はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2013年03月

今年の身近な桜

130330_1005~02-1この桜並木は家の近所の今日の様子です。もう最後の見頃です。ちなみにここの桜祭りは来週だそうです……




112これは菖蒲園の桜の様子です、菖蒲園の桜は開花がやや遅いので今日も綺麗です。でもご覧の通り誰も見に来ません(笑)





Image005これもそうです。近くに寄ってみました



Image004これもそうです。以前はもっと大木の桜や珍しい桜もあったのですが「菖蒲の育成に悪い」とヘッポコ学者の言う事を聞いて切って仕舞いました。でもその時は菖蒲の育成は悪いままでした。
大体、学者なんて生まれて初めて来て見た土地の事なんかすぐに判る訳が無いのです。
長年、育成して来た人達の意見を聞かず、権威だけの学者先生の言う事を盲信する役所は「落語」をもっと聞いて世の中の事を勉強して欲しいです。
・・・・・・・・と言う訳で落語に関係ない記事でした。(^^)

騙したヤツが悪いのか騙されるヤツが悪いのか……

お茶くみ今日は「お茶汲み」です。

上方落語の「涙の茶」を東京に移入したものです。その元は、狂言の『墨塗女』と言う事です。
この狂言の「黒塗女」から、「黒玉つぶし」と言う噺が出来、そこから墨をお茶に変えて「涙の茶」と言う噺になり、
これを初代小せん師が明治末期に東京に移植し、廓噺として、客と安女郎の虚虚実実のだまし合いをリアルに描写し、現行の東京版「お茶くみ」が完成しました。

吉原から朝帰りの松つぁんが、仲間に昨夜のノロケ話をしています。
今で言う、サービスタイムだから七十銭ポッキリでいいと若い衆が言うので、揚がったのが「安大黒」(安大国と言う説あり)という小見世。

そこで、額の抜け上がった、目のばかに細い花魁(おいらん)を指名したが、女は松つぁんを一目見るなり、アレーッと金切り声を上げて外に飛び出しました。
仰天して、あとでわけを聞くと、紫というその花魁、涙ながらに身の上話を始めたというのです。

話というのは、自分は静岡の在の者だが、近所の清三郎という男と恋仲になり、噂になって在所にいられなくなり、
親の金を盗んで男と東京へ逃げてきたが、そのうち金を使い果たし、どうにもならないので相談の上、
吉原に身を売り、その金を元手に清さんは商売を始めたそうです。
清さんに手紙を出すたびに、
「すまねえ、体を大切にしろよ」
という優しい返事が来ていたのに、そのうちパッタリ梨の礫(つぶて)。

人をやって聞いてみると、病気で明日をも知れないとのこと。
苦界の身で看病にも行けないので、一生懸命、神信心をして祈ったが、その甲斐もなく、清さんはとうとうあの世の人に・・・

どうしてもあきらめきれず、毎日泣きの涙で暮らしていたが、今日障子を開けると、清さんに瓜二つの人が立っていたので、思わず声を上げた、という次第。
「もうあの人のことは思い切るから、おまえさん、年季が明けたらおかみさんにしておくれでないか」
と、花魁が涙ながらにかき口説くうちに、ヒョイと顔を見ると、目の下に黒いホクロができた。

よくよく眺めると「ばかにしゃあがる。
涙代わりに茶を指先につけて目の縁になすりつけて、その茶殻がくっついていやがった」

これを聞いた勝ちゃん、ひとつその女を見てやろうと、「安大黒」へ行くと、早速、その紫花魁を指名。
女の顔を見るなり勝さんが、ウワッと叫んで飛び出します。

「ああ、驚いた。おまえさん、いったいどうしたんだい」
「すまねえ。わけというなあこうだ。花魁聞いてくれ。
おらあ静岡の在の者だが、近所のお清という娘と深い仲になり、噂になって在所にいられず、親の金を盗んで東京へ逃げてきたが、そのうち金も使い果たし、どうにもならねえので相談の上、
お清が吉原へ身を売り、その金を元手に俺ァ商売を始めた。
手紙を出すたびに、あたしの年季が明けるまで、どうぞ、辛抱して体を大切にしておくれ、と優しい返事が来ていたのに」

