はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2012年05月

変わった花器をしびんと言ってはイケない

img_942423_33093205_0今日は「しびん」です。
文楽師は花瓶」と言ってましたね。馬生師も文楽師が亡くなった後で高座に掛けました。
橘ノ圓都師等は『尿瓶の花活け』と題していました。

原話は、宝暦13年(1763年)に出版された笑話本「軽口太平楽」の一遍である「しびんの花活」です。
三代目円馬師が、大阪在住中に仕込み、東京風に直し、八代目文楽師が直伝で継承して十八番にしました。

とある道具屋にやってきた一人の侍。
店先に飾ってあった『ある物』に目を留め、「これは珍しいものだ」と主を呼びつける。
「これは珍しい花器(花瓶)である。買い求めたい」

…珍しいはずで、そいつの正体は花瓶ではなくて尿瓶。
道具屋もびっくりして、それは不浄の物だと汗だくになって説明するが、侍は一向に理解してくれない。
とうとう道具屋も面倒臭くなって、尿瓶を「世にまたとない名器」と売りつけてしまった。

屋敷に帰った侍。尿瓶を丁寧に磨き、花を活けて床の間に飾っていると、そこへ出入りの商人がやってくる。
商人が床の間に目をやって…驚いた。
「殿、それは尿瓶と申しまして、病人が下の用を足す特に使う不浄物でございます!」
騙されたと知った侍、烈火のごとく怒りだし、長い物を引っ掴むとものすごい勢いで屋敷を飛び出した。

一方こちらは道具屋。あれで良かったのかと考え込んでいると、さっきの侍が竜巻のごとき勢いで飛び込んでくる。
気づいたんだ…そう思った道具屋は、覚悟を決めると侍の前に平伏した。
「申し訳ありません。母が病でふせっておりまして、つい、出来心で…」
侍。何を思ったのかやおら刀を納めると「金はくれてやる」と言って帰ってしまった。
へなへなと屑折れる道具屋に、隣の店の親父が声をかける。

「よかったねぇ、道具屋さん。しかし…あの侍もいい人だねぇ、騙されたと知っても、金を返せって言わないんだから」

道具屋が「小便は出来ないよ。尿瓶は向こうにあるんだから…」

尿瓶と言うのは病人が小用をする時にトイレに行けない時に使うモノですね。
知らない方はいないと思いますが・・・・
サゲの、小便は「道具屋」でおなじみのネタですね。
道具屋の符牒で、注文をつけるだけ付け、結局買わずに帰る客の事または行為ですね。

この噺は文楽師の噺でも、隠れた十八番と云われ生前は東京では、師以外は演じませんでした。
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目の下三尺?いいえ足の下三寸

images今日は「柳の馬場」です。

中国・明代の笑話集「應諧録」中の小咄が原型とみられますが、詳しいことは判っていません。
明治期は四代目橘家円喬の名演が、いまだに語り草になっています。
幼時に見た六代目圓生師が語るには、円喬は座って演じているのに、杢市が枝にぶら下がった足先に、
本当に千尋の谷底が黒々と広がって見えたとか。
そのせいか、圓生師は、生涯この噺を手掛けませんでした。
また、初代圓左師が得意としたそうですが圓左師のは、ぶら下がった足先が直ぐに地面で、
お殿様がからかってる感じがよく出ていたそうです。どちらを取るかでしょうねえ。
一朝老人から正蔵師へ伝わりました。

治療の腕より口が達者な按摩の杢市ですが、ある旗本の殿さまのごひいきに預かり、
足げく揉み療治に通っているのですが、ある日、いつものように療治が終わってからのよもやま話で、
目の見えない人間をいじめる輩への怒りを訴えたところから口が滑って、自分はいささか武道の心得がある、
と、ホラを吹いてしまいました。
殿さまが感心したのでつい図に乗って、剣術は一刀流免許皆伝、柔術は起倒流免許皆伝、
槍術は宝蔵院流免許皆伝、薙刀は静流免許皆伝と、つい図に乗って仕舞います。
弓術は日置流免許皆伝と言ったら、殿様が「的も見えないそちが弓の名手とはちと腑に落ちんぞ」
と文句を言うと、そこは心眼で、とごまかします。

