らくご はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2019年11月

img012-4-3『うどん屋 』
ここの所急に寒くなりました。25日は半袖でも着ようかという陽気だったのに気温の変化が激しいですね。余りにも寒いので、考えたあげく、また「うどん屋」にしました。これは寒い冬の夜が連想されれば成功と言われている噺です。

【原話】
1773年の「近目貫」の「小声」が原話だと言われています。それが上方落語「かぜうどん」になり、それを明治期に三代目小さん師が東京に移植したもので、代々柳家の噺とされています。大正3年の二代目柳家つばめ師の速記では、酔っ払いがいったん食わずに行きかけるのを思い直してうどんを注文したあと、さんざんイチャモンを付けたあげく、七味唐辛子を全部ぶちまけてしまいます。
これを、昭和初期に六代目春風亭柳橋師が応用し、軍歌を歌いながらラーメンの上にコショウを全部かけてしまう、改作「支那そば屋」としてヒットさせました。

【ストーリー】
夜、市中を流して歩いていた、うどん屋を呼び止めたのはしたたかに酔った男。
「仕立屋の太兵衛を知っているか?」と言い出し、うどんやが知らないと答えると、問わず語りに昼間の出来事を話し出す。

 友達の太兵衛のひとり娘、みい坊が祝言を挙げた。あんなに小さかったみい坊が花嫁衣装に身を包み、立派な挨拶をしたので胸がいっぱいになった・・・。うどんやが相づちを打つのをいいことに、酔客は同じ話を繰り返すと、水だけ飲んでどこかに行ってしまう。
 ただで水だけ飲まれたうどんや、気を取り直して再び町を流すと、今度は家の中から声が掛かるが、
「赤ん坊が寝たところだから静かにして」
 でかい声はだめだ、番頭さんが内緒で店の衆に御馳走してやるってんで、ヒソヒソ声で注文するのが大口になるんだと思った矢先、ヒソヒソ声で、鍋焼きの注文。
 こりゃ当たりだなと、ヒソヒソ声で「さぁどうぞ」客が食べ終わって、勘定のときに
「うどん屋さん。お前さんも風邪ひいたのかい」

【演者】
八代目可楽師、五代目小さん師、現役では小三治師が素晴らしいです。また喬太郎師も面白いですね。

【注目点】
鍋焼きうどんといえば、天ぷらに卵野菜などがたくさん入ったものを考えますが、この落語に出てくる鍋焼きうどんは、、かけうどんを鍋で煮こんだモノの様です。
 三代目小さん師が初めてこの噺を演じたときの題は、「鍋焼きうどん」という題でした。
全編を通して、江戸の夜の静寂、寒さが大事な噺でもあり、小さん師はよくその情景を表しています。
 小さん師の音源なのでは、小さん師のうどんをすする音に”注耳”して下さい。確実に蕎麦とうどんの食べ分けが出来ています。正に名人芸ですね。

『能書』
昔は商家などに努めていた者は夜にお腹が空いた時などにこのようなうどん屋や蕎麦屋を呼び止めて奉公している者に食べさせた事があったそうです。そんな時は一件で完売となったそうです。
「鍋焼きうどん」は明治になると東京でも流行したそうです。そんな素地があったので東京でも受け入れられたのですね。

『ネタ』
個人的な体験ですが、晩年、脳梗塞で倒れられてからの小さん師匠はハッキリいって往年の芸は蘇りませんでした。
でも、ある時、寄席で飛び入りで師匠が出演したのです。
この頃、たまに、そんな事があるというウワサは聞いていましたが、まさか自分が行った時に当るとは思ってもみませんでした、
その時演じたのがこの噺でした。
前半は、この頃の感じであまり感情が入らない口調でしたが、後半からは乗ってきました。そして、うどんを食べるシーンで、「ふっ、ふー」と冷ます処で私は鳥肌が立ってしまいました。
たったそれだけで、寄席を深夜の冬の街角にしてしまったのです。
恐れ入りました、ホント、凄かったです。 今でも忘れられません。

b7747489『天 狗 裁 き 』
今日はこの噺です。噺の中に「欠餅」が出て来るので冬としました。

【原話】
元々は上方落語の演目の一つで、長編落語『羽団扇』(演じ手は2代目円歌師や談志など)の前半部分が独立して、一席の落語となった。現在の演出は、上方の3代目桂米朝師が発掘・再構成し復活させたものだそうです。東京では5代目古今亭志ん生師が得意としたそうです。

