのをお見立て願います」

【演者】
昭和の噺家だと柳橋先生や圓遊師などが印象に残っています。もちろん志ん生師、志ん朝師親子も演じました。
今でも多くの噺家が演じています。

【注目点】
明治の初めまでは、、店の格子の前で花魁が顔見せをする『張り見世』というシステムがあったそうで、遊びに来た客は、格子越しにその様子を眺めながら、「よろしいのをお見立てを願います」という若い衆の言葉を聴いて、その晩の女性を選んだという。
そこから来たオチです。

『ネタ』
その昔(明治の初め)は「田舎漢」とかいて「いなかもの」とルビを振っていたそうで、その頃の噺だそうです。
圓遊師は舞台をキャバレーに変えて演じた事もあるそうです。

4a77711b『突き落し』
今日は初めて取り上げる噺「突き落し」です。
(ウソでした。2011年に一度取り上げています。スイマセン。但し、タイトルが「突き落とし」でした)

【原話】
1807年の喜久亭壽暁のネタ帳「滑稽集」に「月たおす」とあります。これが元ですね。
これを初代小せん師が得意としていました。

【ストーリー】
町内の若い連中が集まって、仲へでも繰り出そうかなんて言ってますが、遊べる金など持っていません。
 すると熊さんが、タダで吉原で遊べる計画があると言います。他の連中はそれを聞いてその気になります。熊さんは
「俺を棟梁にして大見世でお前らを遊ばせるという触れ込みで仲へ繰り込む。若い衆が呼び込む小見世に上がり、一晩飲んで大騒ぎをして寝てしまう」と、計画の段取りを話します。
 熊さんは清ちゃんを羽左衛門に似ているとおだたて、重要な役割を頼む。頭をポカポカ殴られるのだが、人のいい清ちゃんは承知する。
遊ぶだけ、遊んで勘定は、となったら清ちゃんが「おかみさんから財布を与ろうとしたら、棟梁は酒を飲むと気が大きくなるから間違いがあっては大変だから、家まで取りにおいで」と言われましたと言うんだと話す。そうしたら若い衆を連れて外え出たところで連れションをするんだ。若い衆も付き合いなと言ってやってる所を後ろから突き落としてその間に逃げれば良い。と言います。一同感心して早速乗り込みます。
 全ては計画通りに進みます。そして若い衆を馬として連れて外に出ます。そして連れションをしている時に後ろから突き落します。
 作戦成功と一斉に逃げる連中ですが、清ちゃんがいない。若い衆と一緒にどぶにはまったのか、追いかけられて捕まってしまったのかと案じていると、ニコニコしながら後から駆けて来た。清ちゃんが言うのには 
「若い衆がいい煙草入れを下げていたので、惜しいと思って抜いて来た」
「うまく行ったな。次は品川でやろうか」
 と一応ここで落ちが着きますが、演者によっては
これに味をしめた連中、「つぎは品川」と調子に乗るが、そうは問屋が卸さず、しくじりとなる。と付け加える者もいます。

【演者】
戦後では六代目圓生師や五代目柳朝師や五代目小さん師、三代目三木助師が演じていました。三木助師以外の録音も残っています。

【注目点】
 評論家・飯島友治氏は「突き落とし」「居残り佐平次」「付き馬」を、「落語の三大悪人」と呼んでいますが、落語の世界の話ですからね。それほど目くじら立てなくても良いとは思います。 でも、五代目古今亭志ん生師は、この噺だけは「あんな、ひどい噺は演れないね」と言って生涯、手掛けませんでした。

『ネタ』
時代設定としては明治の終わりか大正時代に設定されているようです。
落語を取り上げるサイトやブログではこの噺を忌み嫌う方が多いようですが、個人的には嫌いな噺ではありませんので今回取り上げました。

このページのトップヘ