はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

2011年09月

今日も志ん朝師匠で・・・「柳田格之進」

0929今日も志ん朝師で行きます。
お判りかとも思いますが、10/1までは続きます。すいませんね・・・どうも(^^)

誇り高い武士の生きざまを描いた人情噺の傑作とされています。
私は志ん生師が講談から持って来たと思っていたのですが、三代目春風亭柳枝師が得意としたとの記実もありますので、よく判りませんが他の方の速記等は残っていない様なので、戦後は志ん生師の独壇場でした。
その子、馬生師と志ん朝師に受け継がれました。
変わった所では圓楽師が、、越前屋がお花を身請けし、久兵衛とめあわせた上、産まれた長男が越前屋を、
次男が柳田家を継ぐというハッピーエンドで終わらせています。

根の城主井伊氏のご家来で柳田格之進という文武両道に優れ品性正しく潔癖な浪人がいた。
正直すぎて人に疎まれて浪人をしていて、浅草阿倍川町の裏長屋に娘”きぬ”と二人で住んでいた。
娘の助言で碁会所に顔を出すと、馬道一丁目に住んでいる質屋、万屋源兵衛と気が合っていつも二人で対局をしていた。
それなら私の家でと言うことになり、万屋源兵衛の家のはなれで指すようになっていた。
終わると二人は一献傾けて楽しんでいた。そのような毎日を過ごしていたが、8月15日、中秋の名月十五夜の晩に月見としゃれながら夢中で指して、
一杯ご馳走になり帰ってきた。万屋源兵衛の店ではその晩に集金したばっかりの50両の金子が紛失して仕舞います。
二人が指している時に無くなったのだから、相手の柳田様が「もしかしたら・・」と番頭が言うのを振り切って話を納めた主人だが、収まらないのは番頭・徳兵衛。
 番頭の一心で、翌日柳田の長屋を訪ねて、事の次第を話し、「もしかしたら柳田様がご存じかと・・」「拙者が盗んだというのか」「思い違いではと・・」「私はどんなことがあっても、人の物を盗むという事はない!」「お上に届けて裁いてもらいますが・・」「それでは私が50両作りましょう。明日昼に来なさい」。
番頭が帰った後、娘の忠告で「裁きになれば潔白は晴れるが、その汚名は拭えないので、腹を切る」と言うところ、「私が身を沈めてお金を作ります」。
 翌日番頭に50両を渡し「その金ではないので、後日金が出たらどうする」「そんなことはないが、その時は私と主人源兵衛の首を差し上げます」。その事を源兵衛に報告すると、源兵衛は謝りに番頭を連れて安倍川町の裏長屋に来てみると、すでに柳田は家を引き払った後であった。落胆して戻る源兵衛。
 店の者にも、出入りの者にも頼んで柳田を捜したが見つからなかった。
 煤払いの日、額縁の裏から50両が出てきた。「そうすると、あの柳田様の50両は・・・」。
どんなことがあってもと源兵衛は柳田様を捜させた。が、その年は見つからなかった。
 年が改まって、4日、山の手の年始挨拶に番頭は出入りの頭を連れての帰り道、雪が降り始めた湯島の切り通しにさしかかった。
その時、籠屋をいたわって歩いて坂を登ってくる侍が目に入ります。
蛇の目傘の内の贅沢なこしらえが目に止まって、見とれてやり過ごそうとしたその時、侍から声をかけられます。
何とその侍が柳田格之進で、今では300石に取り上がられていると言います。
「湯島の境内に良い店があるから」と連れて行くが番頭は閻魔様に連れて行かれるようで人心地もしない。
店で50両が見つかったことを話し、許しを請うが、明日昼頃万屋に伺うので、体をよく洗って置けと言い残します。
 翌朝、源兵衛は番頭を使いに出して、柳田を迎え非礼を詫びたが、使いに出ないで待っていた番頭は「私がしたことだから」と主人をかばうが、娘の手前勘弁出来ないと二人を並べて切り捨てる。
床の間の碁盤が真っ二つになって二人は一命を取り留めます。
二人の主従の真心が心に響いて手元が狂ったと言います。
 さっそく、半蔵松葉から”きぬ”さんを身請けしてきて、娘に詫びたが、娘も父上の為ならと快く応じます。
 前よりも柳田と源兵衛は深い付き合いをするようになった。番頭の徳兵衛ときぬは夫婦となり万屋の夫婦養子になりめでたく収まったが、二人は仲が良くてまもなく男の子を産んだ。その男の子を柳田が引き取り、家名を継がせたと言う「柳田の堪忍袋の一席」でした。

