はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2013年02月

まだ寒いけどもう出しますこの噺

apr07051今日は季節的には少し早いですが、先日寄席で聴いたので「長屋の花見」です。

元々は上方落語の演目で「貧乏花見」で明治37年ごろ、三代目蝶花楼馬楽師が東京に移し、
明治38年3月の、日本橋常磐木倶楽部での第一次の第四回落語研究会に、二つ目ながら「隅田の花見」と題したこの噺を演じました。
これが事実上の東京初演で、大好評を博し、以後、この馬楽の型で多くの演者が手掛けるようになりました。

上方のものは、筋はほぼ同じですが、大家のお声がかりでなく、長屋の有志が自主的に花見に出かけるところが、
江戸と違うところですし、持っていくごちそう?や酒?も自らが誂えて持って行きます。

どの演者でも、「長屋中歯を食いしばる」の珍句は入れますが、これは馬楽師が考案したくすぐりです。
馬楽--四代目小さん--五代目小さんと受け継がれていった噺です。
今でも柳家始め多くの噺家さんが演じています。

雨戸まで外して焚き付けにするという貧乏長屋の店子連中に大家さんからの呼び出しがかかります。
すわ、店賃の催促かと思いのほか「そうじゃあない。花も見頃、今日は貧乏を追い出すために皆で花見に行こう」と大家さん。

酒も肴も用意したというので、店子連中は「花見だ花見だ」「夜逃げだ夜逃げだ」などといいながら上野の山へ向かいます。
満開の桜がならぶ上野の山。店子連中は、毛氈とは名ばかりのむしろを敷いて、物乞いの真似をしようとしたり、ほかの花見客が落とした食べ物を拾おうとしたりの大騒ぎ。

そのうちに、大家さんが用意した酒と肴で宴がはじまるが、じつはこれ本物ではありません。
お酒は番茶を水で割ったもの。かまぼこは大根の漬け物で、卵焼きは沢庵という始末。
「かまぼこ」を薦められた店子は「ちかごろ歯が弱くなったから食べづらい」とこぼしたり、「卵焼き」を食べようとする店子は「尻尾じゃないところをくれ」などと言い出す始末。
薄い番茶を「灘の酒」に見立てて飲み出すが、アルコール成分がないから酔おうにも酔えません。
そのうちに「灘の酒」を飲んでいた一人が、変なことを言い出します。
「大家さん、近々長屋にいいことがあります」
「そんなことがわかるかい?」
「酒柱が立ちました」

このほか、上方のサゲを踏襲して、長屋の一同がほかの花見客のドンチャン騒ぎを馴れ合い喧嘩で妨害し、
向こうの取り巻きの幇間が酒樽片手になぐり込んできたのを逆に脅し、幇間がビビって
「ちょっと踊らしてもらおうと」
「うそォつけ。その酒樽はなんだ?」
「酒のお代わりを持ってきました」
とサゲる噺家さんもいます。

この噺の問題点は舞台を上野としている処ですね。
江戸時代は上野の山は寛永寺の敷地内だったので、花見と言っても飲食や歌舞音曲は禁止です。
許されたのは明治からですので、明治期とするかですが、余りうるさく言わないで、楽しんだ方が良いですね。
昔のお客は、飲食や歌舞音曲が許されていた向島や飛鳥山じゃ臨場感に乏しいと感じたのでしょうね。続きを読む

浅草演芸ホール2月下席5日目夜の部

4cca5763昨日は休みでしたので先週にひき続いて浅草の夜席に行ってきました。
今週は芸術協会の芝居です。
空いてるか? と思ったのですが、もう一杯で、立ち見も方も大勢います。
5時を廻っていましたので、もう宮治さんが高座に上がって来る処でした。
演目は「だくだく」で、彼らしい陽気な高座で、自身のクスグリも沢山入って爆笑の客席でした。

次は漫談の新山真理さんで、座っての高座です。一見新作の女流噺家という感じですね。
次は順番が入れ替わって、仲入り後だった文治さんで「平林」でした。この平林、完全にイカれてました。
後に出て来た遊雀さんが、「いまのは文治のイカレタ平林でした」と言っていた程壊れてました。

その遊雀さんは「宗論」でこれも小三治師の型を元にしながら、かなりイカれた若旦那を演じていました。
その次はマジックで北見伸さんとステファニーさんで目の保養をさせて貰いました。

それからは、柳之助さんで早くも「長屋の花見」でした。いい出来でしたね。
驚くべきはその次の伸治さんで、これが噺を投げない。
投げる事が多い噺家さんですが、昨日は投げませんでした。陽気に「替り目」を演じてくれました。
投げなければ、結構な高座ななんです、この人は。

