eafc1b0c『宿屋の富』
 寒くなって参りました。秋はすぐに過ぎ去り冬がやって来ますね。
皆様は如何お過ごしでしょうか? と言う訳で「宿屋の富」です。上方では「高津の富」ですね。有名な噺です。

【原話】
上方落語の『高津の富』を、3代目小さん師が東京に移植しました。
元は1861年の桂松光師の根多帳「風流昔噺」からだそうです。

【ストーリー】
馬喰町の、あるはやらない宿屋。
そこに飛び込んできた客が、家には奉公人が五百人いて、あちこちの大名に二万両、三万両と貸しているの、
漬物に千両箱を十乗せて沢庵石にしている等と好き放題に言うのを宿屋の主人はすっかり信じてしまいます。
そこで、自分は富くじを売っているのだが、最後の一枚が売れないので買ってくれとせがみます。
 さっきの手前、断る事もできず、泣けなしの一分で富くじを買ってしまいます。
どうせ、当たらないと思い,当たったら半分あげる等と約束してしまいます。
「あれだけ大きなことを吹いたから、当分宿賃の催促はねえだろう。飲むだけ呑んで食うだけ食ったら逃げちゃおう」と開き直ります。
 次の日、男は出かけますが、行く宛もありません。宿の女将には、「二万両返しにくる大名があるので、断ってくる」と言って宿をでました。なんとなく湯島天神の方に足が向来ます。そこでは、丁度、富くじの突き富の日です。境内では一攫千金を夢見る輩が、ああだこうだと勝手な熱を吹いています。
 ある男は、自分は昨夜夢枕に立った神様と交渉して、二番富に当たることになっているので
「当たったら一反の財布を作って、五百両を細かくして入れ、吉原へ行くんだ」
と、なじみみの女郎を口説いて、大散財し、女郎を身請けするんだと言う始末。
「それでおまえさん、当たらなかったらどうすんの」
「うどん食って寝ちまう」
 そのうち、いよいよ寺社奉行立ち会いの上富の抽選開始です。
二番富が当たると言っていた男ですが、肝心の二番富野番号が「辰の2347」で、男の番号が「辰の2341」という具合で、一番違いそれも「いち、と、しち」の違いなので、ひっくり返って仕舞いました。
 男も皆が帰った後ブラブラとやってきましたが、当たり番号をみて、
「オレのが子の千三百六十五番。少しの違いだな……ん?」
「うーん、子の、三百六十五番……三百六十五……うわっ、当たったッ、ウーン」
ショックで寒気がし、そのまま宿へ帰ると、二階で蒲団かぶってブルブル震えてる始末です。
 旅籠のおやじも、後から会場に来て番号を見て、当たりなので大喜び。
早速宿に帰り、「あたあた、ああたの富、千両、当たりましたッ」
「うるせえなあ、貧乏人は。千両ばかりで、こんなにガタガタ……おまえ、座敷ィ下駄履いて上がってきやがったな。情けないやつだね」
「えー、お客さま、下で祝いの支度ができております。一杯おあがんなさい」
「いいよォ、千両っぱかりで」
「そんなこと言わずに」
と、ぱっと蒲団をめくると、客は草履をはいたままでした……。

【演者】
これはもう古今亭志ん生師と柳家小さん師が双璧ですね。個人的には境内の描写で志ん生師のが好きですね。

【注目点】
柳家は、椙森(すぎのもり)神社、古今亭は湯島神社で演じています。
上方では宿屋は北船場大川町(江戸は日本橋馬喰町)で、神社は大阪市中央区にある高津神社となっています。ここは「高倉狐」「崇徳院」の舞台にもなりました。
又、古くから大坂の人々の文化の中心として賑わっていたそうです。

『能書』
話芸として優れているなぁ〜と感じるのは、二番富の抽選の時の口調ですねえ。
「おんとみ〜子の〜」と言う場面で、実際はああもユックリでは無いのに、
志ん生師の優れた口調によりその男の心境になってしまう事ですね。
最後の七番と一番の違いまでこちらを惹きつけてやみません。(^^)

『ネタ』
実際、千両富と言うのは余り無かった様で、有っても札の額が高いので、
職人やひとり商人は高額すぎて買えず、10枚、20枚と分割して売り出す者も居たそうです。後はお金を出しあって共同購入とか、盛んだった様ですね。
今もそうですね。共同で買って、当たったら山分けとかね。
 また、噺では期限まで待てば全額貰えると言っていますが、実際は寄付として一割から二割は取られたそうです。
また、次回の札を五両位は買わされたとか。
 ウマイ話はそうそう無いと言う落ちでした。