勝さんがいい調子で喋って、涙声になったところで花魁が、
「待っといで。今、お茶をくんでくるから」

小せん師から志ん生師に受け継がれて、志ん生師は客にわからなくなったところを省き、すっきりと粋な噺に仕立てました。
「初会は使わないが、裏は使うよ」等と言うセリフは志ん生師ならではと云われています。

本家の「黒玉つぶし」の方は、東京で上方落語を演じた小文治師が得意にしていたそうです。、続きを読む

「ウチの親父は近日死にます」!?

0603-1今日は「近日息子」と言う噺です。

もともと上方落語で、東京で口演されるようになったのは明治40年ごろからですが、
東京の落語家はほとんど手掛けず、大阪からやってきた、二代目三木助師などが、大阪のものをそのまま
演じていた程度だったそうです。
大阪での修行時代に二代目春団治師から、この噺を伝授された三代目三木助師が磨きをかけ、
独特の現代的(?)ギャグをふんだんに入れて、十八番に仕上げました。

三十歳近くになる、ぼんくらな一人息子に、父親が説教しています。
芝居の初日がいつ開くか見てきてくれと頼むと、帰ってきて明日だと言うから、
楽しみにして出かけてみると「近日開演」の札。

バカヤロ、近日てえのは近いうちに開けますという意味だと叱ると、
「だっておとっつぁん、今日が一番近い日だから近日だ」
普段から、気を利かせるということをまるで知りません

「おとっつぁんが煙管(きせる)に煙草を詰めたら煙草盆を持ってくるとか、
えへんと言えば痰壺を持ってくるとか、それくらいのことをしてみろ、
そのくせ、しかるとふくれっ面ですぐどっかへ行っちまいやがって、」
とガミガミ言っているうち、
父親が、用を足したくなったので、紙を持ってこいと言いつけると、出したのは便箋と封筒と言う始末です。

「まったくおまえにかかると、良くなった体でも悪くなっちまう、」
と、また小言を言えば、プイといなくなってしまいました。

しばらくして医者の錆田先生を連れて戻ってきたから、訳を聞くと
「お宅の息子さんが『おやじの容態が急に変わったので、あと何分ももつまいから、早く来てくれ』と言うから、
取りあえずリンゲルを持って」
「えっ? あたしは何分ももちませんか?」
「いやいや、一応お脈を拝見」
というので、みても、せがれが言うほど悪くないから、医者は首をかしげる。

それを見ていた息子、急いで葬儀社へ駆けつけ、ついでに坊主の方へも手をまわしたから、大騒ぎに。
長屋の連中も、大家が死んだと聞きつけて、
「あの馬鹿息子が早桶担いで帰ってきたというから間違いないだろう、そうなると悔やみに行かなくっちゃなりません」と、相談する始末です。

そこで口のうまい男がまず
「このたびは何とも申し上げようがございません。長屋一同も、生前ひとかたならないお世話になりまして、
あんないい大家さんが亡くなるなん」と、言いかけてヒョイと見上げると、
ホトケが閻魔のような顔で、煙草をふかしながらにらんでいる。
「へ、こんちは、さよならっ」

「いい加減にしろ。おまえさん方まで、ウチの馬鹿野郎といっしょになって、あたしの悔やみに来るとは、どういう料簡だっ」
「へえ、それでも、表に白黒の花輪、葬儀屋がウロついていて、忌中札まで出てましたもんで」
「え、そこまで手がまわって……馬鹿野郎、
表に忌中札まで出しゃがって」と怒ると、
「へへ、長屋の奴らもあんまし利口じゃねえや。
よく見ろい、忌中のそばに近日と書いてあらァ」

