はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2018年12月

e19-31wa-DSC_3164『火事息子』
年末の噺「芝浜」「掛取萬歳」「尻餅」を取り上げようと思ったのですが昨年取り上げているので、昨年取り上げていない噺にしました。
本年もお世話になりました。皆様に良い年が訪れましょうに……。
来年もよろしくお願い致します。
【原話】
かなり古くから演じられている噺です。
1801年の「笑いの友」の中の「恩愛」あたりか? 色々な所に似たような話しがあるそうです。
【ストーリー】
 神田の質屋の若旦那は子供の頃から火事が大好きで、火消しになりたくて頭の元へ頼みにいくが、ヤクザな家業には向かないと断られ、どこも引き受けてくれません。
仕方なく火消し屋敷に入り、手首の先まで入れ墨をして、当然家は勘当されます。
 質屋の近くで火事が発生し土蔵の目塗りをすることにしたが左官が来てくれないので、番頭が梯子に登り、素人細工をするがうまくいきません。
そこへ、屋根から屋根を飛び越えて臥煙が駆けつけて、手伝ってくれたので、やがて鎮火し、駆けつけてくれた臥煙にお礼をいうことになったが、何と実は勘当した息子でした。
 親父は冷たい態度を取りますが、母親は嬉しくって、結城の着物をあげようしますが、父親は捨てろといいます。
目の前に捨てれば拾っていくだろうとの親心。
「よく言ってくれなすった、箪笥ごと捨てましょう、お小遣いは千両も捨てて……」
しまいには、この子は小さいころから色白で黒が似合うから、
黒羽二重の紋付きを着せて、小僧を供に……
黒羽二重を着せてどこに行かせるのか、と父親。
火事のお陰で会えたのだから、火元にお礼に行かせましょう。

【演者】
この噺は「芝浜」と並んで三代目三木助師が得意とした噺です。他には六代目圓生師、八代目正蔵師が演じていました。
九代目文治師が正蔵師に稽古を付けて貰ったのに、圓生師の型で演じて居るのを見た正蔵師が尋ねると、文治師は「だって稲荷町のはつまらないから」と言ったそうです。笑いの少ない人情噺的な噺です。志ん朝も演じていましたね。

【注目点】
親子の情愛を描いた噺ですが、くどく無くお涙頂戴に溺れる事もなく、割合さらっとした演出ですが、番頭さんの気持ち、母親の気持ちそれに父親の情愛が交わって、味わい深い噺になっています。
初代圓右師がその名人ぶりを見せたそうですが、志ん生師や正蔵師、圓生師はきっと若い自分にその高座を見たのでしょうね。どのような高座だったか、気になりますね。

『能書』
徳三郎は町火消ではなく、臥煙(がえん)になりました。、
身分は旗本の抱え中間(武家奉公人)で、飯田橋のほか、10か所に火消屋敷という本拠がありました。
もっぱら大名、旗本屋敷のみの鎮火にあたり、平時は大部屋で起居して、一種の治外法権のもとに、
博徒を引き入れて賭博を開帳していたため、その命知らずとガラの悪さとともに、町民の評判は最悪でした。

『ネタ』
亡くなった古今亭志ん五師が若い頃の噺ですが、正蔵師と圓生師と両方から稽古を付けて貰ったので、その場、その場で使いわけていたのですが、ある時正蔵師に見つかってしまい、言い訳したそうです。
でも、その後でやはり「だって林家のは面白くないんだもの」と言ったとか。