調子に乗り、ご当家は三河以来の馬術のお家柄なのに、りっぱな馬場がありながら馬がいないというのは惜しい、自分は馬術の免許皆伝もあるので、もし馬がいればどんな荒馬でも乗りこなしてみせるのに残念だ。
と言ったからさあ大変。
「実はこの間、友人の中根が『当家に馬がないのは御先祖にも申し訳あるまい。
拙者が見込んだ馬を連れてきてやろう』と言っていたが、
その馬が荒馬で、達人の中根自身も振り落とされてしまった。
きさまが免許皆伝であるのは幸い。一鞍責めてくれ」
こう言われてしまいました。

しかたなく、今のは全部うそで、講釈場で「免許皆伝」と流儀の名前だけを仕入れたことを薄情。
しかし、殿さまは
「身供に術を盗まれるのを心配してさようなことを申すのであろう」
と、全然取りあってくれない。
若侍たちにむりやり抱えられ、鞍の上に乗せられてしまいました。

馬場に向かって尻に鞭をピシッと当てられたからたまらず、馬はいきり立って杢市を振り落とそうとします。
半泣きになりながら必死にぶるさがって、馬場を半周ほどしたところに柳の大木が目に入ります。
この枝に慌てて飛びつくと、馬は杢市を残して走っていってしまいました。

「杢市、しっかとつかまって手を離すでない。その下は谷底じゃ。落ちれば助からん」
「ひえッ、助けてください」
「助けてやろう。明日の昼間までには足場が組めるだろう」

冗談じゃない。もう腕が抜けそうだ。

「長年のよしみ、妻子老母は当屋敷で養ってつかわす。心置きなく、いさぎよく死ね」
耐えきれなくなり「南無阿弥陀仏」と手を離すと、
地面と、足先ががたった三寸。

按摩と言う職業は揉み療治、鍼灸などを業とし、座頭の位がもらえて初めて営業を許されました。
盲人だけでなく、目が見える者も多く、その場合は座頭の資格ではなく、頭を丸めて医者と名乗っていたそうです。
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意趣返しを知らない人にも聴いて欲しいなぁ〜

0604_16今日は「石返し」です。

原話は不詳ですが、古い江戸落語です。三代目小さん師から四代目、七代目可楽師、そして五代目小さん師に継承されました。

また、この噺は、江戸から上方へ輸入され、戦後の最長老として上方落語復興に重きをなした橘ノ円都師(1883〜1972)から門弟の橘家円三に継承されました。

少しばかり頭が薄明状態の松公は夜なきそば屋のせがれですが、ちょっと頼り無いのです。
今夜は親父が、「疝気(せんき)が起こって商売に出られないから、代わりにおまえがそばを売って来い」
と、言われます。

そばのこしらえ方や、お愛想の言い方を一通りおさらいし、屋台のそば屋はなるたけさびしい場所の方が客が捕まる、火事場の傍だと野次馬が大勢集まっているからもうかりやすい
などといった秘訣を、いちいち教えられました。
頼りないながらも、最後に「そばあうううい」という売り声をなんとか親父が教え込み、
松公は商売に出かけた。

さあ、それからが大変。
なかなか「そばあうううい」と出てこないので、暗い所で練習しておけば明るい所でも大丈夫だろうと、
立小便の真っ最中の職人にいきなり「(そ)ばあー」とやってケンツクを食わされたり、
客が一杯くれと言うのに、明るいとこじゃ売れない、オレのそばが食いたきゃ墓場へ来い
とやったりして、相変わらず頭のネジは緩みっぱなし。