【ストーリー】
夢を見ていた八五郎。かみさんに起こされ、見ていた夢を質問されますが、見ていないので、
「見ていなかった」と言うと、「寝言を言っていたから夢を見ていたはず!」と言う事を聞きません。

そこから「夢を見たんだろ?」「見てないって言っているだろ!」と言い合いになってしまい、かっとなった八五郎はついかみさんに手を上げてしまいます。
「殴ったね? 好きに殴りよ、さぁ殺せェ!!」
物凄い騒ぎになってしまい、びっくり仰天した隣の辰公が仲裁しに飛び込んできます。

何とか八五郎のかみさんをなだめ、喧嘩を治めた辰公。ところが、今度はこの辰公が『夢の内容』を知りたくなって、「友だちになら話せるだろう」と言い、結局喧嘩になってしまい、今度は表を通りかかった大家に仲裁をしてもらった。しかし、この大家もまた『夢の内容』を知りたくなって、
「大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然」という諺を盾に、何とか『夢の内容』を聞き出そうとする大家だが、見ていない物を説明できるわけがありません。

「出て行け、店立てだ!!」「誰が出て行くか!?」「出て行かない? お上に訴えてやる!!」とまた大騒ぎになってしまい、訳も分からぬまま八五郎はお白州へ。
この珍妙な事件に奉行も面食らってしまい、最初は「くだらない事を持ち込むな!!」と八五郎を弁護するが、お裁きを進めるうちにこの奉行もまた『夢の内容』が知りたくなってしまいます。

奉行に質問され、また「見ていません」と答えた八五郎。奉行は怒ってしまい、八五郎は高手小手に縛られ、奉行所の庭にある松の木に吊り下げられてしまいました。
「何でこうなるのかな・・・」と考えていると、急に突風が吹いて八五郎の体がふわりと空へ・・・。
着いたところは鞍馬山。腰をさすりながら、八五郎が顔を上げると何と目の前に天狗が立っていた!
「ど・・・どちら様?」
「高尾の大天狗である!あんな変な奉行に人は裁けない。だからわしが助けたのだ」
八五郎は大感謝するが、この天狗、話をしているうちに例のごとく『夢の内容』が気になってしまった。
「人になら話せぬでもこの天狗になら大丈夫であろう」
「いえ見ていないもので・・・」
やり取りしてるうちに怒り「出した天狗が八五郎の首を絞め始めます。
「ギャー、助けてぇー!!」
びっくりして目を覚ますとかみさんが横にいる。『夢だったのか』とほっとする八五郎に、おかみさんが
「ねえ〜どんな夢を見たの?」

【演者】
今では結構多くの噺家が演じています。

【注目点】
「羽団扇」と言う噺は、最初は同じ出だしですが、途中で天狗の羽団扇をいただいてしまい、それを使って大活躍するという噺です。談志師や先代の馬生師が演じていました。

『ネタ』
「羽団扇」の展開はこの後、天狗を騙して羽団扇を取り上げて、自分で空を飛んで調子づいていると、海の上に出てしまう。しまった思った拍子に空から落ちてしまう。
ところが運の良いことに落ちたのが宝船の上ときた。宝船の絵を敷いて寝ていたせいなのか。恵比寿様の鯛を肴に弁天様のお酌で酒を飲んで良い心持になっていると、女房に起された。楽しそうな様子で夢を見ている旦那にどんな夢を見たのか聞きただす女房。
 ことの一部始終を話す旦那。少しやきもちをやく女房だったが、寝覚めの一服を旦那に差し出した。女房に宝船には、どんな神様がのっていたのかを聞かれた旦那は「勿論、七福神に決まっていると、名前をあげて数えたが、どうしても一人足り無い。よく考えて見ると、起きたときに一服(一福)呑んじゃった……。
他には娘を助けてそこの家の婿になるという展開もあります。

img_785584_61079218_2『星野屋』
11月になっても、相変わらず温かいですが、如何お過ごしでしょうか?
 体調にはくれぐれもご注意ください。
 という訳で今日はこの噺です。
この噺ですが、何処か「辰巳の辻占」に似てる気がします。
その昔、玉置さんが番組で「落語騙しのテクニック」と語っていました。

