079103c9『おせつ徳三郎 』
今日は人情噺の大作のこの噺です。かなり前に「花見小僧」と「刀屋」とに分けて記事にしましたが、今回はまとめてみました。

書いた通り、前半を「花見小僧」後半を「刀屋」とに分かれて演じられる噺です。

【原話】
 江戸時代の末にに活躍した初代春風亭柳枝師の作の人情噺です。
長い噺なので、古くから上下または上中下に分けて演じられることが多く、小僧の定吉(長松とも)が白状し、徳三郎が暇を出されるくだりまでが「上」で、別題を「花見小僧」と言います。
 後半の刀屋の部分以後が「下」で、これは人情噺風に「刀屋」と題して独立して演じられています。このように前半を「花見小僧」として分けて演じたのは初代圓遊師だそうです。

【ストーリー】
ある大店の一人娘の”おせつ”が何回見合いをしてもいい返事をしません。
それは”おせつ”と”徳三郎”という店の若い者と深い仲になっているらしいと御注進。
本人や婆やさんに聞いても話はしないだろうから。主人は花見の時期に娘と徳三郎にお供をした小僧から二人の様子を聞き出そうとします。
しかし小僧も利口者で簡単には口を開きません。
「子供の物忘れはお灸が一番」
 と足を出させ、宿りを年2回から毎月やるし、小遣いを増やしてやるからと、少しずつ口を開かせました。
 去年の春のことで忘れたと言いながら、白状するには、
「婆やさんと四人で柳橋の船宿に行きました。お嬢さんと徳どんは二階に上がり、徳どんは見違えるような良い着物を着ていました。船に乗って隅田川を上り、向島・三囲の土手に上がりました。その先は忘れました」
「そんなこと言うとお灸だ」 
「それじゃ〜、花見をしながら植半で食事をしました。会席料理で同じお膳が四つでました。みんなからクワイをもらってお腹がイッパイになったところに、『散歩しておいで』と婆やさんに言われましたが、お腹が苦しくて動けませんと言いました。そしたら、お嬢さんにも怒られ、おとつぁんのお土産に『長命寺の前の山本で桜餅を買っておいで!』と言われました。
 帰ってくると酔った婆やさんだけで二人は居ません。
『お嬢さんは”しゃく”が起きたので奥の座敷でお休みになっている』
 と言うので、行こうとすると
『お前は行かなくても良い、お嬢さんのしゃくは徳どんに限るんだよ。本当に気が利かないんだから』
 と言われ、
『はは〜ぁ、そうかと』
 と、ピーンときました。
 それから外に出て庭にいると、二人が離れから出てきました。お嬢さんは
『徳や、いつもはお嬢様、お嬢様と言っているが、今日からは”おせつ”と言っておくれ』
 そうすると徳どんは
『そんなこと言われても、お嬢様はお嬢様、そのように言わせてもらいます』
『おせつですよ』
『お嬢様ですよ』
 なんて、じゃれあっていました」
 と、顛末を全てしゃべってしまいました。
 ご主人はカンカンに怒って、おしゃべり小僧には約束の休みも小遣いも与えず、徳三郎には暇が出て、叔父さんの所に預けられます。

ここまでが「花見小僧」でこの後、徳三郎がどうするかが「刀屋」になります。

 徳三郎は、店のお嬢さんおせつといい仲になったが、それが主人の知るところとなり暇を出され、いまは叔母さんのところに身を寄せています。
ある日のこと、おせつに縁談が持ち上がり、今日が婿取りの日だと聞いた徳三郎は居ても立ってもいられず店を飛び出します。
向かった先は日本橋村松町で、ここには刀屋が軒を並べています。
ある一軒の店に飛び込んだ徳三郎は「二人切れる刀がほしい」と言って刀を吟味するのですが、おせつと一緒になれないのなら、婿取りの席に飛び込んでおせつを殺し、自らも自害する覚悟だったのです。
 苦労人の刀屋の親父は徳三郎の様子を見てこれは尋常でないとすぐに察し、世間話を装って、徳三郎の真意をうまく聞き出します。
「これは友達の話だ」
 と断って我が身の上を語った徳三郎に、刀屋の親父は
「女を殺すのが仕返しじゃない。死ぬ気で働き、お店の倍の身上をこしらえ、もっといい女を嫁にすればそれが仕返しだ」
 と諭すが徳三郎の耳には入りません。そこへ町内の衆が飛び込んでくる。伊勢屋の娘おせつが婚礼直前に家を飛び出し、行方不明になったと言う。それを聞いた徳三郎は血相を変え両国橋へと行きます。
 お嬢さんに申し訳ないと飛び込もうとしたちょうどそこへ、おせつが、同じように死のうとして駆けてきます。
 追手が追っていて、せっぱつまった二人、深川の木場まで逃げ、橋にかかると、どうでこの世で添えない体と、「南無阿弥陀仏」といきたいところですが、おせつの宗旨が法華だから
「覚悟はよいか」
「ナムミョウホウレンゲッキョ」
と間抜けな蛙のように唱え、サンブと川に。
ところが、木場だから下は筏が一面にもやってあり、その上に落っこちて、
「おや、なぜ死ねないんだろう?」
「今のお材木(題目)で助かった」

【演者】
演者としては「花見小僧」は七代目正蔵師、五代目小さん師などが演じています。また後半の「刀屋」は圓生師や志ん生師、志ん朝師、馬生師などが演じています。

【注目点】
サゲは、初代柳枝の原作では、おせつの父親と番頭が駆けつけ、
最後の「お材木」は父親のセリフになっていますが、圓生師も「刀屋」でこれを踏襲しました。
このオチは名人圓喬師が作ったと言われています。
なお、「お材木で助かった」という地口オチは、圓朝作「鰍沢」のそれと同じですが、もちろん、この噺の方が先です。
こうしたオチが作られるくらい、江戸には法華宗信者が多かったのでしょうね。

『ネタ』
明治期の古い速記としては、原作にもっとも忠実な三代目柳枝師のもの(「お節徳三郎連理の梅枝」)、明治26年ほか、「上」のみでは二代目(禽語楼)柳家小さん(「恋の仮名文」)、明治23年。初代三遊亭円遊(「隅田の馴染め」)、明治22年。
「下」のみでは三遊亭新朝(明治23年)、初代三遊亭円右(不明)のものが残されています。
 また、当時の日本橋村松町と、向かいの久松町(現・中央区東日本橋一丁目)には刀剣商が軒を並べていました。噺の通りだったそうです。


※一時閉鎖していた「落語千字寄席」さんが「落語あらすじ事典 web千字寄席」として復活しましたね。
めでたいです。私のブログを凌ぐサイトですので参考にしてください。