はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2016年09月

寄席で聴きたい 春風亭一朝師

40175967f970c1b3bace0339e6f34c15今回からは寄席によく出演していて、寄席ならではの芸を見せてくれる噺家さんを取り上げたいと思います。
まずは春風亭一朝師です。

【春風亭一朝】 1950年12月10日生まれ
・1968年3月 五代目春風亭柳朝に入門。
・1970年4月 前座になる。名は朝太郎。
1973年9月 二つ目昇進し、一朝に改名。
この名前は大師匠正蔵が、若い頃に世話になった三遊亭一朝の名前を与えたもので、最初は正蔵の所にに入門志願に来たのを当時更に弟子を取る余裕が無かった為、一番弟子の柳朝を世話したから、自分が世話になり、また晩年は逆に世話をした一朝の名前を与えたそうです。
・1980年3月 弟弟子春風亭小朝が一朝よりも先に真打昇進する。この時はかなりショックだったみたいですね。
・1982年12月 真打昇進。師匠柳朝師が脳梗塞に倒れる。このため真打昇進披露に師匠の柳朝師は出席出来ませんでした。

【芸風】
何と言っても、江戸前の噺をする本格派です。それでいて、笑いの多い噺も得意です。安心して聴いていられる噺家さんの一人です。

【得意演目】
片棒、二番煎じ、花見の仇討、大山詣り、青菜、目黒のさんま、尻餅 他多数

【エピソード】
弟子の育成には定評があり、一番弟子は六代目柳朝を襲名しています。また二番弟子は今や将来を嘱望されている一之輔師です。

【ネタ】
柳朝師の「江戸前」の芸風を見事に受け継いでいます。啖呵を切る威勢の良さは天下一品、「江戸っ子」を演じたらこれほど似合う噺家も珍しいですね。まさに「粋でいなせな江戸落語」の典型だと思います。これを見ると、芸と言うものが確実に弟子に受け継がれて行くものだと実感出来ます。

権兵衛狸を考えてみる

raccoon_a03『権兵衛狸』
今日は、お伽話のような落語です。

【原話】
1752年の「軽口副徳利の「狐の返報」が原話とみられています。
【ストーリー】
田舎に住む権兵衛の家には、夜な夜な若い者が集まって、いろいろな話をして帰る。
ある夜、みんなが帰ってから「権兵衛、権兵衛」と戸を叩く者がいるが、戸を開けると誰もいない。
狸の仕業だと踏んだ権兵衛が、戸を叩くタイミングに合わせて、勢いよく戸を開けると狸が転がり込んで来た。
取っ組み合いの末に狸をふん縛り、天井から吊るしておいた。翌日、訪れた村人が、狸汁にして革は襟巻きにしようと言うが、今日は父親の命日だから殺生はせず、逃がしてやるという。
ただ逃がしたのではまた悪さをするから、躾のために背中と頭の毛を刈り取った。
背中に夜風が滲みたら悪さをしちゃ行けないと思い出せ、と逃がしてやった。
夜になると「権兵衛さん、権兵衛さん」と、また狸がやってきた。今度は何のようだと尋ねると
「今夜は、髭をやっておくんなせぇ」

【演者】
九代目の鈴々舎馬風師が得意としていました。今の馬風師も演じます。それと今の文楽師も助演の時は結構演じます。短いので時間調整が楽なのでしょうね。

【注目点】
田舎の野趣もあり、獣を逃すと言う人情もあり、それでいてオチが何とも人を喰った噺で、
聴いていても後味の良い噺です。

『能書』
時間調整用には足りない場合は「のっぺらぼう」のマクラを入れる事もあり。色々と楽しめる噺です。

『ネタ』
この噺の最大の謎は、そもそも狸は何の用で権兵衛さんの所に来たのか?
恩返し? それともイタズラ?
権兵衛さんは「悪さぶちにやって来た」と言ってますが、年中こんな事があったのでしょうか? それなら、最初から捕まえそうですが……
それから、この地方では狸は狸汁にするのがデフォなんですね。
美味しいのか?狸汁。
熊は食べた事あるけど……。

「茶の湯」を考える

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今日は、「茶の湯」という噺です。地味ですが色々と面白い噺です。

【原話】
文化3年(1806年)に出版された笑話本・「江戸嬉笑」の一遍である『茶菓子』です。
この噺は三代目金馬師が得意演目でしたが、圓生師が金馬師に移したそうです。

【ストーリー】
ある大店の隠居、根岸の別宅に居を移したが毎日が退屈で仕方がありません。
そこではじめたのが茶の湯なんですが、作法も何も分かりません。
小僧に買ってこさせた青黄粉や椋の皮を釜の中へ放りこんで楽しむといった、全くの自己流ではじめてしまったので、二人はお腹を壊してげっそり。
しばらくは二人で楽しんでいたがいつまでもそれではつまらないと、お客を無理矢理呼んで自らがこしらえたお茶うけとともに振舞うことします。
手始めに家作の長屋の三人を始めに読んで飲まします。
呼ばれた客は災難ですが、中には菓子の羊羹を食べたくて来る客も大勢現れる始末。
月末の菓子屋の勘定書きを観て驚いた隠居は、薩摩芋からとんでもない「利休饅頭」と言うのをこさえます。

ある日、そんなこととは知らない金兵衛さんが訪ねてきたので、しばらく茶の湯をやれなかった隠居は大はりきりで飲ませます。
「ウオッ!?」あわてて口直しをしようと饅頭を口へ…。
「アヒャッ!?」

あわてて便所に逃げ込み、このひどい饅頭を捨てる場所はないかと見渡すと、窓の外は一面の田んぼが広がっています。
エイッと垣根越しに放り投げると、畑仕事をしているお百姓さんの顔にベチャ!
「ナンダァ…う〜ん、また茶の湯かァ」

【演者】
先ほど述べた圓生、金馬師の他に歴代の名人が録音を残しています。また、現役の噺家さんも数多く話しています。

【注目点】
落語でよく取り上げられる根岸は、家督を譲った隠居やお妾さんが暮らした静かな土地であったそうです。
川柳等では、下の句に「根岸の里の侘び住まい」で知られていますね。

それに対して蔵前といえば、幕府の経済を支えた米を管理する米蔵がズラリ並んだところです。
そうした賑やかな土地から侘び住まいが似合うエリアに越してきたというのだから、寝る間も惜しむように働いてきた人にとっては、さぞかし手持ち無沙汰だったと思います。

『能書』
茶の湯に禅の精神が取り入れられたのは、室町末期のことだそうです。それを千利休が受け継いだのですね。

『ネタ』
今でもある「裏千家」と「表千家」ですが、元々は弟子である自分の家が千利休の家の表にあったか裏にあったかだそうです。面白いですね。
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