90629e88-s今日は怪談噺「妲己のお百」を談志師で聴いて戴きます。
去年もやったんですが、年に一度位はこう云う趣向も良かろうと思いましてね。

実は「妲己のお百」とあだ名されるとんでもない悪女は、今は美濃屋の”こさん”として女主人になっている。
そこへ元は芸者で目を患っている”みねき”ちが、娘”およし”を預けにくる。”こさん”の勧めで”みねきち”は医者にかかって泊まりの養生をすることになったが、そのあいだに”こさん”は一芝居打って”およし”を吉原に売り飛ばしてしまった。
 いったん美濃屋に戻った”みねきち”は「”およし”に会いたい」と言うが、こさんは適当な言い訳で誤魔化して先延ばしにする。再び目が悪くなり、物音がする度に”およし”のことを言うので、バレる前に昔の仲間の重吉を雇って殺してしまうことにする・・・

悪い女ですねえ、自分の事しか考えていないという性格で、この後の殺しの場面は凄い迫力があります。
談志師匠怪談噺として、音源を残してくれていますが、さすがに良いです。
最も最後に照れるのがカワイイです(^^)

妲己のお百とは
「妲己」は中国殷王朝末期の妃で、悪女の代名詞的存在とされました。狂言作者・河竹黙阿弥の「妲己のお百」で知られる吉原の遊女、毒婦のお百が生まれました。秋田藩佐竹家の御家騒動に絡んで夫の那珂忠左衛門は斬罪となり、彼女はその後転変の人生を送ります。その転変ぶりは「秋田杉直物語」や「増補秋田蕗」などで彼女の性格を拡大して描かれ、京・大阪・江戸をへめぐった淫婦として、妲妃の名前を冠して講談「妲妃のお百」となり、歌舞伎化されました。

稀代の悪女って事なんですね。

※ 本日上方落語の笑福亭松喬師がガンのためお亡くなりになられました62歳でした。
若すぎますね。これから大輪の華が咲くという時期でしたのに……
心よりご冥福をお祈り致します。南無……

立川 談志(1936年(昭和11年)1月2日 - 2011年(平成23年)11月21日)、落語立川流家元。本名、松岡 克由
1952年 - 東京高校を中退し、4月の16歳で5代目柳家小さんに入門。本名の「克由」の一字を取って、
柳家小よし と名乗る。
1954年 - 3月に二つ目昇進し柳家小ゑんに改名
1963年 - 4月に立川談志を襲名し、真打に昇進。
1971年 - 第9回参議院議員通常選挙に全国区から無所属で初当選。直後に自由民主党(自民党)に入党。
1983年 - 落語協会真打昇進試験制度運用を巡って落語協会会長で、師匠小さんと対立
、83年落語協会を脱会し落語立川流を創設、家元となる。
2011年11月21日14時24分、家族に看取られて死去。死因は喉頭癌[75歳没。