359d258c『辰巳の辻占』
今日は「辰巳の辻占」です。秋の噺かは余り良く判りませんが、まあそこは……。

【原話】
元話は、宝永2年(1705)刊の初代露の五郎兵衛師が書いた「露休置土産」中の「心中の大筈者」と言う話です。
これが「辻占茶屋」と言う上方落語になりまして、明治の頃に東京に移されまして「辰巳の辻占」となりました。
お内容な趣向の噺に「星野屋」がありますが、これはれっきとした江戸落語です。

【ストーリー】
 道楽者の猪之助が、おじさんのところに金の無心に来ます。辰巳(深川)の静という女郎に首ったけで、どうしても身請けをして女房にしたいが、三百円の金が要るという。
 つい今し方猪之助の母親が来て、さんざん泣いて帰ったばかりなので、その手前、説教はしてみたものの、このおじさん、若いころ少しはその道に覚えのある身で、言って聞かせても当人がのぼせていて、どうにもならないと見て取ると、金を出す前に女の料簡を試してみろと、一計を授けます。
 翌日、猪之助がいやに深刻な顔で見世に現れます。
「どうしたの」
「実は借金が返せねえので、おじさんの判をちょろまかして金を融通したのがバレて、赤い着物を着なくちゃならねえ。この上は、死ぬよりほかないので、別れに来た」
「まあ、おまはんが死ぬなら、あたしも一緒に」
 行きがかり上、そう言うしかしかたがない。
「それでいつ?」
「今晩」
「あら、ちょいと早過ぎるワ。日延べはできないの」
「できない」
 ……しまったと思ってももう遅く、その夜二人で大川にドカンボコンと身を投げることになってしまいました。
 吾妻橋まで来て、二人でやりあっても拉致があきません。静の方はいやいやながらなので、南無阿弥陀仏ひい〜のふう〜のみと数えても飛び込みません。少し離れた処で、南無阿弥陀仏と声だけはやたら大きく、身代わりに石を川へドボーン。
 男の方は、その音を聞いててっきり静が飛び込んだと思い込み、大変なことをしでかしたと青くなる。
「どのみち、オレは泳げねえ、ぢいいち仕組んだおじさんが全部悪いんだから」
 ……どうしようかと迷ううち、こちらも石があるのに気が付いて、
「……えい、そうだ。静、オレも行くからな……。悪く思うなよ」
 やっぱり同じように身代わりに、石をドボーン。
 静はこれを聞いて、
「あーら、飛び込んだわ。あの馬鹿が。あー寒い。帰ろうっと」
 両方がそろそろっと、練れて寒さに震えながら戻ってくると、見世の看板の行燈の前で、バッタリ。
「あっ、てめえ、静」
「あーら、猪之はん。ご機嫌よう、お久しぶり、
「何が『お久しぶり』だ!」
「だって〜娑婆(しゃば)で会って以来じゃないか」

【演者】
歴代の名手に、4代目圓喬師、3代目三木助師や10代目馬生師等がいます。上方では文枝師が良かったですね。

【注目点】
噺の設定で、猪之が無人に当たり、大金が入ったので、静がその金をよこす様に云う設定もあります。
相方の名は「お玉」とも「紅梅」とも替ります。

『能書』
辻占とは、「辻占菓子」の事で、せんべい、饅頭などの中に、恋占いのおみくじを入れたもので、
遊里の茶屋などのサービス品でした。
今だとフォーチュンクッキーですね。

『ネタ』
オチの言葉は遊里の里言葉で、「久しぶり」の意味があります。
世間を娑婆に見立てての言葉です。