はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2014年12月

御慶という噺

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多分、この記事が今年の最後になるかも知れないので、今日は「御慶」を取り上げます。

 富に凝っている八五郎が年の瀬に梯子の上に鶴が止まっている夢を見たので、鶴一八四五番の札を買おうとして、女房の着物を脱がして質に入れて買いに行ったが売り切れだった。
 帰り道で易者に見て貰うと梯子は下から上に昇るものだから、八四五ではなく逆に鶴一四五八番を買いなさいと教えられる。
 買って見るとなんとこれが千両の大当たり。現金だと二百両割引かれるが二月までは待てないので、その場で八百両を身に着けて家に戻った。
 たまっていた店賃を払って、正月には裃を着て年始回りに出掛けることにした。長い口上は覚えられないので、短い年始の言葉を大家に教えてもらった。「おめでとうございます」には「御慶」と答え「どうぞお上がりなさい」と誘われたら「永日」と断る。
 正月になって、得意になって行く先々で御慶と永日の挨拶を続けるが、辰っつあんが外出から帰って来たところで「御慶」と言ったら「なんと言ったか分からねぇ」と言われ
「ぎょけぇったんだ」「恵方参りの帰りだ」

暮れから正月にかけて話が通じているのはこの噺だけですね。
それだけ珍しいとも言えます。
但し、思った程高座には掛けられない噺だそうで、噺家さんいわく「儲からない噺」だそうです。
CD等では小さん師や志ん朝師が有名でいい出来ですが、私は断然この噺は小さん師だと思っています。
なんたって、最後の「御慶」三連発が屈指なのですが、思えばこの部分は小さん師らしからぬ部分だと思っています。普段やらない人がやると可笑しさが何倍にもなるという事ですね。素晴らしいですね。それを判っていたのか志ん朝師は易者との梯子のやり取りに変化をつけて違った面白さを追求しています。
私の勝手な思いでは、小さん師のこの部分は屈指だと思います。

富くじが二ヶ月待てば全額貰えたと噺の中では言ってますが、実際は寄付金を取られ、次回の富くじを大量に買わされ、2〜3割は減らされたそうです。世の中旨い話はそうは無いと言う事ですね。

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文七元結という噺

41e0cc95今年もあと10日余りとなりました。皆さんにとって今年は如何でしたでしょうか?
今日は暮れの噺と言われる「文七元結」です。

圓朝師の創作で有名ですが、八代目正蔵師の説によると、それ以前に同種の噺があり、圓朝師が自分の創作部分を加えて、人情話に作りなおしたそうです。真意はわかりませんが、きっと全く違った噺になっているのでしょう。
また、明治の政治家井上馨らが江戸っ子の気質とは、と問われてこの噺を作ったと言う説もあります。

もう、歴代の大師匠が演じていますので、圓生師、正蔵師、志ん生師、皆いいです。現役では小三治師がダントツですね。志ん朝師は個人的にですが、吾妻橋で50両を渡すシーンがややくどいと思うのです。

左官の長兵衛は、腕は立つのだが、無類のばくち好きが高じて、仕事もせずに借金を抱えています。
年の瀬も押し迫るある日、前夜の負けがこんで、身ぐるみ剥がれて半纏一枚で賭場から帰されると、
女房のお兼が泣いている。
聞くと、娘のお久がいなくなったという。どうしたのかと、夫婦喧嘩をしているところに、普段より世話になっている吉原の女郎屋の大店、角海老から使いのものが来ます。
取り込み中だから後にしてくれというと、他でもない、その娘のお久のこと、角海老の女将の所に身を寄せているというではありませんか。
女房の着物を一枚羽織って角海老へ行ってみると、お久は、身売りをして金を工面し、父に改心してもらいたいので、お角のところへ頼み込んだのだというではありませんか。
女将は、自身の身の回りをさせるだけで店には出さないから、次の大晦日までに金を貸してやるが、大晦日を一日でも過ぎたら、女郎として店に出すという約束で、長兵衛に五十両の金を渡します。

情けない思いをし、しかし改心しきった長兵衛が、帰り道に吾妻橋にさしかかると、身投げをしようとしている男がいます。
訳を聞くと、白銀町の鼈甲問屋「近江屋」の奉公人(文七)で、お遣いに頼まれ、取りにいった売り上げをすられたので、死んでお詫びをしようというところだったと言います。
死んでお詫びを、いや、死なせねぇと押し問答が続いた後、長兵衛は、自分の娘のお久が身を売って五十両を工面してくれたことをはなし、その金でお前の命が助かるのなら、娘は死ぬわけではないのでと、無理矢理五十両を押し付けて、逃げるように帰ってゆくのでした。