【原話】
原話は元禄11年に刊行された『初音草大噺大鑑』の一遍である「恋の重荷にあまる知恵」です。

【ストーリー】
旦那は弁天山の下の茶店「すずしろ」のお花を世話していると、女中が奥様に御注進。奥様が旦那に問い詰めると、お客様のお世話をしている女だが、大阪に帰ってしまうので、「後は星野屋、お前が面倒を見てくれ」と言う事で、面倒を見ている女なのだ。と、しどろもどろで弁解をします。
 「良いきっかけなので、ここで別れよう。」と、奥様に口約束します。

 お花の家に行って、50両の金を出して別れ話を切り出しますが、 お花は「お金は受け取れないし、他に好きな女が出来たのなら、ハッキリ言えばいいでしょ。水くさいんだから・・・。
私は旦那しか居ないんだから、そんな事言われたら死んでしまいます。」
 「嬉しいね。死んでくれるか。私は養子で女房には頭が上がらないんだ。その上、星野屋は仕事が上手くいかなくて左前になっている。私も死のうと思っていた。一緒に死のう。八つを合図に 今夜来るから、母親に気ずかれるなよ。」と言い残して帰ります。
八つに迎えに来た旦那はお花の手を取って、吾妻橋にやって来るのですが、
旦那は「人が来た。先に行くぞ。」と、ドブンっと飛び込んでしまった。
「気が早いんだから〜」とお花は躊躇します。
 その時、屋根舟が一艘やって来て、一中節の上辞で「♪さりとは狭いご了見、死んで花が咲くかいな。楽しむも恋、苦しむも恋、恋という字に二つはない」。「そうだよね、死んで花が咲かないよね。旦那〜、おっかさんもいるんで、失礼しま〜す。」と、こんな失礼な事はありません。

 一時の感情の高ぶりで死ぬと切り出したものの、お花の方は恐くなって家に帰って来て、タバコを一服していると、重吉が尋ねてきます。
「星野屋の旦那が来なかったか」と切り出した。「いいえ」と知らん顔を決め込もうとするお花に、「知らないならいいんだよ。ただね、今夜はおかしいんだ。眠れないで、トロトロとしていたら、雨も降っていないのに、
あたしの枕元にポタポタと水が滴り落ちる。なんだろうと思って、ふと上を見ると、 旦那が恨めしそうな顔で、
あたしに言うには、『お前が世話してくれた女だが、一緒に死ぬと言うから、吾妻橋から身投げしたのに、
あの女は帰ってしまった。
あんな不実な女だとは知らなかった。これから、毎晩、あの女のところに化けて出て、取り殺してやる』 と言うもんだからね、ちょっと気になってねえ、何も無かったんだな。じゃ、帰るからな」
 「チョット待っておくれよ」。
 「重さん、本当は、チョットだけ行ったんだよ。どうか、出ない方法はないかね。」
「それだったら、髪の毛を切って、今後雄猫一匹膝に乗せませんって、墓前に供えたら浮かばれるだろう」
すると、お花は裏に入って髪を切って、頭には姉さん被りをして出てきます。
「これなら、旦那も浮かばれるだろう」。
 そこに死んだはずの旦那が入ってきた。
「あら、旦那!」。
「旦那はな、お前を家に入れたくて、俺のところに相談に来たんだ。一緒に飛び込んでいたら、旦那は泳ぎは名人だし、橋の下には5艘の舟と腕っこきの船頭がいて、水の一滴すら飲ませずに星野屋に入れるとこだったんだ。」、「それならもう一回行きましょう」。
「旦那、こういう女なんだ。大事にしている髪の毛を切ったので我慢してください」、
「そんな髪なら、いくらでもあげるよ。それが本物の髪の毛だと思っているのかい、それはカモジだよ」
「チクショウ!お前はふん縛(じば)られるぞ。その金を使ってみろ。お前は、捕まって、火あぶりになるぞ。それは偽金だ。」
「ちくしょう、どこまで企んでんだ。こんな金返すよ。」
「ははは、本当に返しやがった。偽金なんて話は嘘だよ。これは本物の金だ。偽金だったら旦那が先に捕まってしまう。」
「どこまで企んでんだ。おっかさん!あれは本物だってよ。」
「私もそうだと思って、3枚くすねておいたよ」。

