はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2011年12月

10_title今日は芝居噺「双蝶々」です。
 この話は三遊亭圓朝作と言われていますが、それ以前からあったとも言われます。道具仕立てで演じられました。歌舞伎の同名の話とは違います。
一朝老人から教わった圓生師や正蔵師が高座に掛けました。特に正蔵師は道具自仕立てで演じました。

長い噺なので、大雑把に粗筋を書いてみます。
長吉は幼い頃から悪さばかりしていたため、早くに奉公に出されます。
長吉は生来の小狡さから、奉公先では気が利く者として溶け込みます。
しかし長吉は裏では盗みを働いており、盗みの現場を店の番頭に見られてしまいます。
長吉の盗みを目撃した番頭は店へ戻って長吉の部屋を調べたところ、高価な品が多数出てきたので驚きます。
番頭は帰ってきた長吉を呼びつけ、盗みを働いていることを白状させます。
長吉が盗みを白状するや、番頭は花魁の身請けをするために大金が必要だからと、長吉に店の百両を盗むよう強要すします。

長吉はしかたなく言われた通りに、仮病を使い奥に入り込み、タンスの薬箱ならぬお金を引き抜き、薬をもらって引き下がってきます。
盗んだ金を番頭にむざむざ持っていかれるのが惜しくなり、待ち合せの場所で番頭を殺し、奥州路に逃げようかと独り言を言っているのを小僧の定吉に聞かれてしまいました。
口封じのために、定吉を首を絞めて殺してしまいます。その後番頭との約束の九つの鐘を聞いて逐電してしまいます。

正直・長兵衛夫婦は倅の悪事を知り、世間に顔向けが出来ないと、長屋を引き払って流転の日々を送る日々です。
遂に長兵衛は腰が立たない病になってしまい、内職だけでは病人を養っていけず、お光は内緒で袖乞いをして一文二文の銭を稼ぎ、なんとか食い繋いで生きます。
そこへ、たまたま奥州石巻から父の様子を探しに出てきた長吉の袖を引き、二人はひさびさの対面を果しますす。
長吉は子供の時分、お前に辛く当たったのも親父を取られたように思ったからで、今では申し訳無いと思っているんだ、と話します。
腰の立たない父を見舞い、50両の金を渡し元気で暮らすように言いますが、長兵衛は悪事から手を洗えと言葉を重ねたが、最後は長吉をゆるし、涙ながらに今生の別れを告げます。
長兵衛はもらい物の羽織を渡し、江戸から無事出られるようにと願うのでした。
雪の降る中、後ろ髪を引かれる思いで長屋を去った長吉は、吾妻橋を渡るところでついに追手に取り囲まれ、御用となるのでした。

現役では雲助師と弟子の馬石さん、それに正蔵師の芝居噺を受けつだ、正雀師が演じています。
それにあの、喬太郎師も演じてるのです。あの、と言っては失礼ですね。(^^)




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6a0120a61e06de970c0120a61e072e970c-800wi今日は「ねぎまの殿様」です。
今日のタイトルは殆どの方には?だったと思います。「魔法先生ネギま」と言うアニメがありまして・・・そこから思いついたのですが・・すいません。

ここから真面目にやります!
明治時代に、先々代立川談志師の作を今輔師が直した噺です。ある意味新作落語なのかもしれませんが、同じ時期に出来た圓朝師のは噺が古典扱いされてるので、こちらも古典でいいのかもしれません。
「目黒のさんま」と同じたぐいの噺ですが、こちらは余り高座には掛けられません。
最近は志ん輔師が演じる様です。

あるお殿様、三太夫を連れて向島の雪見にお忍びで出掛けました。
本郷三丁目から筑波おろしの北風の中、馬に乗って湯島切り通しを下って上野広小路に出てきますと、ここにはバラック建ての煮売り屋が軒を連ねています。
冬の寒い最中でどの店も、”はま鍋”、”ねぎま”、”深川鍋”などの小鍋仕立ての料理がいい匂いを発していますので、殿様 その匂いにつられて、下々の料理屋だからと止めるのも聞かず、一軒の煮売り屋に入って仕舞います。
醤油樽を床几(しょうぎ)がわりに座ったが、何を注文して良いのか分かりません。
小僧の早口が殿様にはチンプンカンプンで、隣の客が食べているものを見て聞くと”ねぎま”だと言うが、殿様には「にゃ〜」としか聞こえません。
さて、ねぎまが運ばれ見てみると、マグロ は骨や血合いが混ざってぶつ切りで、ネギも青いところも入った小鍋でした。
三色で三毛猫の様に殿様には見えたのですが、食べるとネギの芯が鉄砲のように口の中で飛んだので驚き。
酒を注文すると、並は36文、ダリは40文で、ダリは灘の生一本だからというので、ダリを頼みます。
結局向島には行かず、2本呑んで気持ちよく屋敷に戻ってしまった。
 その様な食べ物を食べたと分かると問題になるので、ご内聞にと言う事になったが、この味が忘れられぬ有様です。