文七がおそるおそる主人卯兵衛の元に帰り、長兵衛からもらった金を差し出すと、それはおかしい、お前が遣いにいった先で碁に熱中するあまり、売り上げをそっくりそのまま忘れてきてしまったものを、先方は既に届けてくれて金はここにある、一体どこから、また別の五十両が現れたのかと、主人が問いただすと、文七はことの顛末を、慌てて白状します。

翌日、卯兵衛は何やら段取りを済ませ、文七をお供に長兵衛の長屋へと赴きます。
実は文七が粗相をやらかし…と、事の次第を説明し、五十両を長兵衛に返そうとするが、長兵衛は、江戸っ子が一度出したものを受け取れるか!と受け取りません。
もめた挙句に長兵衛ようやく受け取り、またこれがご縁ですので文七を養子に、近江屋とも親戚付き合いをと、祝いの盃を交わし、肴をと、表から呼び入れたのが、近江屋が身請けをしたお久が現れます。
家族三人で嬉し涙にくれます。
後に、文七とお久が夫婦になり、近江屋から暖簾を分けてもらい、元結いの店を開いたという、文七元結由来の一席。

吾妻橋は夏の「唐茄子屋政談」でも登場しますし、その他にでも色々登場する落語の聖地ですね。(’だれも聖地巡礼しないけどww)

この文七元結を拵えた、桜井文七と言う人は実在の人物で、1683年美濃国生まれで、元結の多い長野県飯田で修行したあと江戸で活躍したそうです。名前が。江戸で有名で代々襲名されていたため圓朝がモデルにしたそうです。

元結とは男性のチョンマゲや女性の日本髪の元を束ねて紐で結わえて固定します。この、糊で固く捻ったこよりで製した紙紐が元結です。当時、非常に弱く扱いにくかった為、文七はそこで修行を積みながら元結改良に日夜苦心を重ね、遂に光沢のある丈夫な元結造りに成功、販路を江戸に求めると、たちまち髪結床から注文が殺到、これを契機に江戸に卸問屋を開業して後、「文七元結」の名で国中の評判になりました。続きを読む

第31回 「あやめ寄席」

416N50S9XTL今日5日は地元で「あやめ寄席」が開かれるので、招待券を戴いたので行って来ました。
 この寄席は我街の噺家、柳家小袁治師匠が地元の読売新聞販売所の協力を得て開催している落語会です。
今回で31回目になります。

今日の出演者と演目と感想を……

開口一番 前座 三遊亭ふう丈 「初天神」
 圓丈師の九番目のお弟子さんで三〇歳になるそうです。その為か破綻なくいかにも前座さんらしく元気の良い高座でした。結構笑いも取っていて、高座慣れしています。この方面も地元に住んでいるそうです。
金坊の演出が前座らしかならぬ上手さでした。

仲入り 二つ目 柳家かゑる 「たまげほう」
 なんだかよくわからない噺でした。実はこの噺聴くのは初めてでは無いのですが、何回聴いても理解不能で、
しかも、原作の上方の噺家さん(月亭太遊さん)より下手! 
タダだからいいですが……寄席に出られるレベルではないかと……これを浅草でやったら誰も聴いてくれないと思います。もっと頑張って欲しいですね。大師匠の名前を貰ったのですから……

お楽しみ抽選会……色紙とか配りました。私も当たりましたが今回は連れ(友人)に譲りました。

漫談  昭和こいる  
 まだ、こいるさんが高座に復帰出来ないので、漫談ですが調子が出ませんね。最後は自分の持ち歌「そんなもんだよ、しょうがない」高田文夫作詞 玉置浩二作曲 を歌ってくれました。いい声でしたよ〜

トリ 柳家小袁治 「尻餅」
 先日浅草で一朝師で聴きましたが、若干導入部が違いました。細かいところも若干違っていました。少しテンポが悪かった気がします。
 お尻を叩いて出す音も一朝師は膝を叩いていましたが、小袁治師は両手を叩いていました。正直一朝師の方がいい音でしたね。
 そんな訳で四席の高座が終わりました。今日の収穫はふう丈さんでしたね。将来が楽しみです。
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