img_01『言い訳座頭』
「言訳座頭」とも書きます。

【原話】
四代目橘家円喬師から「催促座頭」という噺があるのを聞き、それと反対の噺をと思いついたと言われています。三代目小さん師から七代目可楽師に伝わりました。

【ストーリー】
長屋の甚兵衛夫婦は借金が溜まってどうにもなりません。
大晦日、かみさんが、口の旨い座頭の富市に頼んで、借金取りを撃退してもらうほかはないと言うので、甚兵衛はなけなしの一円を持って早速頼みに行来ます。
富市は、最初は金でも借りに来たのかと勘違いして渋い顔をしましたが、色々と訳を聞くと
「米屋でも酒屋でも、決まった店から買っているのなら義理のいい借金だ。それじゃああたしが断ってあげよう」
 と、快く引き受けてくれることになります。
「商人は忙しいから、あたしがおまえさんの家で待っていて断るのは無駄足をさせて気の毒だから」
 と、直接店に乗り込もうという寸法。富市は
「万事あたしが言うから、おまえさんは一言も口をきかないように」
とくれぐれも注意して、二人はまず米屋の大和屋に出かけて行来ます。
 大和屋の主人は、有名なしみったれ。富市が頼み込むと、
「今日の夕方にはなんとかすると夫婦揃って約束したじゃないか。だから待てない」
と、断られます。 でも富市は居直って
「たとえそうでも、貧乏人で、逆さにしても払えないところから取ろうというのは理不尽だ。こうなったら、ウンというまで帰らねえ」
と、店先に座り込みます。 他の客の手前、大和屋も困ってしまい、来春まで待つことになりました。
 次は炭屋さんです。ここは富市が始終揉み療治に行くので懇意だから、やりにくいとこぼします。しかも親父は名うての頑固一徹。ここでは強行突破で、散々炭にケチをつけて
「どうしても待てないというなら、頼まれた甚さんに申し訳が立たないから、あたしこここで殺せ、さあ殺しゃあがれ」
 と、往来に向かってどなる。挙げ句、人殺しだとわめくので、
周りはたちまちの人だかり。炭屋は外聞が悪いのでついに降参。 次は魚屋です。
 これはけんかっ早いから、薪屋のような手は使えない。
「さあ殺せ」なんて言えば、すぐ殺されてしまいます。こういう奴は下手に出るに限る
というので、
「実は甚兵衛さんが貧乏で飢え死にしかかっているが、たった一つの心残りは、魚金の親方への借金で、これを返さなければ死んでも死にきれない
と、うわ言のように言っている」
 と泣き落としで持ちかけ、これも成功。ところが、
その当の甚兵衛が目の前にいるので、魚屋
「患ってるにしちゃあ、馬鹿に顔色がいい」
 と皮肉たっぷり言いますので、さすがの富市も慌てて、
「熱っぽいから火照っている」
 とシドロモドロでやっと誤魔化します。
そうこうするうちに、除夜の鐘。ぼーん。富市は急に、
「すまないが、あたしはこれで帰るから」
 と言い出します。
「まだ三軒ばかりあるよ」
「そうしちゃあいられねえんだ。これから家へ帰って自分の言い訳をしなくちゃならねえ」

【演者】
柳家の噺ですね。「睨み返し」等と並んで暮れの噺ですね。

【注目点】
本来は男ばかりの出演者だが五代目小さん師が酒屋の女将さんを登場するように工夫したそうです。高座によってはそのバージョンで演じた事もあるそうです。その方が噺が柔らかくなると考えたそうです。

『能書』
江戸時代、座頭が「座頭金」という高利貸し許されていましたが、返済が滞ると座頭が集団で押し掛けたそうです。これを「催促座頭」と言ったそうです。

『ネタ』
座頭の「市」は盲人の最下級の位で、古くは「都」とか単に「一」と書いたそうです。
一両を本所の総録屋敷に収めると名乗れたそうです。

h1de0195『包丁』
 季節的にはどうかと思いますが年末の噺まで、未だ間があるので取り上げました。

【原話】
上方落語「包丁間男」を明治期に東京に移したもので、移植者は三代目円馬師とされます。
ただ、明治31年11月の四代目左楽師の速記が残っていて、この年円馬師はまだ16歳なので、この説は?です。
左楽師は「出刃包丁」の題で演じていますが、明治期までは東京での演題は「えびっちゃま」と言ったそうです。

