はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2012年07月

浅草演芸ホール7月下席千秋楽夜の部

120730_1435~01昨日は休みでしたので、浅草に行きました。
途中でスカイツリータウンに寄ってみました。
夏休みで大変な賑わいです。
実は、この中にここだけでしか売っていないグッズがありまして、
それが欲しかったので、見物ついでに見てきました。

写真は4階のデッキから写したスカイツリーです。
スカイツリータウンは水族館も並んでいたのでパス。
お目当ての グッズを買いまして、階下のスーパーやらを見て、
浅草に行きました。

昼のトリが喬太郎さんでしたが、 間に合わずに夜の部から見ました。
前座が多ぼうさんで「道具屋」です。
以前よりちゃんとした噺になっていました。
フラがあるので面白いかも?です。

最初が右太楼さんで「元犬」で、結構丁寧に演じていました。
次は柳朝さんで「転矢気」で、かなり聴いていますね。
近藤志げるさんのナツメロの後は燕路さんで「初天神」、面白かったですがねえ・・・
真夏の「初天神」ってピンと来ませんね。

川柳師は釈台を置いての高座で、例の事故以来正座が出来ないそうです。
当然「ガーコン」は出来ません。なんか今日は声も小さかったし元気ありませんでした。
遊平かほりの夫婦漫才の後は富蔵さんの「親子酒」です。
正直、この人、はじめてかも知れません。様子も良いですが、印象に残らない感じですねえ。
次ははん治さんで「ぼやき酒屋」、正楽師の紙切りは「線香花火」「オリンピック」「サンバカーニバル」「演芸場」の4つでした。
仲入りは一朝師に変わって小燕枝師で「強情灸」でした。
ここで仲入りでしたが、前座の半輔さんら三人がマナーのコントを披露してくれました。いわゆる、携帯、写真、等の禁止行為のコントでした。
中々面白かったし、今後もやれば良いと思いましたね。

食いつきは、小せんさんで、「動物園」でした。小せんさんの「動物園」は久しぶりです。少し変わりましたね。
ここで帰宅。実はスカイリーの後、浅草をあちこちと歩き回ったので、本調子までもう少しの体調なので疲れて仕舞いました。
楽に帰れるバスで帰りました。
トリの小里ん師も気になっていたのですが、この次と言う事で・・・・
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お金を貯める方法

111103_2-164bb今日は「しわい屋」です。

落語「位牌屋」の冒頭部分が独立して出来た噺です。
サゲの部分は1776年の「夕涼新話集」の「金もち」です。

ある吝嗇家の処にこれまたケチな男がケチの極意を教わりにやってきます。
まず扇子の使い方から始まって、ご飯のおかず梅干しを食べていると聞くと
それは勿体無い、私なら見ていて酸っぱい唾液が口に一杯になったら、そこでご飯を食べる。
梅干しは減らない。
醤油を箸ですくって挟んで口に持っていく。醤油の香りでご飯を食べる。だのろくなのはありません。

本当の極意、秘伝を教えてくれと言われて、それならと裏庭に連れ出します。
大きな木があり、その木に掛かってる梯子を登る様に言います。
登り木にぶら下がると梯子を外して仕舞います。
「左の手」を離す様に言います。
言われた通りにすると、右も離すように言います。
「冗談じゃない、これを離したら死んじゃう!」
「だから、一旦握ったものは離しちゃいけない」

この他にもいわゆるケチの小咄を寄せ集めた噺ですので、
色々なパターンがある様です。
天井から大きな石をぶる下げて、その下で暮らすと、ハラハラの連続で汗をかくので着物が要らないだの、
色々あります。
上方では「始末の極意」とも言います。

サゲがもう一つあり、帰ろうとすると、部屋が暗くて足元が解らない。吝嗇家にマッチを借りようとすると、「目と目の間を殴るんだ。火花で明るく見えるうちに下駄を探せ」との返事。そんな事はとうに見越していた男、「だと思って裸足で来た」と言うと、吝嗇家が「だと思って、部屋中の畳を裏返しにしておいた」続きを読む

半分ずつ飲むと多くなる?

