vol_disc14『花見酒 』
桜も開花したのでこの噺です。

【原話】
昔から小咄として扱われていたのもが一席になったようです、四代目圓蔵師や初代市馬師の型が今に伝わっています。

【ストーリー】
幼なじみの二人が、向島の桜が満開という評判なので
「ひとつ花見に繰り出そうじゃねえか」と、話がまとまります。
でも、あいにく二人とも金がありません。

そこで兄貴分がイイ事を考えます。
横丁の酒屋の番頭に灘の生一本を三升借り込んで花見の場所に行き、小びしゃく一杯十銭で売るというのです。
酒のみは、酒がなくなるとすぐに飲みたくなるので、へべれけになっているところに売りに行けば必ず売れるというのです。
「そしてな、もうけた金で改めて一杯やろう」
虫の良い考えです。

そうと決まれば桜の散らないうちにと、二人は樽を差し担いで、向島に行きます。
二人で担いでいると、弟分は後棒で風下だから、樽の酒の匂いがプーンとしてきて、もうたまらなくなります。
商売物なのでタダでもらったら悪いから、
「兄貴、一杯売ってくれ」と言いだして、十銭払ってグビリグビリ。
それを見ていた兄貴分ものみたくなり、やっぱり十銭出してグイーッ。
俺ももう一杯、じゃまた俺も、それ一杯もう一杯とやっているうちに、
三升の樽酒はもう空っぽです。
そして、二人はもうグデングデン。

酔いながらも何とか向島迄やってきました。
見ると桜が満開です。
「感心だねえ。このごった返している中を酒を売りにくるとは。
けれど、二人とも酔っぱらってるのはどうしたわけだろう」
「なーに、このくらいいい酒だというのを見せているのさ」
おもしろい趣向だから買ってみようということで、客が寄ってくるのですが・・・

肝心の酒が、樽を斜めにしようが、どうしようが、まるっきり空。
「いけねえ兄貴、酒は全部売り切れちまった」
「えー、お気の毒さま。またどうぞ」またどうぞも何もありません。

客があきれて帰ってしまうと、まだ酔っぱらっている二人、売り上げの勘定をしようと、
財布を樽の中にあけてみると、チャリーンと音がして十銭銀貨一枚。
品物が三升売れちまって、売り上げが十銭しかねえというのは? 

「馬鹿野郎、考えてみれば当たり前だ。
あすこでオレが一杯、ちょっと行っててめえが一杯。
またあすこでオレが一杯買って、またあすこでてめえが一杯買った。
十銭の銭が行ったり来たりしているうちに、三升の酒をみんな二人でのんじまったんだあ」
「あ、そうか。そりゃムダがねえや」


【演者】
私が若い頃は寄席でも結構掛かりましたが今では、それほどでもありませんね。
馬生師や芸協の小圓馬師がよくやりましたね。

【注目点】
1962年に出版され、話題になった笠信太郎著「"花見酒"の経済」からは、
 高度経済成長の真っ只中、馴れ合いで銭が二人の間を行ったり来たりするだけのこの噺を一つの寓話として、当局の手厚い保護下で、資本が同じところをぐるぐる廻るだけの日本経済のもろさを指摘していますが、今となっては、その馴れ合いでの銭さへ無くなっていますね。そこへ今回のコロナショックでどうなりますやら……。

『ネタ』
向島の桜は八代吉宗公の時に飛鳥山等と同時に植えられました。
ちなみに、この時紅葉も楽しもうと、楓やもみじも各地に植えたそうです。
今でも吾妻橋から桜橋迄の間で楽しめます。