【ストーリー】
 寅さんは久治と呼ばれる兄貴に呼ばれます、弟分の寅さんは兄貴には頭が上がりません。
兄貴は清元の師匠をしている”おあき”さんに面倒をみてもらっているのです。
鰻をご馳走してもらって、ノロケを聞くと、儲けさすという。
 兄貴は清元の師匠も良いが、他に若い女が出来たので、芝居を打ってほしいと言います。
「俺の家に行って、兄貴が帰ってくるまで待たして欲しいと言って、上がり込む。酒は出すような女でないから、お土産だと言って1本下げていって、湯飲みを借りて飲み始め、ツマミは出さないだろうから、鼠入らずの右側の上から2段目に佃煮が入っているからそれで飲ってくれ。香こが台所のあげ板の3枚目を開けるとヌカ漬けのキウリが入っているから、それで飲んでくれ」、
「初めて行った家で香こを出すのはおかしくないか」、
「そんなことは気にしないで、3杯ぐらい飲んだら女の袖を引いてその気にさせたところで、俺が出刃包丁を持ってガラッと入っていく。啖呵を切って畳に出刃包丁をさしている間に、お前はズラかってしまい、その後に女を地方に売り飛ばしてしまう。その金を二人で山分けにする。どうだ!」
などと大変な相談です。
 その足で、兄貴の家に乗り込み、当然いないので上がって待つことになりました。
お茶を入れるからと言うので、持参の酒の封を切り、肴がないと言うので鼠入らずから佃煮を出しました。
「旨いね。鮒佐の佃煮は、やはり兄貴は口がおごっている」
師匠に勧めたが、取り付くしまがありません。
漬物を所望したが頭から断られたので自分で出し、師匠はビックリしていたが、刻んでまた飲み始めました。
 歌を唄いながら、師匠に手を伸ばすが、身持ちの堅い師匠にピシャリと叩かれたが、それに懲りずに手を出したらドスンと芯まで響くほど叩かれました。
「ヤナ男だよ。酒を飲んでいるから我慢をしてたら、つけあがって。ダボハゼみたいな顔をして女を口説く面か」
寅さんも切れて、一部始終の経緯をぶちまけてしまった。「佃煮や香この場所が分かるのは教わって来たからだ」
 師匠は事情が飲み込めたので、「あいつが来たら追い出すから、アンタも加勢してください。女の口から言うのもなんですが、嫌でなかったら私と一緒になって下さい」
「そんなこと言ったってダメだよ、さっきダボハゼって言ったじゃないか」
「それは事情が分からなかったからで、あいつの為に上から下まで揃えてやって、世話もしたのに売り払うなんて、そんな男に愛想が尽きた」
「そ〜ですとも。だいたいあいつは良くない」
 「新しい着物を作ってあるから着替えてください。お酒もあるし。お刺身も出しますから」
気持ちよく飲んでいるとこに、久治が覗きに来て「あいつはお芝居がうめ〜や。あんな堅い女に酌をさせて」
 ガラッと開けて、「やいやい。亭主の面に泥を塗りやがって」、「だめだダメだ。ネタは割れているんだから」
おあきさんはさんざん久治に毒付いて追い出してしまいます。
 二人で飲み始めたが、格子をガラッと開けて、また久治が戻ってきた。
「出刃包丁を出せ!」。
「誰かに知恵でも付けられて来たのか。お前が悪巧みするから話がひっくり返ってしまったんだ。いいから、包丁出してやれ。久治、四つにでも切ろうと言うのか」。
「いや、魚屋に返しに行くんだ」

【演者】
戦後では六代目円生師、五代目志ん生師の二名人が得意としました。
と書きましたが、志ん生師の音源は無いそうです。
聴いてみたいですね。

【注目点】
本来は音曲噺で、噺の中で唄が入ります。常さんが良い気持ちになって歌う処ですね。
私なんかはこの噺を聴くと、「駒長」と似てるなぁと感じてしまいます。

『能書』
志ん生師の噺は十代目馬生師に受け継がれました。

『ネタ』
立川談志師ですが、昭和49年の第六十七回「ひとり会」では、「包丁」のネタ出しをしておきながら、自身納得のいく仕上がりにならなかったため、「本物の『包丁』をお聞かせします」と言って、六代目圓生師に演じてもらったという伝説があります。
その後自分でもCDに残しています。
弟子では談春さんが受け継いでいます。

追伸……四代目三遊亭小圓朝師がお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈り致します。 49歳は若いですね……。

