20180324103548『粗忽の釘』
引っ越しの噺なので春なのではと思いやってみる事にしました。

【原話】
1807年の「滑稽集」の「となりのくぎぬキ」からです。

【ストーリー】
引っ越しの当日、女房は早くに着いてあらかた片付けも済んだところへ、大きな風呂敷包みを背負った粗忽な亭主が大汗をかきながらやっと到着します。
 女房にホウキを横にしておくともめ事が絶えないので「釘を一本打ってホウキを掛けたい」
と頼まれた亭主は釘を打つのですが、六寸もある瓦釘をことも有ろうに壁へ打ち込んでしまいます。
 「お隣に釘の先が出てて、着物を破いたりケガをしたりするといけないから」
と女房に言われ、粗忽な亭主は謝りに行きまが、最初に行った家がお向かいさんで、
「路地を乗り越えて来る釘なんてありませんよ」と言われやっと違うと気がつく始末。

女房に「落ち着けば一人前」と言われ、隣家へ行きますが、煙草を一服してから、
話出しましたが、釘の事はどこへやら、自分と女房の馴れ初めを惚気る始末です。
「いったい、あなた、家に何の用でいらしたんです」と聞かれて、ようやく用件を思い出します。

そして釘の事を話しますが、調べてもらうと、仏壇の阿弥陀様の頭の上に釘。
「お宅じゃ、ここに箒をかけますか?」と、トンチンカンなことを言うので、
「あなたはそんなにそそっかしくて、よく暮らしていけますね。ご家内は何人で?」
「へえ、女房と七十八になるおやじに、いけねえ、中気で寝てるんで・・・・忘れてきた」
「親を忘れてくる人がありますか」
「いえ、酔っぱらうと、ときどき我を忘れます」

【演者】
この噺は上方では「宿替え」ですね。米朝師をはじめ、枝雀師の十八番でした。
東京では「粗忽の釘」です。又の名を「我忘れ」です。
先代小さん師が得意にしていましたが、ほとんどのは噺家さんが演じてると思います。
同じ粗忽物に比べると、比較的演じやすいのかも知れませんね。

【注目点】
六代目柳橋先生は本来のサゲである「我を忘れます」でサゲていますね。その他の噺家さんは殆ど「明日からここにホウキを掛けに来なくちゃいけねえ」でサゲています

『能書』
江戸時代の引越しは、違う町に移る場合は、新しい大家が当人の名前、職業、年齢、家族構成など
すべてを町名主に届け、名主が人別帳に記載して、奉行所に届ける仕組みになっていたそうです。
また、店を新しく借りる場合は、身元の保障人が必要でした。
場合に寄っては、元の大家にちゃんと前借り等を精算した上で保証人になって貰う事もあった様です。
この辺は今でもシステム上は余り変わりませんね。
戸籍の届出と保証人ですね。

『ネタ』
亡くなった夢楽師は師匠の命令で三代目小圓朝師から稽古をつけて貰ったそうです。
「好き勝手に崩して出来る噺ではありません。粗忽な亭主を与太郎みたいに演じる者がいますが、以ての外です。きちんと『我を忘れます』まで稽古をつけて貰いました」
 と語っています。