bea37174 東京は、お盆も終わりました。本格的な夏(既にかなり暑いですが)がやって来ます。
『唐茄子屋政談』
今日は夏の人情噺の傑作です。良い噺です。

【原話】
古い噺で、講釈からの落語になったようです。上方落語にも演題は違いますが同じ様な噺があります「南京政談」と言う様です。多少違っている様ですが、元は同じ講釈の「大岡政談」だと思います。

【ストーリー】
道楽が過ぎた若旦那、勘当されても「お天道さまと米の飯はついて回る」とうそぶいて反省の色がありません。
ころがりこんだ先の友人たちからも見放され、親戚を頼っても相手にされず、とうとう宿無同然となって吾妻橋から身投げしようとするところを、偶然通りかかった叔父に止められます。

「お、叔父さん……! お願いです、助けてください」「なァんだ、てめえか……止めるんじゃなかった。さ、飛び込みな」口では散々悪態をつくものの、その実甥の行方を心配し続けていた叔父の家に連れて行かれた若旦那は、心を入れ替えて何でも叔父のいう事を聞くと約束をします。

翌日若旦那は叔父に言われて天秤棒を肩に、慣れない唐茄子の行商を始めるのですが、肩に食い込む重さのあまりに「人殺しィ!」と荷を投げだす始末です。
通りかかった人たちの情けで唐茄子を買ってもらい、今更ながらに人情の温かさを味わいます。、売り声の稽古をしようと吉原田舗に来かかると、ついつい花魁との甘い思い出に浸って一人で惚気てしまう若旦那でした。

気を取り直した若旦那は、その内に誓願寺店を通りかかり、ぼろをまとってはいるがどこか品のあるおかみさんに呼び止められて唐茄子を売ります。
夫は浪人で今は遠くで行商をしているが、うまくいかないのか送金が滞っているという。
この身の上話を聞き同情した若旦那は、お腹をすかせた子供に自身の弁当を食べさせ、「おあしはいりませんから、ここにわずかながらお金があるんで、これを差し上げます。これで何か買ってくださいまし。」
と唐茄子の売り上げを無理強いに渡して去ります。涙を流して喜ぶ母子ですが・・・

入れ違いにきた因業な大家が、「店賃としてもらっておくよ。」と取り上げてしまいます。そうとは知らない若旦那、家に帰って叔父に売り上げを差し上げた事を言うのですが、
「お前、そんな嘘をついてどうする。」と信じてもらえませんので、やむなく、叔父ともども誓願寺店に来ます。

昼間と様子が違い、蜂の巣をつついた騒ぎです。
訳を聞くと、件の母子が、親切な人から恵んでもらったお金を大家に取られたことを苦に心中を図ったというのです。
幸い母子とも無事だったが、怒った若旦那は大家を殴り長屋の者も加勢する。裁きの末、大家はきついおとがめを受け、母子は叔父の持っている長屋へ引き取られ、若旦那は奉行から青差五貫文の賞金とお褒めを受け勘当も許されるのでした。


【演者】
明治期では初代円右師や三代目小さん師という三遊派、柳派を代表する名人が得意にしました。
最近では圓生師、志ん生師、等名人が演じています。
個人的には志ん朝師のが好きですね。

【注目点】
その昔は母子とも助からずに亡くなってしまう設定でした。
落語研究会での圓生師はこの辺を曖昧にしています。
最近の演者はほとんど助かる演出だと思いますが、助からない演出でやってる方もいますね。確か先代の圓楽師は助からない演出だったかな?
また、かなり古くから政談の部分は演じられて無いと言う事です。と言うか落語にした時に政談の部分を落としてしまったのでは? と思います。

母子が亡くなってしまうと言う設定も、善行の難しさを表していて良いと言う評価もある様ですが、今の観客にはきつい設定なんでしょうね。

『能書』
談志師が「人情八百屋」と言う噺を残しています。元は浪曲で、春日清鶴と言う方の「頭と八百屋」から落語にしたそうです。その浪曲の元はやはり講談の大岡政談の「伊勢の初旅」の冒頭だと言う事です。
あらすじは書きませんが、かなり似ている設定です。多少違うしオチもついています。

『ネタ』
長い噺です。たっぷり演じると一時間はかかる噺です。その為、寄席では前半の若旦那が浅草田圃でのろける所で切ることが多かったそうです。志ん生師や金馬師もその切った音源が残っています。