rakugoshinju_201809_08_fixw_730_hq 落語ファンの間で話題だった? NHKドラマの「昭和元禄落語心中」が昨夜最終回を迎えました。
 個人的にはこの作品は原作を読みアニメも録画してドラマも視聴、録画しました。それなりに見ているので感想などを書いてみたいと思います。
 原作者の雲田はるこさんはBL作家としてかなり知れられています。ですから原作を読み始めた頃は落語の世界を背景にしたBLものだと思っていました。
 ですが原作ーアニメードラマと変遷されるにつれBL臭は薄くなりました。まあ天下のNHKでBLドラマをやる訳には行かないでしょうね。
 ドラマは孤高の噺家、有楽亭八雲の人生を軸にその周りを取り巻く人物にも焦点をあてて描いています。
 特に幼少期から青年期まで共に過ごした初太郎(助六)との絡みが全体の半分を使って描かれています。
 天賦の才に恵まれた初太郎に嫉妬しながらも惹かれて行く八雲(菊比古)二人は正反対の資質を持つ噺家に成長していきます。
 この辺の描き方は原作、アニメ、ドラマ、ともそう変わりはありません。モデルとしては、初太郎(助六)が志ん生師、八雲(菊比古)が圓生師でしょうね。それに実際の噺家のエピソードを加えてあります。
 初太郎が満州に慰問に行くことや、菊比古が芸の為だけに少女と付き合うことなどです。でもそこらへんは余り重要では無いですね。
 若手真打と成長した二人は戦後の落語界をリードして行きますが、助六は師匠と対立して破門されてしまいます。そこにみよ吉という女性が絡んで噺は愛憎劇に変わって行きます。
 都落ちした助六とみよ吉は四国の温泉地に居ました。既に小夏という娘を儲けて暮らしています。しかし落語を奪われた助六は腑抜け同然。毎日みよ吉の稼ぐお金で酒を呑んで暮してる有様です。そこに菊比古が尋ねて来ます。一緒に東京に帰って噺家に戻ろうと説得します。菊比古にとってはライバル足る助六がどうしても必要だったからです。
 東京に帰ることを納得した助六は菊比古と一緒に、温泉地で「二人会」を開きます。演目は菊比古が「明烏」助六が「芝浜」でした。
 盛況のうちに会は成功したのですが、その夜とんでもない事が起きます。みよ吉と助六が事故で亡くなってしまったのです。
 菊比古は二人の葬儀を出して生き残った娘の小夏を連れて東京に帰って来て、養女にします。そして今まで拒否していた八代目有楽亭八雲を継ぐことを了承します。小夏には嘘を言って誤魔化します。それ以来小夏は八雲を恨むようになります。
 ここまでが過去編で約半分です。この後時代は昭和の末に飛びます。
 物語の最初は昭和です。この時に今まで弟子を取らなかった八雲がどういう訳か、刑務所の慰問で八雲の芸に惚れ込んだ与太郎が入門します。その与太郎が三代目助六を襲名した真打に昇進します。ここから現代編が始まります。
 老いてなお八雲は素晴らしい芸を披露していますが、本人は衰えを自覚しています。この現代編ではドラマでは原作の絡み合ったストーリーを上手く整理しています。(分かりやすくなっています)
 脚本家の力でしょうね。ストーリーを知ってる者が見ても、見ごたえのある作品になっていました。
 原作では後半は与太郎の物語となるのですが、ドラマでは二人のバランスを取っています。老いる八雲と伸びて行く与太郎の対比が見事です。
 ドラマの改変は小夏が両親の死の真相に気がつくがどうかです。原作やアニメでは小夏は気が付かず、松田さんの証言で与太郎や樋口先生(ドラマでは殆ど登場せず)が真相を知りますが、それを小夏には言いません。与太郎と小夏は夫婦になり第二子を設けますが、「長く生きていれば人に言えないこともある」と自分に諭すように口にします。このあたりから長男の信之助の父親捜しがファンの間で始まりましたが、ここでは取り上げません。
 ドラマでは真相を知り、小夏は自分を育ててくれたことを八雲に感謝します。その後入門の許可を取った後に八雲は寿命を全うします。原作やアニメでは黄泉の国の助六やみよ吉と再開しますが、ドラマではそこは簡単に表現されました(時間の都合でしょうね)
 それから16年後、与太郎は九代目八雲を襲名します。また信之助は菊比古を襲名するのでした。ドラマではその高座を亡くなった三人が眺めています。

