はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2018年05月

「ガマの油」という噺

38db0ccf『ガマの油』
今日はこの噺です。暫く更新できないかも知れません。

【原話】
「両国八景」の一部が独立して噺として成立しました。
上方では「東の旅」の一部です。

【ストーリー】
 大道商売の口上と言えば有名なのが「がまの油売り」
黒羽二重の紋付き袴姿で、さあさ、御用とお急ぎでない方はゆっくりと見ておいで、と口上が始まります。
……遥か筑波山の四六のがまだ、四六五六はどこで分かる、前足の指が四本後ろが六本……(刀を取り出して紙を切って見せる)一枚が二枚、二枚が四枚……(がまの油を塗って刃を顔に押し付ける)叩いて切れない、押して切れない、引いて切れない。と、名調子です。
 結構いい商売になったので、縄のれんでちょっと一杯飲んで、今日はノリが良いからもう少し稼ごうと、酔った勢いで元の場所に店を出した。
 さぁさ、ヒック、御用とお急ぎでない方は……これが遥か箱根の山の、いや箱根じゃねぇな、何処かの山だ……(刀の場面で)叩いて切れない、押して切れない、引いて、あれ、引いたら切れちゃった。慌てず、がまの油をつけると、あれれ、血が止まらない。
 さて、お立ち会い、血止めはないか。


【演者】
何と言っても三代目春風亭柳好師でしょうね。
また圓生師の鮮やかな口調も忘れられません。過日浅草で、圓丈師の「新・ガマの油」を聴いたのですが、最初の口上が圓生師を思い出せてくれる口調でした。

【注目点】
三代目金馬師が若いころ三代目圓馬師について巡業していた時、ある所で、がまの油売りがいたのですが、
余りにも下手なので金馬師が変わりにやってあげたという逸話も残っています。
尤も後で圓馬師に怒られたそうです。


『能書』
志ん生師の「びんぼう自慢」によると、前座で朝太時分のこと。
東京の二ツ目という触れ込みでドサ廻りをしているとき、正月に浜松の寄席で「がまの油」を出し、これが大ウケでした。
ところが、朝の起き抜けにいきなり、宿に四,五人の男に踏み込まれ、仰天。
「やいやい、俺たちゃあな、本物のガマの油売りで、元日はばかに売れたのに、二日目からはさっぱりいけねえ。
どうも変だてえんで調べてみたら、てめえがこんなところでゴジャゴジャ言いやがったおかげで、
ガマの油はさっぱりきかねえってことになっちまったんだ。
おれたちの迷惑を、一体全体どうしてくれるんだッ」
ねじこまれて平あやまり、やっと許してもらったそうです。

『ネタ』
口上の中の「テレメンテエカ」はポルトガル語で「テレメンテエナ」と言い、テレビン油の事です。
マンテエカ について調べると、これもポルトガル語源で豚脂、つまりラードのことで、薬剤として用いられたそうです。
知らないで聴いてましたね。(^^)

「厩火事」という噺

85562fa5『厩火事』
今日はこの噺です。噺の中にトウモロコシが出て来るので夏の噺としました!(笑
題名はネタになっている孔子の故事からです。

【原話】
1807年の喜久亭壽暁のネタ帳「滑稽集」に「唐の家事」とありこれが元です。
生粋の江戸落語です。

【ストーリー】
髪結いで生計を立てているお崎の亭主は文字通り「髪結いの亭主」で、怠け者。
昼間から遊び酒ばかり呑んでいる年下の亭主とは口喧嘩が絶えません。
しかし本当に愛想が尽き果てたわけではなく、亭主の心持ちが分からないと仲人のところに相談にやって来ます。。
話を聞いた仲人は、孔子が弟子の不手際で秘蔵の白馬を火災で失ったが、そのことを咎めず弟子たちの体を心配し弟子たちの信奉を得たと話と、瀬戸物を大事にするあまり家庭が壊れた麹町の猿(武家)の話しをします。
そして目の前で夫の大事な瀬戸物を割り、どのように言うかで身の振り方を考えたらどうかとアドバイスをします。
帰った彼女は早速実施、結果夫は彼女の方を心配します。
感動したお崎が「そんなにあたしのことが大事かい?」と質問すると、
「当たり前だ、お前が怪我したら明日から遊んで酒が呑めねえ」