【演者】
黒門町の十八番でしたね。他には八代目柳枝師がやっていました。
他には志ん生師や柳橋先生も演じていました。
【注目点】
水茶屋とは、表向きは、道端で湯茶などを提供する茶屋ですが、実は酒も出し、美女の茶酌女は、今でいうコンパニオンで、
心づけしだいで売春もすれば、月いくらで囲い者にもなります。
笠森お仙、湊屋おろくなど、後世に名を残す美女は、
浮世絵の一枚絵や美人番付の「役力士」になりました。
桜木のお花もその一人で、実在の人物で、芝居でも黙阿弥が「加賀鳶」に登場させています。

『ネタ』
一中節 は、初世都一中が創始した、京浄瑠璃の一派です。
上方では元禄期、江戸ではずっと遅れて文化年間以後に流行・定着しました。
「小春」は通称「黒髪」で、「小春髪結の段」のことです。
この部分、ほとんどの演者が入れますが、「星野屋」を得意とした八代目柳枝の節回しが、ほんとによかったそうです。

※ この度ブログの題名を「はじめのブログ」から「らくご はじめのブログ」に変更させて戴きました。検索で訪問される方が多いので、「はじめのブログ」だと同じ題名のブログが結構ヒットするそうです。間違いのないように冒頭に「らくご」の文字を追加した次第です。今まで同様これからも宜しくお願い致します。

d4ad9ba3『三人兄弟』
今日はこの噺です。

【原話】
元は上方落語ですが、最近では東京でも聴かれる様になりました。
上方版では船場の大店の設定で、圓都師や松之助師の音源もあります。
元々はフランス辺りの小咄から来てるそうです。

【ストーリー】
大店の三人兄弟ですが、揃って遊び好きで、とうとう二階に幽閉されるような状態になります。
遊びに行ってはいけないというわけなのですが、こんなことが長く続くわけには行きません。
長男は画策をしまして知り合いの”善公”をたきつけて梯子をかけさせて、二階から脱出してしまいます。
次男もこれにのって逃げてしまう。
三男も同様ですが、梯子などは使わないで二階から飛び降りてしまうという強攻策です。
一晩中遊んで、翌朝戻ってくるのですが、長男と次男はなんとか理由をつけて言い逃れてしまうのですが、
三男は乱暴者ですから、いいわけなどもせずに、正直に言ってしまう。
正直に言ったのは三男だけということで、大旦那のめがねにかなったのは三男ということになると言う噺です。

【演者】
東京では、五代目小さん師がやっていました。今は弟子の小里ん師が演じています。小さん師の雰囲気をよく出していると思います。

【注目点】
兄弟が三人出て来る処や跡継ぎに悩む処は「片棒」に似ていますね。
また、親の目を誤魔化して遊びに行くのは「干物箱」に似ています。

『ネタ』
昔は、男の兄弟が多いと夜に兄弟でも調子が良いのは、さっさと寝床を抜けだして遊びに行ってしまう。と言う事があったそうです。
要領の良い者は早く戻ってきて、家の前やら庭を掃除している振りをしていたとかwww
兄弟が多い頃はきっと大受けだったのでしょうね。

