Sarutahikonookamishikishiえ〜、明日が今年2回目の「庚申」の日なので、今日は「更新待」を取り上げます。

この噺はまず、「庚申待」と言う風習を知らないと判らないので、そこから簡単に説明します。

庚申の日に神仏を祀って徹夜をする行事で、宵庚申、おさる待ちなどともいうそうです。
庚申待は通常、村単位など集団で行われ、その集り(講)のことを庚申講、庚申会、お日待ちなどと言います。
何故、徹夜をするのかと言うと、WiKiによると、

人間の頭と腹と足には三尸(さんし)の虫(彭侯子・彭常子・命児子)がいて、いつもその人の悪事を監視しているという。三尸の虫は庚申の日の夜の寝ている間に天に登って天帝(「閻魔大王」とも言う)に日頃の行いを報告し、罪状によっては寿命が縮められたり、その人の死後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕とされると言われていた。そこで、三尸の虫が天に登れないようにするため、この夜は村中の人達が集まって神々を祀り、その後、寝ずに酒盛りなどをして夜を明かした。これが庚申待である。

だそうです。その告げ口をする神様が神道では、猿田彦で仏教では帝釈天や青面金剛だという事ですので、
これらの神様を祀って、一晩中飲み食いや楽しい話をして過ごした風習で、江戸時代に栄えました。
その昔は、宮中でも詩歌、作文、碁などをして遊び、管弦を楽しみ、夜明け頃下賜品を賜って退出するのが常だったそうです。

で、粗筋は・・・・・
 信心深い日本橋馬喰町、旅籠の主・大黒屋金兵衛は年に一度庚申待の為に客を泊めないで
 町内の人を集めて夜通しの行事を行っています。(了解を得た人は泊めています)
集まった人たちは面白い話をして、夜を明かすのですが、どうもあまり面白く無い話ばかり・・・

そこで、町内の熊さんが、とっておきの話を始めます。
それは――10年前に、往来で体調を崩したお爺さんに出くわした時に、懐の金目当てにお爺さんを殺して、
懐の200両を奪ってしまった・・・という、冗談ともホントともつかない内容を話ます。

ところが、たまたま隣の部屋に泊まっていた侍が、宿屋の主に
 「10年前に父親を殺し、懐の金を盗んだ仇を探しておったが、 隣の熊五郎の話を聞くに、父の仇に間違いない」
「明日、この仇を討つから逃がす出ないぞ。逃がそうものならば、みな斬って捨てるからな!」
 なんて言ったので、皆熊さんを縛り上げて押入れに押し込めてしまいます。
恐ろしさにそれ以降、皆は恐怖の一夜過ごします。

やがて夜が明けて、武士は機嫌よく旅立とうとします。
仇討はどうするんです? と宿屋の主が聞くと、
 「何の話じゃ? 拙者の父は健在じゃ」
 「でも、昨夜の仇討の話は?」
 「ああ云わないと、やかましくて寝られないからだ」

とまあ、「宿屋の仇討」と同じサゲになっています。
そう、「宿屋の仇討」と似ていますね。
この演目は最近では上方から来た「宿屋の仇討」が主流になっていますが、
江戸落語としてはこちらが本来の型です。
「庚申待」と言っても知らない方ばかりなので、演じなくなって仕舞いました。

庚申と言うのは、、干支(えと)の組み合わせの一つで、
十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)と十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)を甲子、乙丑、丙寅、・・・
と組み合わせると全部で60種類の組み合わせができます。
これを日にちごとに順番に割り振ったものです。
つまり庚申の日は60日に一度やって来ると言う訳です。
昔の酒屋さん等がくれるカレンダーにはちゃんと書かれていましたが、今のカレンダーには
書かれていませんから知らない方も多いと思います。
ここまで説明しないと判らないんじゃやり手が減る訳ですね。
これは志ん生師が演じていました。

五代目古今亭志ん生 明治23(1890)年6月28日〜昭和48(1973)年9月21日 享年83
本名 美濃部孝蔵出囃子 「一丁入り 」