img_1510842_60383437_0今日は内海好江師匠の命日です。

今から15年前の平成9年10月6日漫才でトップの位置にいた内海桂子好江の好江師匠が胃がんの為に亡くなりました。61歳でした。
師匠は、東京・浅草の出身で、漫才師だった両親の影響で幼い時から舞台に立ち、
昭和25年に14歳年長の桂子師とコンビを組みました。
三味線、歌、踊りをしゃべりの合間にふんだんに入れた陽気な高座で人気を集め、
昭和57年に漫才で初めて芸術選奨文部大臣賞をするなど人気漫才コンビでした。

と一応の事は書いてみました。
個人的な思い出が多すぎて、何から書いて良いか判りません。

6月になり菖蒲の花が咲き始めると毎年何回もお見えになりましたね。
素顔はとても優しくて明るくて、よく気のつく心配りの方でした。

来るときは何時も誰かが一緒でした。
よく気が合っていたのが、松旭斎すみえ師や浪曲の斉藤京子さんと楽しそうに何時もやって来られましたね。
そして三人でおしゃべりに花が咲いていました。
また下積みの若い子を連れてきて、「何か食べさせて」と言ってましたね。

お昼のTV番組でレギュラーを努めていましたが、後年は明らかに体調が悪い感じでしたね。
旦那さんが先に亡くなられたのも辛そうな感じでした。
そんな事もストレスになったのかも知れません。

およそ漫才としては見事な芸でした。漫才は上方が本場の様に言われていますが、
東京の漫才も決して引けは取りませんでした。
充分に対抗できるか、あるいはそれ以上の芸でした。
未だまだ我々に素晴らしい芸を見せてくれると思っていただけに、残念です。
それでは在りし日のお二人の漫才を聴いてください。

内海好江 本名;奥田 好江、1936年2月23日 - 1997年10月6日)
両親は夫婦漫才師の荒川小芳・林家染寿。1945年にデビュー。女剣劇や父娘漫才を経て、
1950年に内海桂子とコンビ結成。
1997年10月6日胃がん為死去