演者によって最後の型は色々あります。娘さんが気が触れてしまったり、亡くなっていたりと悲しい終わり方をさせる噺家さんもいますが、志ん朝師はハッピ−エンドに終わらせています。
このほうが後味はいいですね。
それから、柳田格之進の名前も角之進と表す時もあります。
そんな違いも楽しみの一つですね。(^^)

追伸・・・桂小金治さんが、引退宣言をしたそうです。
桂小金治さん突然の引退宣言続きを読む

もう一つの幸兵衛「搗屋幸兵衛」

shincho今日も志ん朝師匠からみで行きます。(^^)

で、「搗屋幸兵衛」と言う「小言幸兵衛」の姉妹編の様な噺です。
落語のかなりの解説本には、「元々はひとつの噺であったが、後に分かれた」
みたいな事が書いてありますが、本当にそうだったのか?仕立て屋
あるいは、最初から姉妹編として出来たのではないか?
なんて考えてみたいと思います。

あらすじは・・・
 家主の幸兵衛が、今朝も長屋を一回りして、小言を言って家に戻ると、空家を借りたいと男が訪ねて来た。仕事は搗米屋だというので、以前あの部屋には搗米屋がいて、その隣に自分が暮らしていたと思い出話を始めた。
 最初に結婚した嫁は働き過ぎて体を壊した。死に際に妹を後添いにと頼まれて妹と再婚したが、死んだ姉が私を恨んでいると言い出した。姉の位牌が朝になると後ろを向いている。妹はこれを気に病んで死んでしまった。死後、朝になると二人の位牌が揃って後ろを向いている。さては狸の仕業かと、寝ずの番をしたが、空が白んでも何にも起きない。隣の搗米屋が起きて仕事を始めて米を搗く音が響き出した。ドスンという度に位牌が少しずつ回り、やがて位牌が真後ろを向いた。
 最初の嫁は病気だから仕方ないとしても妹はこれを気に病んで死んでいったのだから、搗米屋に殺されたようなもんだ。
「やい搗米屋、嫁の仇、そこへ直れ!」

とまあ、あちらは、「豆腐屋」さんと「仕立て屋」と「鍛冶屋」さんが出てきて、噺の展開も変わって面白いのですが、こちらは「搗米屋」さんだけ、そこに幸兵衛さんが因果を含んだ話をしていくと言う筋ですが、どうなんでしょうね。
どうも、あちらの幸兵衛さんは陽気ですが、こちらは妙に陰気ですよね。その辺もなんかすっきりし無いのです。
私の考えすぎなのかもしれません。
でもこれが、一本の噺だったら、一時間を超える噺になりますね。それに同じ様な展開で結局貸さないで噺が進んで行くと言う余り美味しく無い展開で、しかも”くどい”と感じますよね。
皆さんもこの2つの噺を続けて聴きたくなるでしょうか?
そのら辺も引っかかりますね。
でも、ちゃんと資料が残っているのでしょうね。私は読んだ事ありませんが、評論家の方はちゃんと研究済みなんでしょうね。
それから、「搗屋幸兵衛」の方の幸兵衛さんですが、志ん生師はやや陽気に演じています。
逆に志ん朝師はややウエットに演じていますね。そこも面白いです。
この二っ共持ちネタにしていたのは志ん朝師位ですかね?他に居るのかしら・・・

麻布の古川と言う所は、当時は当時江戸の中心から見れば、江戸外れの草深い僻地です。
それもそのはず、江戸市内の外れにやっと入っている所でしたから、空き家の一つや二っつあってもおかしく無いですね。続きを読む

もうすぐ志ん朝師匠の命日ですね

0927-2もうすぐ志ん朝師匠の10回目の命日がやって来ますね。
2001年21世紀の始まった年に師匠はお亡くなりになりました。
今でも達者でいたら、どんな高座を見せてくれたかと思うと残念でなりません。

一昨日の日曜日の朝、文化放送でたい平さんの番組で、志ん朝師の27歳の時の「紙入れ」の録音が流れましたが、良かったですねえ。
若い頃の少し甘い声が何とも心地よく、噺の世界に我々を誘ってくれました。
私がニコにUpしてある29歳の時の「火焔太鼓」でもそうでしたが、既に完成されているのが凄いですね。
何回も聴き直して仕舞いました。(^^)

文化放送からも没後10年と言う事なので、新しいCDセットが発売されますが、ファンには楽しみですね。
こいいうのって、後からバラ売りしてくれませんかねえ〜ホント、いつもそう思います。

志ん朝師が亡くなって追悼番組が数多く放送されましたが、そのかなりはネットにUPされていましたので、ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、私も、”没後10年と言う事”なので、
2001年10月13日にNHKラジオ第一放送で放送された追悼番組をニコにUPしました。