【演者】
三代目小さん師、そして何と言っても八代目文楽師、そして志ん生師などが有名です。
現役では小三治師でしょうか。

【注目点】
やはりお崎さんを可愛く演じられるかでしょうね。
このお崎さん、可愛い女性ですねえ。こんな女房なら”髪結いの亭主”になってみたいですね。

『能書』
文楽師匠の演出を「ちょっと説教クサイ」と言う評論家のかたもいますが、
仲人は本気で心配しているので、あれぐらいで良いと私は思います。
気をつけなくてはならないのは、亭主が体を心配するシーンで、お涙ちょうだいのあざとい演出にしている噺家さんがいる事ですね。
ここをクサクすると、サゲのからっとした笑いが消えると私は思うのですが・・・如何でしょう?

この後もこの二人は何とかやって行くんでしょうね。(^^)

『ネタ』
女髪結ですが、寛政の始めの頃に、
日本橋三光新道(桃川のあれです)の下駄屋お政さんが、臨時として頼まれ始めたのが最初と言われています。
後年の文化年間から急速に普及しましたが、風紀が乱れると言われ、天保の改革の頃まで幾度か禁制となったそうです。

※これから仕事が繁盛期になるので更新が途絶えがちになります

「後生鰻」という噺

97fc935d『後生鰻』
今日はこの噺です。季節的には早いですげど、うかうかしてると鰻が食べられなりそうですので(笑

【原話】
元々は『淀川』という上方落語の演目で、明治期に東京へ移植されたそうで、別題は『放生会』とも言います。

【ストーリー】
る大家の主人は超極端な信心家で、夏場に蚊が刺していても、つぶさずに必死にかゆいのを我慢している。ある日、浅草の観音様さまの帰りがけ、鰻屋の前を通ると、親方が鰻をまな板の上へ乗せて包丁を入れようとしているところに遭遇した。
「何をする気だ!?」
「二階のお客様のご注文で、蒲焼に…」
「残酷じゃないか!!」
隠居、早速、義憤を感じて、鰻の助命交渉を開始する。すったもんだの末、鰻を二円で買い取って、前の川にボチャーン。「あー、いい功徳(くどく)をした」

スーッと帰ってしまう。翌日、また同じ鰻屋で、同じように二円…ボチャーン!「あー、いい功徳をした」
そんなことが続くこと四・五日。
隠居さえ現れれば、仕事もしないで確実に日銭が転がり込むんだから、鰻屋はほとんど何もしないで左うちわになっていた。
仲間もうらやんで、「どうでえ、あの隠居付きでおめえの家ィ買おうじゃねえか」。
ところが…ある日を境に、この隠居がぱたりと来なくなった。
吹っかけすぎたのが災いして、ほかの鰻屋へ流れていってしまったのだろうか。女房と心配していると、久しぶりに向こうから『福の神』がやって来る。
「ウーン…。あれは具合が悪いんだな。ああいうのは、いつくたばっちまうかしれねえ。今のうちに、ふんだくれるだけふんだくっとこう」
一儲けしようとするが、ちょうど鰻が切れて商売を休んでいるところで、商売は開店休業状態。
「あの金魚…昨日死んだ? ネズミ…そんなに簡単には捕まえられないか。えーと…」
生きているものならいいだろうと、自分の赤ん坊を割き台の上に乗っけた。驚いたのは隠居。
「おいおい、それをいったい如何する気だ?」
「へえ、蒲焼きにするんで」
「馬鹿野郎。なんてことをしやがる。これ、いくらだ」
隠居、生き物の命にゃ換えられないと、赤ん坊を百円で買い取り、
「今度はこの様な非常な親のところに生まれてくるんじゃ無いよ」
そう言って、前の川にボチャーン!
「あー、いい功徳をした」