 昼の料理の一品だけは殿様の食べたいものを所望できたので、役目の留太夫が聞きに行くと「にゃ〜」だと言います。
聞き返す事も出来ず悩んでいると、三太夫に「ねぎまの事である」と教えられます。
料理番も驚いたが気を遣って、マグロは賽の目に切って蒸かして脂ぬきし、ネギは茹でてしまった。
それで作った”ねぎま”だから美味い訳はないのです。
「灰色のこれは『にゃ〜』ではない」の一言で、ブツのマグロとネギの青いところと白いところの入った 本格的な三毛(ミケ)の”ねぎま”が出来てきた。満足ついでにダリを所望。
三太夫に聞いて燗を持参。大変ご満足の殿様、
 「留太夫、座っていては面白くない。醤油樽をもて」。

江戸時代の中頃まではマグロは江戸っ子はあまり食べなかった様です。
鮨が発明されて、ヅケが流行ると赤身は好んで食べられる様になりましたが、トロは捨てていました。
つい戦前まではそうだった様です。
そこで、このトロや筋の多い部分をぶつ切りにしてネギの青味とで小鍋仕立てにしたのが「ねぎま鍋」です。
やや醤油を効かせた味は東京ならではの味ですね。
私も好きです。きょうは「ねぎま」にしますか!

小鍋仕立てとは、小さな鍋に二種類くらいの材料を入れてさっと煮て食べる料理の形態で、粋な食べ物ですね。
小鍋の向こう側に美人でもいれば、なお美味しく戴けますね。(^^)続きを読む

img057今日は昨日、届いた「東京かわら版」新年1月号より話題を拾ってみたいと思います。

表紙は御覧の通り、あした順子師と内海桂子会長です。
インタビューもこのお二人。お二人で浅草の思い出やら話していますが、あの順子師が桂子師には敬語を使ってる!と言うのが新鮮です。凄いなぁ〜
桂子師匠は順子師のお父さん世代なんだそうです。(芸歴とした世代)
なら、当たり前ですね。今はAKB48と言うユニットを組んで活動されていますからね。
AKB48の意味は、あした順子のA、内海桂子のK、ばばあのB、シワだらけの48、と言う意味だそうです。
何時までもお元気で高座に立っていてくださいね。

巻頭の、落語と私は板尾創路さんで、この度の映画「月光ノ仮面」の事ですね。何でも落語をテーマにした映画だそうで、「粗忽長屋」がベースになっているとか。映画の中でも噺が登場するそうです。

立川談志公式追悼盤 「家元自薦ベスト」の広告が載ってます。
これは先日のお別れ会で配布されたやつですね。
演目は「やかん」2007.12.8、「天災」2008.2.29の二席二枚組で税込3150円でキントトレーベルから発売です。
詳しくは、www.danshi.co.jp か www.kintoto.com 迄

「七十年はひと昔」は歌六師匠です。実家がなんとレコード店」だったそうで、小さい頃から落語のレコードを聴いていたそうで、それもあって収集しだしたとか。昭和三十年代にSpからLPに変わる頃は面白い様に古いレコードが中古屋に集まったので、簡単に入手できたそうです。

そして、いつものように、演芸クイズが載ってます。
堀井ちゃんのコナーは、談志師のデータで、ひとり会での演目の多さとかやってます。
若手の紹介は、芸協の桂才紫さんですね。最近結構寄席に出ています。

「本日のお題」 噺の紹介コーナーは「袈裟御前」です。
TV,ラジオの演芸番組の紹介ですが、お正月なので、色々あります。
書き切れないので、ラジオから少し取り上げると。
元旦 文化放送 13-14時 「桂吉坊の会」 が放送されます。最近結構いい!と噂を聞きますね。どうなんだろう?
NHKは、1.3.4と深夜1時台で落語を放送します。1.右團治.駿菊.3.紅.松鯉.4松鯉.となっています。

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botefurisakanaya今日は暮れの噺の大作、「芝浜」です。
この噺は三代目三木助師によって飛躍的に有名になりました。
原作は三遊亭圓朝師で、三題噺からの創作と言われています。
三題噺のお題は、「よっぱらい」と「皮財布」と「芝浜」と言われていますが諸説あります。