次がギタレレ漫談のぴろきさんです。
TVで顔が売れてるので、客席の乗りが違います。
それでもいつものペースで飄々と高座を務めました。
もちろん客席は大爆笑です。

仲入りは桃太郎さんで「結婚相談所」でした。
ここで、ずっと立ち見でしたので腰が悪化しまして、帰る事にしました。
ここの処、ギックリ腰がまた悪化した模様でして、かなり辛いのです。
それでも、昨日は、来た甲斐がありました。
乗りすぎや、やり過ぎの高座もありましたが、出演者がかなり気合が入っていたのが良く判りました。
先週の協会の芝居とは180渡違っていましたね。
こういう高座だったら、お客も増えると思います。
私も「また見に来たい」と思いました。
これからの芸協に期待です!続きを読む

東京かわら版3月号より

entry_cover1303-thumb-188x360-1429今日は先日届きました「東京かわら版」3月号より紹介したいと思います。

表紙はご覧の通り、きつつき改メ四代目三遊亭萬橘さんですね。
インタビューも同じですね。
襲名にあたっては、随分と悩んだそうです。但、先代が不幸な亡くなり方をしているので、次の世代に渡す時は幸せな名で渡したいと言う事でした。

浅草でも3月の余一会で襲名披露がありますね。
古典落語を演じる時に「そのままやって受けても嬉しく無い」からかなり手を入れるのだそう・・・
この人面白いだけに、変な方向に行って欲しく無いですね。

「落語と私」は女優の安達祐実さんです。落語に関係する映画の宣伝の為ですね。
だって、台東区生まれなのにろくに落語を聴いて無い人にインタビューするのが?だと個人的には思います。
正直、このコーナー人材が居ないのいなら止めた方が良いと思います。
ずっと、良い人が出て無いですよね。
タレントが番組で落語をちょっと演じただけの人とかが多いと思いますね。
連載で無くても、不定期でも良いから、相応しい人がいたら載せれば良いと思います。

三遊亭兼好さんがコラムで三遊亭萬橘さんの事を書いています。
曰く、顔がずるい、いつも自分に怒ってる、兼好さんの奥さんと仲がよい、等と語っています。

若手の紹介は、一龍斎貞寿さんです。マラソンが趣味だそう。

地域寄席は、浅草に出来た「ことぶ季亭」です。落協のお囃子さんだった戸部昌子さんが席亭の五〇人足らずの寄席です。

お噺の紹介は、浪曲の「唄入り観音経」です。そですあの三門博さんで有名ですね。
私の父も生前は良く唸ってました。

堀井ちゃんのコーナーは「寄席で聴いた長講一席」です。
順番に書きますと、1,.歌丸 乳房榎 国立 1,市馬 御神酒徳利 池袋 3,文左衛門 らくだ 鈴本 4,駿菊 唐茄子屋政談 鈴本 5,武左衛門 芝浜 池袋 6,小三治 禁酒番屋 池袋 7,扇辰 三井の大黒 池袋 8,権太楼 睨み返し 池袋 9,小里ん 子別れ 池袋 10,さん喬 柳田格之進 池袋 となっています。
いつ頃からの記録かは判りませんが、彼が浅草には殆んど来ていないという事ですね。

今月はこの辺で・・・・


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幾代餅と紺屋高尾は同じ噺?

ikuyomochi001-1今日は志ん生師で有名な「幾代餅」です。
圓生師で有名な「紺屋高尾」も同じ系統の噺です。

江戸は馬喰町三丁目、搗米屋に奉公する清蔵が、急に体調が悪くなり部屋から出てこない。
お医者様のお見立てによると「体は悪くないが、胸につかえたものがあり、それが原因」とのこと。
店のおかみさんが清蔵に話を聴くと、胸のつかえはなんと恋患い!それも吉原で全盛の花魁、幾代太夫の錦絵に一目惚れしてしまったという。
どうしても幾代太夫に逢いたいという清蔵に、親方は「花魁はしょせん売り物買い物。
一生懸命金を貯めれば、逢えないことはない。まず一年間は必死で働いてみろ」と言う。

そして一年後。清蔵は働きに働いて十三両二分という金が出来た。親方はなかば呆れながらも清蔵を応援し、吉原通の藪医者、藪井竹庵先生に案内を頼む。
竹庵は「搗米屋の職人と名乗っては花魁が逢ってもくれない。野田の醤油問屋の若旦那という触れ込みにするから、万事鷹揚に振る舞うように」とアドバイス。遊廓では幾代太夫が清蔵をねんごろにもてなしてくれた。

その翌朝「今度はいつ来てくんなますか」という幾代に、清蔵は「来られるのは一年後。
醤油問屋の若旦那というのは嘘で、じつは搗米屋の職人です」とすべてを打ち明ける。
それをじっと聴いていた幾代太夫は、来年の三月に年が明けるから女房にしてくれと、五十両の支度金を清蔵に渡す。
夢見心地で時が過ぎると、立派な駕籠に乗って本当に幾代が嫁いで来た。
 夫婦で餅屋を開くと、美人の幾代餅として評判になり、三人の子宝にも恵まれ、維新の世まで幸せに暮らしたと云う・・・・両国名物「幾世餅」由来の一席でございます。

