fc-topimg今日は「ふぐ鍋」です。
原作は十返舎一九で、落語にしたのは2代目林家染丸師だそうです。

ある商家の旦那が、一杯やろうと支度をしていたところに、
知り合いの男が顔を出した。
旦那「ちょうど飲もうと思っていたところだ…相手になってくれ」と男を誘う。
愛想のいい男は、旦那、おかみさん、女中、はては飼い猫にまでヨイショして、 出された地酒や、塩辛の味も褒め上げる。

そうこうするうちに、かねて用意の鍋が、良い具合に煮立ってきた。
「これは何の鍋でしょう?」と客人…旦那『これはテツだ』
「テツと言いますと?」…『河豚だ』

答えを聞くと、男の様子は一変…当たるのが怖いから、一口も食べようとしない。
旦那も旦那で、先に食べるのは怖い…
お互いに薦め合うが…どちらも先に食べるのはイヤで…
箸は進まない。

ちょうどその時、勝手口に物貰いがやってきた。
『そんなら、あいつに食べさせて、具合を見てやれ』
旦那は、物貰いに河豚鍋を食べさせて、安全かどうか確認することを思いついた。
『そら…よろしいな』と、少し分け与える。

頃合い由と…様子を見にやると…何でもない…
まずは大丈夫と、二人で鍋を平らげた。と、そこへ物貰いがやってきて…
「旦那さん方…大丈夫ですか? …大丈夫な・よ・う・で…なら、ゆっくり頂きます」

とまあ皮肉なオチですが、昔は素人でも調理できたのでかなり中毒が多かったそうです。
で、上方では「鉄砲」とも言いまして、当たったら死ぬ、と言う事だそうです。

この度ふぐ免許が無くてもふぐを飲食店で販売できる様になりました(東京都)
これは講習会を受けて、届けが必要です。
しかも捌いたのを購入して加工販売するだけです。

最も江戸時代、ふぐは刺身じゃなく鍋で食べられていました。
しかも味噌仕立てが多かったそうです。

先日、浅草で三遊亭遊史郎さんでこの噺を聴きました。
小南師で聴いてください

2代目 桂小南(1920年1月2日 - 1996年5月4日)本名: 谷田金次郎、出囃子は『野崎』
、1939年、3代目三遊亭金馬の内弟子となり、山遊亭金太郎
1951年、定席の高座に出るために金馬の口利きで2代目桂小文治の身内となる
1958年9月、2代目桂小南を襲名して真打