魚屋の勝は酒におぼれ、仕事に身が入らぬ日々が続く。ある朝早く、女房に叩き起こされ、嫌々ながら芝の魚市場に向かいますが時間が早過ぎたため市場がまだ開いていません。
誰も居ない芝浜の美しい浜辺で顔を洗って煙管を吹かしていると、そこで偶然に財布を見つけます。
開けると中には目を剥く程の大金。有頂天の魚屋は自宅に飛び帰り、仲間を呼んで浮かれ気分で大酒を呑む始末。

翌日、二日酔いで起き出た魚屋に女房、こんなに呑んで酒代をどうするのか、と亭主に言います。
勝は拾った財布の件を躍起になって訴えるが、女房は、そんなものは知らない、と言う。
焦った勝は家中を引っ繰り返して財布を探すが、何処にも無い。勝は愕然として、ついに財布の件を夢と諦める。
なんて情けない夢を見たのだと思い、酒を断ち、心を入れ替えて真剣に働き出します。

懸命に働いた末、生活も安定し、身代も増え、やがていっぱしの定店を構えることが出来た三年後の大晦日の夜、勝は妻に対してその献身をねぎらい、頭を下げる。ここで、女房は魚屋に例の財布を見せ、じつは・・・と、告白をはじめます。

あの日、夫から拾った大金を見せられた妻は困惑しました。と言うのも、横領すれば当時は死罪にあたります。
(江戸時代では10両(後期は7両2分)盗むと死罪です)
長屋の大家と相談した結果、大家は財布を拾得物として役所に届け、妻は夫の大酔に乗じて「財布なぞ最初から拾ってない」と言い切り夢と言う事にしました。
時が経っても遂に落とし主が現れなかったため、役所から拾い主の魚屋に財布の大金が下げ渡されたのでした。

この真相を知った勝はしかし、妻の背信を責めることはなく、道を踏外しそうになった自分を助け、真人間へと立直らせてくれた妻の機転に強く感謝する。妻は懸命に頑張ってきた夫の労をねぎらい、久し振りに酒でも、と勧める。はじめは拒んだ魚屋だったが、やがておずおずと杯を手にする。「うん、そうだな、じゃあ、呑むとするか」しかし思い立った勝、次には杯を置く。

「よそう。また夢になるといけねぇ」

三木助師の噺が有名になったのは、安藤鶴夫先生の宣伝もあったそうですが、噺に日の出の様子をいれた描写は当時は新鮮だったのでしょうね。
私の個人的な意見ですが、その為、勝っあんのだらしなさが少しスポイルされてしまうと思いますが、
如何でしょう・・・

あと、この女房の描き方が色々な噺家さんで変わってきますね。
有名なのは談志師で、原作通りだと「できすぎ」と言う事で、告白の時に「騙して申し訳無い」と心から謝罪して涙を流す、偉ぶらない妻として描いています。そして女房を可愛く演じていますね。(その後何回も変えましたがw)

個人的ですが、人情の機敏さの本筋さえきちんと押さえていれば、噺としては良いのではないかと思いますね。
緻密な構成と人情味、そして素晴らしい女房だったら幸せですね。続きを読む

小鍋豚2-1今日は「鍋草履」と言う噺です。

芝居茶屋の若い衆が誂えの鍋を梯子段の下へ置き、幕が閉まるのを待っていたが、
舞台で上演中で出入り止めになっていて、客のところへ鍋を持って行く事ができない、仕方なくその幕が終わるまで芝居見物を決め込みます。
ところが、そこへ降りて来た客が、鍋へ足を突っ込んでしまいます。
「知らぬが仏、見ぬもの清」だから、そのまま食べさせてしまえと言われ、そのまま持って行ってしまいます。

お客は遅いとイライラしながら待っています。そこへ持ってきたので、早速食べる事にします。
中身はと見ると、崩し豆腐に崩し魚と変わってるが中々のいい味。
食べ進むに連れて、何やら硬いものがあります。
そこへ、先ほどの男がやってきます。若い衆が何事かと聞くと「鍋の中の草履を取りに来た」

この噺は、初代圓右師の録音が残されていますが、長らくやり手がなかった噺を、現芸協会長の歌丸師が復活させた噺です。今では歌丸一門はもとより、芸協の若手も演目に掛けます。

当時の芝居見物は飲み食いしながらの見物で、注目の場面になると真剣に見物するというスタイルだったそうです。
その為、薄暗い場内で見栄をはる顔を良く見るため、顔を照らす黒子さんもいました。
そういう時等に掛け声が掛かったようです。
ですから、中村仲蔵等は、一発決めたのに、シーンとしてる場内をみて、「やりそこなった」と感じたのでしょう。

この噺は、芝居茶屋の若い衆が止められてるので、忠臣蔵の四段目あたりでしょうか?


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