はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2017年02月

千早振るを再考する

karuta『千早振る』
梅の花も咲き、春がやって来た感がありますね。
今回は「千早振る」と言う百人一首にちなんだ噺です。
かの有名な歌も落語の世界の隠居に掛かると恐ろしい噺になってしまいます。

【原話】
原話は、安永5年(1776年)に出版された笑話本・『鳥の町』の一篇である「講釈」とされていますが、それを上方落語家の初代桂文治師が現在に近い形にしたと言われています。

【ストーリー】
百人一首で遊んでいた娘が八五郎に在原業平が詠んだ「千早振る神代もきかず竜田川からくれないに水くぐるとは」という和歌の意味をたずねるのですが。
答えをしらない八五郎は横町の隠居に尋ねて教えを乞います。
隠居によれば竜田川は相撲取りの四股名だと言います。彼が吉原に遊びに行ったとき千早という花魁に振られ、妹女郎の神代にも冷たくされます。
絶望して相撲取りを廃業した竜田川は故郷に帰って豆腐屋を継ぐ、
そして数年後に一人の女乞食がやってきて物乞いをする。見ればあのときの千早花魁。
彼女はおからを欲しがるが、竜田川は恨みがあるのでやらない。
それで千早は井戸に身を投げた・・・これが和歌の解釈だと澄まし顔。「なるほど、じゃあ歌の最後の、『とは』の意味はなんですか」と訊かれた隠居は苦し紛れに、とんでもない事を話始めます……。

江戸時代、人気大関の「竜田川」が吉原へ遊びに行った際、「千早」という花魁に一目ぼれした。ところが千早は力士が嫌いで振られてしまう。そこで「千早振る」。振られた竜田川は妹分の「神代」に言い寄るが、こちらも「姐さんが嫌なものは、わっちも嫌でありんす」ということをきかない。で、「神代も聞かず竜田川」。
このことから成績不振となった竜田川は力士を廃業、実家に戻って家業の豆腐屋を継いだ。それから数年後、竜田川の店に一人の女乞食が訪れる。「おからを分けてくれ」と言われ、喜んであげようとした竜田川だったが、なんとその乞食は零落した千早太夫の成れの果てだった。激怒した竜田川はおからを放り出し、千早を思い切り突き飛ばした。千早は井戸のそばに倒れこみ、こうなったのも自分が悪いと井戸に飛び込み入水自殺を遂げた。で、「から紅(くれない)に水くぐる」。 五郎丸は「大関ともあろう者が、失恋したくらいで廃業しますか」、「いくらなんでも花魁が乞食にまで落ちぶれますか」などと、隠居の解説に首をひねり通しだが、隠居は何とか強引にハチ公を納得させた。やれ安心と思ったところにハチ公が、「千早振る、神代も聞かず竜田川、からくれないに水くぐる、まではわかりましたが、最後の『とは』は何です」と突っ込んだ。とっさの機転でご隠居はこう答えた。
「千早の本名が『とは(とわ)』だった」

【演者】
これも有名な噺なので多くの演者が演じています。

【注目点】
如何に隠居の噺を飽きさせないように聴かせるか? ですね。その一点に掛かっています。

竜田川は現奈良県生駒郡を流れる川で、紅葉の名所として知られており、今は公園になっています。
この和歌の作者、在原業平は水も滴るいい男だったそうで、歴代NO1だとか。
そういえば、業平の存在も「超訳百人一首・うたこい」というアニメで世界に紹介されましたね。
あの平安文化をアニメとは言え欧米人が理解出来るのでしょうか?
ま、この噺には関係ありませんが……。

『能書』
そもそも、この噺を聴いて笑うには、元の歌をきちんと理解してないと無理ですね。
昔の庶民は皆ちゃんと判っていたのですね。
ホント、ここまで苦し紛れとは言え、辻褄あわせが見事ですね。
それにしても、八五郎の娘さんは、ちゃんと学校行ってるんですね。
この事から明治の噺だと判ります。

「御慶」について考える

2106eafe『御慶』
今日はこの噺です。大晦日から元旦にかけての噺なので年末にもよく掛かります。
非常におめでたい噺なので、お正月やおめでたい席で演じられます。

【原話】
江戸時代から伝わる非常に古い噺ですが「御慶」の題名が使われるようになったのは昭和になってからだそうです。

【ストーリー】
富に凝っている八五郎が年の瀬に梯子の上に鶴が止まっている夢を見たので、鶴一八四五番の札を買おうとして、女房の着物を脱がして質に入れて買いに行ったが売り切れだった。
 帰り道で易者に見て貰うと梯子は下から上に昇るものだから、八四五ではなく逆に鶴一四五八番を買いなさいと教えられる。
 買って見るとなんとこれが千両の大当たり。現金だと二百両割引かれるが二月までは待てないので、その場で八百両を身に着けて家に戻った。
 たまっていた店賃を払って、正月には裃を着て年始回りに出掛けることにした。長い口上は覚えられないので、短い年始の言葉を大家に教えてもらった。「おめでとうございます」には「御慶」と答え「どうぞお上がりなさい」と誘われたら「永日」と断る。
 正月になって、得意になって行く先々で御慶と永日の挨拶を続けるが、辰っつあんが外出から帰って来たところで「御慶」と言ったら「なんと言ったか分からねぇ」と言われ
「ぎょけぇったんだ」「恵方参りの帰りだ」

【演者】
個人的には五代目柳家小さん師が抜群ですね。それと古今亭志ん生、志ん朝師親子もいいです。

【注目点】
恵方詣りとは、その年の干支に基いて定めた吉の方角に当たる神社に参拝することです。

『能書』
昔は、子供のしつけとして、七、八歳になると、親の名代として近所に年始参りに行かせる習慣がありました。
その頃では家の格に従って着るものも変わっていたそうです。町内でも一番上等の家の主人は、黒羽二重紋付小袖、麻裃、白足袋、雪駄、小刀といった装束で挨拶に回ったそうです。

『ネタ』
富くじが二ヶ月待てば全額貰えたと噺の中では言ってますが、実際は寄付金を取られ、次回の富くじを大量に買わされ、2〜3割は減らされたそうです。世の中旨い話はそうは無いと言う事ですね。
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