そのうちに、馬鹿にさびしい所に出たので、一段と声を張り上げると、
片側が石垣、片側がどぶとなっている大きな屋敷の上の方から侍が声を掛けました。

「総仕舞いにしてやるからそばと汁を別々に残らずここに入れろ」
と、上から鍋と徳利が下がってきたので、松公喜んで全部入れ、
と囃すうちに、そばは屋敷の中に消える。

代金をくれと言うと、石垣に沿って回ると門番の爺がいるから、それにもらえとのこと。
ところがその門番、あそこには人は住んでいない、それは狸で、鍋は金玉。
きさまは化かされたのだからあきらめろ、という。
狸が多分引っ越しそばでもあつらえたんだろうから、そんな代金を人間が払う義理はない、帰れ帰れ
と、六尺棒で追い立てられ、松公は泣きべそで戻って報告した。

親父は「あすこは番町鍋屋敷という所だ」と、屋台の看板を汁粉屋に書き換え、松公と一緒に現場へ行きます。
「しるこォ」と声を張り上げると、案の定呼び止められ、
鍋が下がってきたので、親父、そいつに石を入れ
「お待ち遠さま」
侍、引き上げて驚き
「おいっ、この石はなんだッ」
「さっきの石(意趣)返し」

幕末には、直参・陪臣を問わず、このような侍の食い逃げがまかり通っていました。
表長屋と呼ぶ江戸詰めの勤番侍の住居は、この噺の通り二階建てで、下は仲間・小者、二階に主人の住居でした。
「井戸の茶碗」等でも登場しますね。
また、石返し(いしがえし)」と云うのは、「意趣返し」(いしゅがえし)の洒落です。
え!、「意趣返し」が分からないって!?・・・・・・・・・そう云う人はそもそも落語は聴かないと思いますが、仕返しの事ですね。続きを読む

上手の手から水が漏れる・・・

_SL500_AA300_今日は「山号寺号」です。

この噺は別名『恵方参り』とも言います。
かなり古い噺で、かの京都で辻噺をしていた、初代露の五郎兵衛師までさかのぼります。
最近では八代目柳枝や談志師が演じていました。
今日の粗筋はその談志師のものです。
いくらでも新しいシャレが加えられるため演者によって自由自在で、今日の音源の市馬師は例によって歌を入れています。

幇間の一八が、贔屓の若旦那に出会いました。「若旦那どちらへ?」 「ちょっと観音様にお参りにな。」
「浅草寺ですな」「いや観音様だ」
「若旦那、観音様とおっしゃいますが、本当は、金龍山浅草寺って言うんですよ。成田山景徳寺とかいう具合に、どこにでも山号寺号ってものがあります」
 
「ほう、どこにでもあるのか? ここにもあるのなら一円のご祝儀をあげよう」
 「若旦那無茶を言っちゃいけませんや。お寺があればってことですが、せっかくだから考えましょうかね」
「車屋さん広小路ってのはどうですか? 山号寺号になってるでざんしょ」
「分かったよ、一円やるよ」

 この後、女将さん拭き掃除、乳母さん子が大事、床屋さん耳掃除、蕎麦屋さん卵とじ、と次から次と一円をせしめました。
 金がなくなった若旦那が、あたしもやってみたいね。そのお金をそっくり懐に入れて、
「一目散随徳寺」 「ああ、南無三仕損じ」

山号寺号とは、古くからある言葉遊びの一種で、江戸で名高い医者のあだ名を「医王山薬師寺」等と洒落て遊んだのだそうです。

幇間の一八は涙ぐましい努力ですが、若旦那の方が一枚上手でしたね。(^^)

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”きつね”違い

20040825003537今日は「今戸の狐」です。

江戸中期の名人・乾坤坊良斎(1769〜1860)が、自らの若いころの失敗話を弟子に聞かせたものをもとに創作したとされます。
良斎は神田松枝町で貸本屋を営んでいましたが、初代三笑亭可楽門下の噺家になり、のち講釈師に転じた人で、
本業の落語より創作に優れ、「白子屋政談」(髪結新三)等のの世話講談をものしました。

