IMG_89872『稽古屋』
今日はこの噺です。
【原話】
今は絶滅したといっていい、音曲噺(おんぎょくばなし)の名残りをとどめた、貴重な噺です。音曲噺とは、高座で実際に落語家が、義太夫、常磐津、端唄などを、下座の三味線付きで賑やかに演じながら進めていく形式の噺で、昔は噺家出身の”音曲師”と呼ばれる方がこの噺とか「豊竹屋」等を演じていました

【ストーリー】
少し間の抜けた男、隠居のところに、女にもてるうまい方法はないかと聞きに来ます。
「おまえさんのは、顔ってえよりガオだね。女ができる顔じゃねえ。鼻の穴が上向いてて、煙草の煙が上ェ出て行く」
そう云われ、顔でダメなら金。
「金なら、ありますよ」
「いくら持ってんの?」
「しゃべったら、おまえさん、あたしを絞め殺す」
「何を言ってんだよ」
お婆さんがいるから言いにくい、というから、わざわざ湯に出させ、猫まで追い出して、
「さあ、言ってごらん」
「三十銭」
どうしようもありません。
隠居、こうなれば、人にまねのできない隠し芸で勝負するよりないと、横丁の音曲の師匠に弟子入りするよう勧めます。
「だけどもね、そういうとこィ稽古に行くには、無手じゃ行かれない」
「薪ざっぽ持って」
「けんかするんじゃない。膝突ィ持ってくんだ」
膝突き、つまり入門料。
強引に隠居に二円借りて出かけてい来ます。
押しかけられた師匠、芸事の経験はあるかと聞けば、女郎買いと勘違いして「初会」と答えるし、
何をやりたいかと尋ねてもトンチンカンで要領を得ないので頭を抱えるが、とりあえず清元の「喜撰」を
ということになりました。
「世辞で丸めて浮気でこねて、小町桜のながめに飽かぬ……」と、最初のところをやらせてみると、まるっきり調子っ外れ。
これは初めてでは無理かもしれないと、短い「すりばち」という上方唄の本を貸し、持って帰って、高いところへ上がって三日ばかり、大きな声で練習するように、そうすれば声がふっ切れるから
と言い聞かせます。
「えー、海山を、越えてこの世に住みなれて、煙が立つる……ってとこは肝(高調子)になりますから、声をずーっと上げてくださいよ」と細かい指示を出されます。
男はその晩、高いところはないかとキョロキョロ探した挙げ句、大屋根のてっぺんによじ登って、早速声を張り上げます。大声で
「煙が立つゥ、煙が立つーゥ」とがなっているので、近所の連中が驚いて
「おい辰っつあん、あんな高え屋根ェ上がって、煙が立つって言ってるぜ」
「しようがねえな。このごろは毎晩だね。おーい、火事はどこだー」
「煙が立つゥー」
「だから、火事はどこなんだよォー」
「海山越えて」
「そんなに遠いんじゃ、オレは(見に)行かねえ」

【演者】
かっては音曲師の三桝屋勝次郎師や三遊亭圓若等の師匠が有名だったそうです。
志ん生師や志ん朝も演じていましたね。
上方では文枝師が有名ですね。米團治師もやっています。
「豊竹屋」は山遊亭の噺なのでしょうか、圓生師や一門の圓丈師も演じています。

【注目点】
東京の型でも上方の型でもお師匠さん(女性)を上手く演じられないと駄目ですね。
芸協に居た小文治師などは見事でした。

『能書』
本来は自分で三味線を持たず扇子を持って高座に登場し、下座の伴奏に合わせて歌ったそうです。
元が噺家なので噺の部分もきっちりとやっていたそうです。

『ネタ』
ここに登場するのは、義太夫、長唄、清元、常磐津と何でもござれの「五目の師匠」です。
「五目講釈」という噺もありますが、「五目」は上方ことばでゴミのことで、
転じて、色々なものがごちゃごちゃ、ショウウインドウのように並んでいる様をいう様です。
こういう師匠は、邦楽のデパートのようなもので、、蕎麦屋なのに天丼もカツ丼も出す(大抵の蕎麦屋はそうですが)という類の店と同じく、素人向きに広く浅く、何でも教え、町内では重宝がられたそうです。