はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2016年10月

寄席で聴きたい  柳家権太楼師

 gontarou1今日は権太楼師匠です。当代は三代目ですが、初代は戦前から戦後の時代に一世を風靡しました。「猫と金魚」などで有名でした。
 二代目は、襲名して湯河原の旅館の主になってしまいました。その為、当代は、名前を300万で買ったと言う噂です。
 元々、名前を貰うと言う事は先代の生活の面倒を一切見る。と言う事だったそうです。今では、そんな風習は薄れましたが、先代の法事を行うのは当然だそうです。

1,970年 5代目柳家つばめに入門  ほたる(1970年 - 1974年)
1974年 師匠が亡くなったので、5代目柳家小さん一門に移る さん光
1982年 3代目柳家権太楼を襲名して真打昇進

【芸風】
 本格的な古典落語を演じますが、その内容も他の人とは、ちょっと変わっています。
 自分で噺を構築し直して口演します。その為、噺によっては登場人物が違っている時もあります。それでも、多くのファンが居て、寄席では抜群の人気を誇ります。
 
【得意演目】
代書屋、長短、不動坊、火焔太鼓、三枚起請他多数


【エピソード】
 腎臓がんを経験しましたが、見事にカムバックしました。

【健二のネタ】
その時の事ですが……
幕が上がると権太楼師がマスクをしたまま高座に上がったそうです。
そして次の事を話ました。
 
昨年(2010年)11月に腎臓にガンが見つかった事。
今年(2011年)1月に片方の腎臓を手術で除去し、3月に医者に勧められて抗ガン剤治療を1週間入院して行い、放射線治療も受けた事。
 今は通院になったそうですが、放射線と抗がん剤治療した事で
「白血球が減っているので人前に出る時はマスクを必ずする事」
 と医者に言われているそうです。そして
「マスクして、百年目は出来ないでしょう!」
と言って、会場は緊張が緩んで大爆笑だったそうです。
高座を降りる時は凄い拍手だったそうです。

寄席で聴きたい 古今亭志ん輔師

 shinsuke2今日は志ん朝師匠のお弟子さんで、寄席に良く出ている古今亭志ん輔師匠です。
1972年3月に3代目古今亭志ん朝に入門、前座名は朝助。
1977年3月に二つ目に昇進。師匠志ん朝の前名古今亭朝太に改名。
1985年9月に真打に昇進して志ん輔を襲名
 早くから将来を嘱望されていました。
出囃子 は「越後獅子」です。

【芸風】
 師匠の志ん朝師の芸風を良く受け継いでいます。単に受け継いでいるだけではなく、自分の個性を加味しているのは言う間でもありません。明るく陽気で、少し惚けた芸風が寄席の空気を明るいものに変えてくれます。

【得意演目】
 師匠同様幅広いですが、寄席でよく演じるのは「紙入れ」「替り目」「犬の災難」
 「豊竹屋」「夕立勘五郎」他多数

【エピソード】
 若手の育成に力を入れていて、自身でも「たまごの会」という会を作り協会に関係無く門戸を開いている。また神田に「連雀亭」という二つ目専門の寄席を拵え(協力者あり)これも広く開放している。(運営は二つ目に任せている)

【健二のネタ】
弟子になった頃はそれだけで目的が達した様な気分になり、あらゆる面で師匠の真似ばかりしていたそうです。
その時は何も言われなかったが、真打になって色々な事を言われる様になり。大変ありがたかったと……
弟子を持って判る事は如何に自分に弟子に伝えられる事が無いかを実感したことだそうです。
もう、師匠は亡くなってるから恩返しがしたくても出来無いので、その分噺を一つ一つ完成させて行く事だと
思いそして後輩達に自分が出来るかぎりの事をして恩返しをしたいと語っていました。

また、以前の事ですが、寄席や落語会で噺をしていると、突然、師匠の志ん朝師が降りて来たりしたそうです。
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