0729今日は「もう半分」です。

原話は、興津要の説によると井原西鶴「本朝二十不孝」巻三の「当社の案内申す程をかし」とのことですが、
明確ではありません。
近年は志ん生師や今輔師が演じていました。
また、三代目三金馬師、十代目馬生師も演じました。
最近では小三治師や雲助師を始め多くの噺家さんが演じています。雲助師は舞台を本所林町に、
志ん生師は舞台を千住大橋で、その他は永代橋で演じています。
どちらも町外れと言う事ですね。

千住大橋の橋のたもとに、夫婦二人きりの小さな酒屋がありました。
こういうところなので、いい客も来ず、一年中貧乏暮らし。
その夜も、このところやって来る棒手振りの八百屋の爺さんが
「もう半分。へえもう半分」
と、銚子に半分ずつ何杯もお代わりし、礼を言って帰っていきます

この爺さん、鼻が高く目がギョロっとして、白髪まじり。
薄気味悪いが、常連なので相手をしています。

ある日、爺さんが帰った後、店の片づけをしていると、五十両入りの包みが置き忘れてある。
「ははあ、あの爺さん、だれかに金の使いでも頼まれたらしい。気の毒だから」
と、追いかけて届けてやろうとすると、女房が止める。

「わたしは身重で、もういつ産まれるかわからないから、金はいくらでもいる。
ただでさえ始終貧乏暮らしで、おまえさんだって嫌になったと言ってるじゃないか。
爺さんが取りにきたら、そんなものはなかったとしらばっくれりゃいいんだ。あたしにまかせておおきよ」

そう女房に強く言われれば、亭主、気がとがめながらも、言いなりになります。
そこへ、真っ青になった爺さんが飛び込んで来ます。
女房が「金の包みなんてそんなものはなかったよ」
と言っても、爺さんはあきらめません。

「この金は娘が自分を楽させるため、身を売って作ったもの。あれがなくては娘の手前、生きていられないので、どうか返してください」と泣いて頼んでも、
女房は聞く耳持たず追い返してしまいました。

亭主はさすがに気になって、とぼとぼ引き返していく爺さんの後を追ったが、
すでに遅く、千住大橋からドボーン。
身を投げてしまった。その時、篠つくような大雨がザザーッ。
「しまった、悪いことをしたッ」と思っても、後の祭り。
いやな心持ちで家に帰ると、まもなく女房が産気づき、産んだ子が男の子。
顔を見ると、歯が生えて白髪まじりで「もう半分」の爺さんそっくり。
それがギョロっとにらんだから、
女房は「ギャーッ」と叫んで、それっきりになってしまいました。

泣く泣く葬式を済ませた後、赤ん坊は丈夫に育ち、あの五十両を元手に店も新築して、
奉公人も置く身になったが、乳母が五日と居つきません。
何人目かに、訳を聞き出すと、赤ん坊が夜な夜な行灯の油をペロリペロリとなめるので
「こわくてこんな家にはいられない」と言うのです。

さてはと思ってその真夜中、棒を片手に見張っていると、丑三ツの鐘と同時に赤ん坊がヒョイと立ち、
行灯から油皿をペロペロ。
思わず
「こんちくしょうめッ」
と飛び出すと、赤ん坊がこっちを見て
「もう半分」

志ん生師はやや人情噺風に演じています。
方や今輔師は本格的な怪談噺として演じています。

千住には近年までやっちゃ場と魚河岸と両方ありましたが、やっちゃ場は花畑へ移りました。
今では魚河岸だけがあります。

演出の違いとしては、
永代橋版では酒屋の女房が妊娠するのは爺さんの自殺から数年後ですが、
千住大橋版では話の開始時にすでに臨月で直ぐに生まれます。
子供は永代橋版では女の子ですが、千住大橋版では男の子です。
等、細かい処が違っています。

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死神さんと仲良くなると涼しい?

01300000164178121619329788776今日は「死神」です。
去年の今頃もやりまして・・・進歩がないと言う事でご勘弁を・・・(^^)

昨日ですね、我が街からオリンピック水泳代表に渡部香生子さんという高校生が選ばれているのですが、
その応援風景をNHKが取材しているのです。
それは良いのですが、我が「静観亭」にも応援の弾幕が張ってありまして、それを撮影したいと言ってきました。
ついては、カメラの位置が駐車している私の仕事用の軽自動車が邪魔になる・・・というのです。
言い方が随分でしてねえ・・・・普通に云えば良いのになんと言うか慇懃無礼なんですね。
「撮影したいので、車を少しどけてくれますか?」で良いと思うのですがね。
それで周りに居たお客さん等は「TVって随分な言い方するのね!」と言ってました。
こちらはいつもの事なので、またかと思いましたが、初めての方には印象は良くなかったみたいですね。