【演者】
三代目金馬師を始め、三代目小圓朝師や四代目圓遊師が演じていました。個人的にですが、中学生の時に圓遊師で聴いたのは今でも忘れられません。

【注目点】
最近の若手ではオチを変えたり、筋を足したりしていますが、
なんか変……と言うより噺を壊してる感じですね。
歌丸師は赤ん坊じゃなく、女将さんにしています。「いい功徳……」の下りを鰻屋に言わせています。これだとブラック的な要素が逆になり、趣旨と違ってきますね。
残酷なようだけど、私は最後は赤ん坊の方が良いと思いますね。
その方が単なる笑い話ではなく教訓としても優れていると思います。

『能書』
落語にモラルを求める野暮な噺家さんは、この結末を変えようとしますが、
料簡違いもはなはだしく、このブラックなオチにこそ、エセヒューマニズムを超越した、人間の愚かしさへの率直な認識があると思うのです。
歌丸師の改作がぎりぎりでしょうね。
「一眼国」と並ぶ、毒と諷刺の効いたショートショートのような
名編の一つでしょう。

『ネタ』
虚空菩薩とは正式には虚空蔵菩薩と言い、真の知恵を虚空のように無尽蔵に持ち、これを信仰すれば知恵と福徳を授かると言われています。

「一眼国」という噺

66e87013『一眼国 』
少し間が空いてしまいました。申し訳ありません。
そこで今日はこの噺です。

【原話】
1842年の「綺談新編」のほか1847年の「噺の種」の「取りに来て取られた」あたりからです。

【ストーリー】
新しいネタを探している見世物小屋の主が、全国を歩いている六部に何か珍しいものを見たことがないかと尋ねる、すると六部が言うのには、
「江戸から北へ百四五十里ほど、広い野原の真ん中の大きな榎木の近くで一つ目小僧を見たことがある」と。
その話を詳しく訊き、低調に礼を言って旅支度、早速行って見ることにします。
北へ北へ行き、主がその場所を訪ねて何とか同じ所かと思う所に行き着きます。
夕刻近くになり、一つ目の女の子を見つけて喜んで、小わきに抱えて捕まえます。
早速、江戸に連れて帰ろうと思ったら、「キャー」と叫ばれた途端に早鐘が鳴り、どこから出て来たのか、周囲を人にとり囲まれて逆に捕まってしまった。
小僧の親や役人と思しき連中を見ると、何とみんな一つ目だった。一つ目の国に迷い込んでしまったのです。
「やや、ご同役、こやつ目が二つあるよ」
「調べはあとじゃ、早速見世物小屋へ出せ」

【演者】
「一眼国」は柳家小さん系の噺で、生粋の江戸落語です。四代目小さん師が得意にしていましたが、この噺を磨き上げた八代目正蔵師は、円朝門下の最後の生き残り、一朝爺さんこと三遊一朝師からの直伝で、小さん師の型も取り入れたと語っています。
他には志ん生師も語っています。

【注目点】
不思議なな噺なので、正蔵師も志ん生師も、笑いをとるため、マクラに江戸時代の両国広小路や浅草奥山のインチキ見世物を面白おかしく説明しています。
六部 と言うのは、巡礼者で、法華経六十六部を写経し、日本全国六十六か所の霊場に各一部ずつを納めたことにその名が由来します。簡単に言うと、全国の国分寺や一宮を巡礼する行者ですね

『能書』
両国界隈には、多くの商人や見世物小屋が林立しており、インチキも多かったそうですね。人の子を食らう鬼娘とか、大ウワバミとか、いい加減なモノも多かったとか。

『ネタ』
一つ目 の伝説は日本ばかりでなく、ギリシア神話のキュクロプスをはじめ、世界各国に伝説があります。
山の神信仰が元といわれ、山神の原型である天目一箇命(あまのまのひとつのみこと)が隻眼隻足とされていたことから、こうした山にすむ妖怪が考えられたとみられます。
「化け物使い」の狸も一つ目に化けていましたね。
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