江戸時代の芝居興行では、金主と座主のトラブルや、資金繰りの不能、
役者のクレームや、ライバル役者同士の序列争いなど、さまざまな原因で、
予定通りに幕が開かないことがしばしばだったそうです。
そこで、それを見越して、初日のだいぶ前から、「近日開演」の札を出して予防線を張っていました。

上方では春團治師が有名ですね。続きを読む

浅草演芸ホール3月下席5日目夜の部前半

130322_1855~01今日は休みでしたので、ゆっくりと寄席に行きたかったのですが用事が重なってしまい、少ししか見られませんでした。

駆けつけると。夜の部は始まっていて、小辰さんが「狸札」をやってました。中々筋がよさそうです。
次が扇里さんで「一目上がり」でした。
されから、とんぼ・まさしの漫才です。
印象に残りませんでした。関西から来たそうですが、これでは関西では通じないでしょうね。
次が川柳師で「昭和歌謡史」本人は乗っていたけど、噺は冴えませんでしたね。
続いて、燕治さんの「出来心」で、イイ出来でした。
夢葉さんの漫談の様な手品の後は待っていました、志ん輔師の登場で演目は「宮戸川」でした。
これがいい出来でした。おじさんの処ではテンポを落とし、じっくりと夫婦の会話を聴かせるし、若い二人の会話はテンポよく聞かせます。
中々のいい出来で、志ん朝師とも違う噺を完全に拵えましたね。残念なのは最後まで聞けなかった事ですね。

白鳥さんは「シンデレラ伝説」でご機嫌を伺いますが、なんか前聴いた時と若干違う気がするのですが・・・
きっと進化してるのでしょうね。

子猫さんが器用にものまねをして、仲入りは権太楼師で季節柄「人形買い」でした。
正直、期待してませんでした。この噺は三木助師や圓生師で散々聞いているので、とても比べられないと思ったのです。
だからでしょうか、権太楼師は噺の焦点を定吉と松つぁんのやりとりに合わせ、これが成功して爆笑編に仕上がっていました。筋やくすぐりを知っていますが、思わず大笑いして仕舞いました。
これと、志ん輔師が聞けただけでも、今日は来たかいがありました。
ここで今日は用事があった為帰りましたが、満足度は高かったです。続きを読む

「東京かわら版」4月号より

img119今日は、「東京かわら版」4月号より話題を拾っていたいと思います。

表紙はご覧のとおり、柳屋三三さんですね。
・落語と私は 小倉エージさんです。レコードのプロデューサーだそうです。
上方の京都や大阪、神戸の違いを語っています。
兎に角、枝雀師を愛してやまない、のだそうで・・・
「愛宕山」で関西人の違いを浮き彫りにしていたのが枝雀師だったそうです。
また、鶴瓶さんもこの違いを浮き彫りにしたいたそうですが地方や東京の人にはどこまでわかるか?
と言う事だそうです。

・インタビューは三三さんです。DVDも発売されるそうです。
47都道府県を47日で廻る独演会をやるのだとか・・・
それと、小三治一門は皆でスキーに1週間行くのだそうです。
やらない人は大変だろうなぁ・・・

・若手の紹介は翁家和助さんです。

・地域寄席の紹介は高円寺のHACOと言うスペースの紹介です。ここの所、商業ベースの店の紹介ばかりですね。それも不定期の・・・これでは紹介する理由が無いですね。

・堀井ちゃんのコーナーは、神保町の「らくごカフェ」で掛かった演目の一覧ですね。
ちなみに、一番掛かったのは「宮戸川」でした。以下、だくだく、天災、転宅と続きます。

・本日のお題は「宮本武蔵」ってこれは講談と浪曲ですね。

・ニュースのコーナーでは、きつつきさんが萬橘を襲名した話題ですね。
大きな名ですので頑張って欲しいですね。

後半は寄席演芸年間2013年版がついていまして、昨年の事等が載っています。

続きを読む
記事検索
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