image1122『火事息子』
今年も12月の中旬を過ぎようとしています。木枯らしも吹き。冬真っ盛りですね。そんな季節を感じさせてくれる噺です。
【原話】
かなり古くから演じられている噺です。
1801年の「笑いの友」の中の「恩愛」あたりか?
【ストーリー】
 神田の質屋の若旦那は子供の頃から火事が大好きで、火消しになりたくて頭の元へ頼みにいくが、ヤクザな家業には向かないと断られ、どこも引き受けてくれません。
仕方なく火消し屋敷に入り、手首の先まで入れ墨をして、当然家は勘当されます。
 質屋の近くで火事が発生し土蔵の目塗りをすることにしたが左官が来てくれないので、番頭が梯子に登り、素人細工をするがうまくいきません。
そこへ、屋根から屋根を飛び越えて臥煙が駆けつけて、手伝ってくれたので、やがて鎮火し、駆けつけてくれた臥煙にお礼をいうことになったが、何と実は勘当した息子でした。
 親父は冷たい態度を取りますが、母親は嬉しくって、結城の着物をあげようしますが、父親は捨てろといいます。
目の前に捨てれば拾っていくだろうとの親心。
「よく言ってくれなすった、箪笥ごと捨てましょう、お小遣いは千両も捨てて……」
しまいには、この子は小さいころから色白で黒が似合うから、
黒羽二重の紋付きを着せて、小僧を供に……
黒羽二重を着せてどこに行かせるのか、と父親。
火事のお陰で会えたのだから、火元にお礼に行かせましょう。

【演者】
この噺は「芝浜」と並んで三代目三木助師が得意とした噺です。他には六代目圓生師、八代目正蔵師が演じていました。
九代目文治師が正蔵師に稽古を付けて貰ったのに、圓生師の型で演じて居るのを見た正蔵師が尋ねると、文治師は「だって稲荷町のはつまらないから・・」と言ったそうです。
笑いの少ない人情噺的な噺です。

【注目点】
親子の情愛を描いた噺ですが、くどく無くお涙頂戴に溺れる事もなく、割合さらっとした演出ですが、番頭さんの気持ち、母親の気持ちそれに父親の情愛が交わって、味わい深い噺になっています。
初代圓右師がその名人ぶりを見せたそうですが、志ん生師や正蔵師、圓生師はきっと若い自分にその高座を見たのでしょうねえ・・・どのような高座だったか、気になりますね。

『能書』
徳三郎は町火消ではなく、臥煙(がえん)になりました。、
身分は旗本の抱え中間(武家奉公人)で、飯田橋のほか、10か所に火消屋敷という本拠がありました。
もっぱら大名、旗本屋敷のみの鎮火にあたり、平時は大部屋で起居して、一種の治外法権のもとに、
博徒を引き入れて賭博を開帳していたため、その命知らずとガラの悪さとともに、町民の評判は最悪でした。

『ネタ』
亡くなった古今亭志ん五師が若い頃の噺ですが、正蔵師と圓生師と両方から稽古を付けて貰ったので、その場、その場で使いわけていたのですが、ある時正蔵師に見つかってしまい、言い訳したそうです。
でも、その後でやはり「だって林家のは面白くないんだもの」と言ったとか。