搗米屋の職人で清蔵と、最高位の花魁、幾代太夫のなれそめの一席。
江戸時代、吉原の大店の太夫は大変な美貌と教養を兼ね備え、遊ぶには大金が必要だったそうです。
なかには高尾太夫の様に大名家に身請けをされた花魁もいます。
これは「仙台高尾」として金馬師がやってます。

清蔵の用意した金、十三両二分は、現在の価値で九十万円以上に相当し、それだけ高い買い物だったのですね。
ひるがえって、職人には高い収入も財産もない。この二人の立場の違いを理解していないと、この噺の理解は出来ないですね。

元は浪曲の演目ですので、落語では志ん生師が落語化したこの噺と、圓生師が直した「紺屋高尾」とがあります。両者の違いは職業と、お金を貯める年月が違いますね。

この噺は正直、志ん生師です。馬生師も志ん朝師も演じています。
それぞれ趣向凝らして、父親の志ん生師とかぶらない様に演じています。続きを読む

権助魚は落語以外で表現できるか?

126046099819516204631_gonsukezakana1今日は「権助魚」です。
上方が発祥で、「お文さん」「万両」の題名で演じられる噺の発端が独立したものですが、
いつ、だれが東京に移したかは不明です。

ある商家のおかみさんが飯炊きの権助を呼び出して訊ねごと。
「近ごろ、旦那の様子がおかしい。よそに若い女でも出来たんじゃないかとそう思っているんだが、お前なにか知らないかい?」
権助は何も知らないと言い張るが、おかみさんに一円の小遣いを握らされ
「旦那のお供をして、相手の女がどこの誰だか教えておくれ」という頼みを聞くことになる。

ほどなくして、旦那が用事で出かけるという。
おかみさんは無理やり権助を供に付け、旦那を送り出します。
勘の良い旦那は権助に「幾ら貰ったんだ?」とかまをかけ、二円の小遣いをやると
「家に帰って"旦那は日本橋の丸安さんと一緒に柳橋から船遊び。網打ちをしたあと、興がのって、そのまま湯河原へ遊びに行ったので今日はお帰りがありません"と報告するんだぞ」と命じます。
そして、網打ちをした証拠に、魚屋で網取り魚を買っておかみさんに見せろと言います。
旦那の命をうけた権助はその足で魚屋へ行くのですが、「網取魚が欲しい」と言うと、進められるままに、
鰊、やメザシ、かまぼこ、スケソウダラやタコ等を買って帰ります。

家に帰っておかみさんに云われた通り言いますが、時間が経って無いので、たちまちバレます。
「買ってきた魚を・・」と見せるのですが、
「みんな海の魚じゃないか」
どこの川にカマボコが泳いでるんだね」
と云われて仕舞います。
「こんな魚は関東一円じゃ取れないんだよ!」
「一円じゃねえ。二円で頼まれた」

他のサゲは、
どこの川にカマボコが泳いでるんだね」
「ハア、道理で網をブッて捕った時、みんな死んでた」
別のサゲは
タコは海の魔物だから、これを食べたら、どんな人間でも本当の事を言ってしまうので、権助に食べさせると言う。
 「さあ、お食べ」、「奥さん、その手は食わねえ」。

江戸時代に江戸湾でとれた魚は種類も豊富で、文字通り豊穣の海だったそうです。
記録に書かかれているのは、 江戸湾でとれた魚介類は主なもので以下の通りです。
 イナ、ボラ、イカ、サヨリ、サワラ、アジ、コノシロ、スズキ、ハゼ、マコガレイ、白魚、セイゴ、タナゴ、フッコ、エボダイ、カレイ、イワシ、イイダコ、星ザメ、ヘダイ、鯛、ブリ、鰻、ハマチ、サバ、サイショウフグ、マフグ、サメ、マルタ、キス、ウマズラ、アナゴ、ハマグリ、シジミ、アサリ、バカ貝(あおやぎ)、サザエ、トリ貝、シオフキ、車エビ、芝エビ、手長エビ、シャコ、カニ、海苔、等々沢山あります。
ああ、よだれがでそうww

落語には飯炊きの権助が活躍する噺がいくつかありますが、「権助提灯」「権助芝居」などと並んで笑いも多く口演頻度も高いのがこの噺ですね。
昇太さんはこの噺を「落語でないと表現出来ない話」と言っていました。

この噺は、この権助をどう描くかで決まりますね。
彼は山の地方の出身ですね。割合正直ですが、いくら何でも少し抜けていますね。
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