志ん五師と小朝師が色々と語っています。
番組の性質上お二人とも声が沈んでいますが、それにしても小朝師の沈み様は只事ではありません。
そんな所も注意してお聴き下さい。
いまではその志ん五師も鬼籍に入られてしまって、時の流れを感じさせずにはおられませんね。
続きを読む

浅草演芸ホール9月下席6日目昼の部

9610041325370_結球萵苣昨日は前から浅草に行くつもりだったのですが、朝起きたら妻の具合が悪い!
医者に行かせたり、銀行の用事等替りを努めて、食事の仕度をして、時計をみるともう12時間近!
妻を寝かせておいた方が良いと思い、やはり出掛けました。w
着くと、菊春さんが「浮世床」を終わる所でした。続いてさん吉師がいつもの漫談。
順子さんのピンの高座の踊りの相手が何とやえ馬くん!芸達者になりましたね(^^)そう思ったら11月に二つ目だそうで、おめでとうございます。おそらく一番見てきた前座さんだろうなぁ〜。
三三さんが「権助提灯」でこの噺こんなに面白かったかな?と言う位笑わせて貰いました。

お次が今日の個人的には目玉の菊龍師匠で演目は大変珍しい「萵苣医者」でした。
出の時に「待ってました!」と声を掛けたけど二階席だったから届いたかどうか?
本当は楽屋に祝儀でも持って訪れれば良いのでしょうが・・・すいませんね。師匠!
でも出来はとても良かったと思いました。口跡がいいから、噺が淀みなく進みますね。
くすぐりも受けていたし、正直もっと寄席に呼ばれても良いかと思いました。

勝丸さんの太神楽で、次が喜多八師で「短命」でした。もうねお客が期待してるのが判りますね。「短命」ってこんなに面白い噺だったのですね。
圓蔵師の代演で歌司師で軽く漫談でしたが爆笑でした。
ロケット団さんの後は菊志んさんで「相撲場風景」でかの松鶴師が「ジョロジョロ〜」とやったヤツです。
馬風師が歌のメドレーで「峠の唄」と言うのかな?美空ひばりさんのメドレーとか唄ばかりでしたね。
仲入り後の食いつきは白鳥さんで「山奥寿司」。
遊平、かおりさんの後が権太楼師で「代書屋」でしたが、丁寧に演じていましたね。もう鉄板ですからね。
文楽師「看板のピン」で正楽師の紙切りでしたが、何だか調子が悪いような?お題を間違えて切ったり(わざとかな?)いつもと少し違う感じでした。
トリは菊之丞さんで「幇間腹」でした。
マクラもタップリと演じてくれました。
ここで、帰宅しました。
出演者といい、演目といい、満足な日でした。(^^)続きを読む

権兵衛さんに髭をあたってもらおう!

img_562680_35954594_0今日は少し時期的に遅くなって仕舞いましたが、「権兵衛狸」です。
やっと涼しくなってきたので、この噺もいいでしょうね。

 田舎に住む権兵衛の家には、夜な夜な若い者が集まって、いろいろな話をして帰る。
 ある夜、みんなが帰ってから「権兵衛、権兵衛」と戸を叩く者がいるが、戸を開けると誰もいない。
狸の仕業だと踏んだ権兵衛が、戸を叩くタイミングに合わせて、勢いよく戸を開けると狸が転がり込んで来た。
取っ組み合いの末に狸をふん縛り、天井から吊るしておいた。翌日、訪れた村人が、狸汁にして革は襟巻きにしようと言うが、今日は父親の命日だから殺生はせず、逃がしてやるという。
 ただ逃がしたのではまた悪さをするから、躾のために背中と頭の毛を刈り取った。
背中に夜風が滲みたら悪さをしちゃ行けないと思い出せ、と逃がしてやった。
 夜になると「権兵衛さん、権兵衛さん」と、また狸がやってきた。今度は何のようだと尋ねると
「今夜は、髭をやっておくんなせぇ」

民話の様な噺ですが、れっきとした東京落語です。最近では上方でも演じられています。
志ん生師は王子の在として演じています。

でもね、この噺の最大の謎は、そもそも狸は何の用で権兵衛さんの所に来たのか?
恩返し?
権兵衛さんは「悪さぶちにやって来た」と言ってますが、年中こんな事があったのでしょうか?
それなら、最初から捕まえそうですが・・・
それから、この地方では狸は狸汁にするのがデフォなんですね(^^)
美味しいのか?狸汁。
熊は食べた事あるけど・・・・・続きを読む
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