それはそれとして、彼女には是非頑張って欲しいです。堀切小--堀切中と私の後輩でもあります。

で、落語のお話を・・・・・・
この噺は西洋の話を参考に圓朝師が創作した噺です。
元はグリム童話の『死神の名付け親』、またはイタリアの歌劇『クリスピーノと死神』とも言われています。

お金の算段も出来ずに女房に悪態をつかれて、家を飛び出してきた男。「死んじゃおうか」と思い始めている処に、「死に方を教えてあげようか」と死神が現れた。昔からお前とは因縁があるので、金儲けの方法を教えてやる、と言う。
「死神が病人の枕元に座っていたらそいつは助からない。また、反対に足元に座っていたら助かるから、呪文を唱えて追い払え」と言い、医者になるようアドバイスを与えて消えます。
その通りやると見事に当たります。やがて名医と呼ばれ沢山の富を築きますが、贅沢三昧でお金も無くなってしまいます。
再び医者をやるのですが、今度は上手く行きません。
困っているとさる大店からご隠居の治療を頼まれた。行ってみると死神は枕元にいるが、三千両の現金に目がくらんだ男は死神が居眠りしている間に布団を半回転させ、死神が足元に来たところで呪文を唱えてたたき出してしまいます。

大金をもらい、大喜びで家路を急ぐ男は途中で死神に捕まり大量のロウソクが揺らめく洞窟へと案内されます。

訊くとみんな人間の寿命だという。「じゃあ俺は?」と訊く男に、死神は今にも消えそうなろうそくを指差します。
曰く「お前は金に目がくらみ、自分の寿命をご隠居に売り渡したんだ」
ろうそくが消えればその人は死ぬ、パニックになった男は死神から渡されたロウソクを寿命に継ぎ足そうとしますが・・・・・
「ほら、消える!」「ほら早くしろ!」「ほ〜ら・・・・・・消えた!」

サゲに関しては色々な噺家さんが工夫していますね。
小三治師の様に風邪のくしゃみで消してしまうもの等色々あります。
みなさんはどれが好きですか?
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家来はどのあたり・・・・

jpg今日はこの時期にふさわしいかどうかですが「盃の殿様」です。

生粋の江戸落語ですが、原話その他、がハッキリとは分かってないそうです。
二代目柳家(禽語楼)小さん師の明治23年の速記(「殿様の廓通ひ」)を参考に、
六代目三遊亭円生が、十八番に仕上げた噺です。

今では、小満ん師や喜多八師等数多くの噺家さんが手がけますね。

心の病に臥せった大名が、花魁のの錦絵に興味を示しました。
大名が吉原に行くのは如何なものかと重役が協議をした結果、病気治癒のためなら止むを得ないということになり、三百人の行列で繰り出しました。
冷やかしのはずだったですが、殿様が花扇花魁に夢中になってしまい、それから、毎日のように吉原に通いましたが、ついに国表に戻る日が来ました。
 
国表に戻っても、花扇のことが忘れられず、江戸までの三百里を十日で往復するという藩内一番の速足、
足軽の早見東作に命じて、江戸の花扇に七合盃の使いに出しました。
 花扇は快く飲んで盃を返してくれました。
国に帰る途中で早見は、さる大名行列を妨げた廉で捕らわれ、詮議の結果、話を聞いた大名が感銘して、盃を空けて主君に返すように命じました。

国元に戻って子細を説明すると、殿様は「お手元が見事じゃ。もう一献と申してこい」と、殿様が盃を空け、
その大名に返盃をするように命じたのですが・・・・
 返盃を命じられても、どこの大名か分からず、早見は未だに日本中を探しているという・・・・

遊女の最高位である太夫は、松の位、大名道具などと呼ばれ、
一目顔を拝むだけでも十両はかかりました。
太夫は、享保年間(1716〜36)、吉原の遊女が三千人と言われた時代でも六,七人に過ぎません。

太夫に次ぐのが格子女郎で、元々この二つを併せた尊称が「花魁」と呼ばれました。
これは、禿が自分が付いている姉女郎を「おいらの姉さま」の意味で
「おいらん」と呼んだことからだとか。

ところが、宝暦7年ごろ、太夫も格子も絶えてしまい、繰り上がってその下だった散茶女郎が
トップに出て、昼三といって昼夜各三分、計一両二分の揚げ代で花魁と呼ばれるようになったそうです。

「遊女」という言葉は幕府公認の遊郭のいる女郎の事で、「遊郭」は幕府公許の遊里のみを指すので、
江戸では吉原以外にこの名称は許されなかったそうです。

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