 ドラマはこんな感じで終わるのですが、ドラマならではの見どころもあります。それは、若い頃の菊比古が噺で協会をクビになった老噺家(喬太郎師!)に「死神」の稽古をつけて漏らうのですが、そのシーンが出色の出来でした。裏話によると喬太郎師のアドリブがかなり入っているそうですが、さもありなんと思いました。(第4話)
 また、全体的に八雲に焦点が当たっているので彼の苦悩が伝わりやすかったですね。繰り返し読む事が出来る漫画と見たら終わってしまうドラマの違いなんでしょうね。
 兎に角、この秋から冬にかけてのドラマでは一番の見ごたえがありました。
 来年3月にはDVDとBDも発売されるそうです。
 

sitidanme『七段目』
 もうすぐ討ち入りの日なのでこの噺です。

【原話】
原話は、初代林屋正蔵師が1819年(文政2年)に出版した笑話本『たいこのはやし』の一遍の「芝居好」だそうです。元々は上方落語だそうですが、いつごろ東京に移植されたかはわかっていません。
「忠臣蔵」の演目としては人気演目といって良いでしょうね。

【ストーリー】
常軌を逸した芝居マニアの若旦那は、家業そっちのけで芝居に夢中。
私生活もすっかり歌舞伎一色に染まってしまい、何をやっても芝居のセリフになってしまうのです。
例えば、人力車を停めようとするだけでもつい芝居がかってしまい、車の前に飛び出して「そのくるまァ、やァらァぬゥー」となる塩梅。

その日も、若旦那が出て行ったっきり帰ってこないので、頭に来た旦那が小言を言ってやろうと待ち構えていると、そこへ何も知らない若旦那が帰ってきます。
「遅いじゃないか!?」「遅なわりしは、拙者が不調法」]「いい加減にしろ!」とつい殴ってしまい、慌てて謝ると「こりゃこのおとこの、生きィづらァをー」となる始末です。
あきれた旦那が若旦那を2階へ追い払うと、「とざい、とーざーい」と物凄い声を張り上げます。
閉口した旦那は、小僧の定吉に止めてこいと命じる。2階に上がった定吉なんですが、これが若旦那同様の芝居好き。
ですから、これが逆効果で、若旦那は仲間ができたと大喜び。一緒に芝居をやろうと言い出します。
 結局、そのまま2人で芝居をやろうということになり、選ばれたのは忠臣蔵の『七段目・「祇園一力の場」』。
定吉がお軽、若旦那が平右衛門をやることにし、定吉を赤い長襦袢と帯のしごき、手拭いの姉さんかぶりで女装させたのはいいが「平右衛門の自分が、丸腰というのは変だ。そうだ定吉、床の間にある日本刀を持っておいで」「え!?」定吉が逃げ出しそうになったので、刀の鯉口をコヨリで結び、下げ緒でグルグル巻きにする若旦那。
 芝居を開始するも、「その、頼みという…はな…」だんだんと目が据わってきた若旦那に、嫌な予感を覚える定吉。「妹、こんたの命ァ、兄がもらったッ」コヨリと下げ緒をあっという間にぶっちぎた若旦那が、抜き身を振りかざして定吉に襲い掛かってきた。慌てて逃げ出した定吉は、足を踏み外して階段から転げ落ちてしまう。そこに旦那が駆けつけます。
「おい、定吉、しっかりしろ!」「ハア、私には勘平さんという夫のある身…」「馬鹿野郎。丁稚に夫がいてたまるものか。また芝居の真似事か。さては2階であの馬鹿と芝居ごっこをして、てっぺんから落ちたか」
「いいえ、七段目。」

【演者】
先代三遊亭円歌師、先代雷門助六師などが軽妙に演じ、現役では、小朝師、正雀師ほか多くの演者が演じています。

【注目点】
最後のオチですが、古い型では「七段目から落ちたか」「いえ、てっぺんから」
と逆で、米朝師はこの型でサゲています。

『能書』
若旦那や定吉のセリフが歌舞伎の演目の名セリフのパロディになっていて、それも楽しみの一つです。
ですから、歌舞伎を知ってる方は一層楽しい演目です。
当時は、江戸、大坂のような都市部の人々なら、特にこの若旦那のような芝居狂でなくとも、芝居の「忠臣蔵」のセリフや登場人物くらいは隅々まで頭に入っていて、日常会話の一部にさえなっていました。

『ネタ』
題名の由来は、中盤で歌舞伎の演目『仮名手本忠臣蔵』の七段目「祇園一力茶屋の場」にあたる場面が取り上げられているからだそうです。これは、密書を読まれて仇討ちの計画を知った遊女お軽を、身請けしてから殺そうという大星由良助の腹を察した寺岡平右衛門が、妹であるお軽を自ら手に掛けた手柄によって、敵討の同志に加えてもらおうとする見せ場であるとされています。

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