28a479f1『時そば』
今日はこれも永遠の名作「時そば」です。
最近では喬太郎師の「時そば」別名「コロッケそば」が有名ですね。
【原話】
1726年「軽口初笑」の「他人は喰う」、1773年「坐笑産」の「あま酒」などが元になり上方落語の「時うどん」になりこれを三代目小さん師が東京に移植し「時そば」となったと言われていますが、もうかなり違う噺になっていますね。
「時うどん」では二人連れで登場し、相方と懐具合を相談して、二人で一杯のうどんを食べるのですが、1文足りないので、時を利用して誤魔化すのですが、肝心のうどんを、ほとんどを相方に食べられてしまい、もう一人が後から同じ事をやろうとして失敗するのですが、「時そば」は完全なる遊びです。上手く誤魔化した男を見ていたもう一人の男が、「粋な遊び」と見て自分もやって失敗するのです。結果的には同じ様に見えますが、そこへ行く過程と精神とでもいいますか、そこが違いますね。

【ストーリー】
江戸の夜、往来を流して歩く二八蕎麦屋(にはちそばや)にひとりの客がやって来ます。
男は「しっぽく」を頼むと「景気はどうだい?商売は商い(あきない)というくらいだ、飽きずにやんなくちゃいけねえぜ」と亭主に話しかけます。亭主が相手をすると客はつづけて屋号や蕎麦の味、ダシのとりかた、竹輪の切り方、箸、器までを褒めちぎり蕎麦一杯をたいらげます。
二八蕎麦の値段は一杯十六文。客は一文銭十六枚で勘定を支払うと言うと小銭を取り出し、「・・・五つ、六う、七つ、八つ、蕎麦屋さん、いま何時だい」「へい九つです」「十、十一、十二・・・」。
男は勘定の途中で時刻を訪ね、一文ごまかすことに成功します。
その様子を見ていた間抜けな男がこのからくりに気がつき、翌晩、自分も真似をしようとします。
翌日、昨日より早く出てしまった間抜けな男は、通りがかった蕎麦屋をやっとの思いで、呼び止め、昨日の男と同じ事をやろうとするのですが、ことごとく反対になって仕舞います。
おまけに蕎麦も、とてもじゃないが食べられたモノではありません。
早々に勘定にして貰います。
「ひい、ふう、みい、……今何時でい」とやると、「へい、四つで」と答える。「ん〜五つ、六う……」

【演者】
現役では柳家小三治師がダントツですが、滝川鯉昇師も評価が高いです。更に柳家喬太郎師には一目置かなくてはなりません。(コロッケそば)兎に角抜群の面白さです。ネットにもUPされていますので是非ご覧になって下さい! 落語の楽しさ可笑しさを体験出来ます。
 亡くなった方では先生と呼ばれた春風亭柳橋師が有名で「時そば」と言えば戦前では柳橋先生と言われたそうです。
また代々の柳家小さん師も有名で、柳家の噺とも言われています。特に五代目は、蕎麦をたぐる回数も、口に入れて噛む回数も同じだったそうです。

【注目点】
 やはり蕎麦の食べ方に注目して下さい。これを粋に食べる前半の人物。上手く行かない後半の人物をどう描き分けているかに注目して下さい。

『能書』
「二八蕎麦」の名前の由来は、一杯の勘定が二掛ける八の十六文であったからというのが有力です。
また、江戸の刻の数え方は不定時法で、今と違い夏と冬では一時の長さが違っていました。ですから冬場の夜の一時は四時間近くあったそうです。後半の男は待って居られなかったのですね。

『ネタ』
噺の中に出てくる「花巻」ですが、これは蕎麦に海苔を乗せたものです。よくもみ海苔と言われていますが、本当は板海苔を丼に沿ってぐるっと取り囲む様にしたそうです。
「卓袱」は蕎麦の上に、椎茸の煮付け、かまぼこ、ゆば、板麩、三葉などを載せたものです。「おかめ」の元になりました。
それから、当時の時間の数え方ですが、図を見てください。先程も書きましたが、夏と冬では一時の長さが違っていた事を覚えておいて下さい。

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