明治期の初代三遊亭円遊の速記が残りますが、戦後は五代目志ん生師しか演じ手がなかったそうです。
その後、馬生師と志ん朝師が継承して手掛けていたため、現在でもこの一門を中心に聴かれます。

安政のころ。乾坤坊(けんこんぼう)良斎というの噺家の弟子で、良輔という男。
どう考えても作者では食っていけないので、一つ噺家に転向しようと、大看板で、三題噺の名人とうたわれている初代・可楽に無理に頼み込み、弟子にしてもらいました。

ところが、修行は厳しいし、場末の寄席にしか出してもらえないので、食う物も食わず、これでは作者の方がましだったという体たらく。
内職をしたいが、師匠がやかましく、見つかればたちまちクビです。
もうこのままでは餓死しかねないありさまだから、背に腹は代えられなく内職を始めます。

「今戸焼」と言う素焼きの土器や人形の本場なので、器用な処で、今戸焼きの、狐の泥人形の彩色を、
こっそりアルバイトで始め、何とか糊口をしのいでいました。
良輔の家の筋向かいに、背負い小間物屋の家があり、そこのかみさんは千住(通称骨=コツ)の女郎上がりだが、なかなかの働き者で、これも何か手内職でもして家計の足しにしたいと考えていた矢先、
偶然、良輔が狐に色づけしているところを見て、外にしゃべられたくなければあたしにも教えてくれ
と強談判してきました。

仕方がないので、紹介し一生懸命やるうちにかみさんの腕も上がり、けっこう仕事が来るようになりました。

一方、可楽の家では、師匠の供をして夜遅く帰宅した前座の乃楽が、夜中に寄席でクジを売って貰った金を、
楽しみに勘定していると、軒下に雨宿りに飛び込んできたのが、グズ虎という遊び人です。
博打に負けてすってんてんにされ、腐ってると、前座の金を数える音が聞こえてきたので、
これはてっきりバクチを開帳していると思い込み、これは金になると思い込みます。

翌朝、可楽のところに押しかけ、お宅では夜遅く狐チョボイチをなさっているようだが、
しゃべられたくなかったら金を少々お借り申したいと、強請ます。
これを聞いていた乃楽、虎があまりキツネキツネというので勘違いし、
家ではそんなものはない、狐ができているのは今戸の良輔という兄弟子のところだと教える。

乃楽から道を聞き出し、今戸までやって来た虎、早速、良輔に談じ込むが、どうも話がかみ合わない。
「どうでえ。オレにいくらかこしらえてもらいてえんだが」
「まとまっていないと、どうも」
「けっこうだねえ。どこでできてんだ?」
「戸棚ん中です」
ガラリと開けると、中に泥の狐がズラリ。
「なんだ、こりゃあ?」
「狐でござんす」
「間抜けめっ、オレが探してんのは、骨の寨だっ」
「コツ(千住)の妻なら、お向こうのおかみさんです」

狐チョボイチとは、寨を三つ使い、一個が金を張った目と一致すれば掛け金が戻り、二個一致すれば倍、
三個全て一致すれば四倍となるという、ギャンブル性の強いバクチです。

江戸時代の寄席では、中入りの時、
前座がアルバイトで十五、六文のくじを売りにきたもので、
前座の貴重な収入源でした。
明治になり圓朝師が前座に定給を与える事にして、この制度を辞めさせました。
ちなみにクジがあったのは東京だけで、上方はボリと言うシステムがありました。
ボリとは、噺家が普段の噺とは違い、特別な噺をするので別にお客から少額の金額を募る制度です。
生半可な腕では客はソッポを向いてしまうので、噺家にとっては真剣だった様です。
どうしてもお金が入用な時等にやったそうです。
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