img_1033691_27647461_5昨日、三味線漫談で最高齢の芸人でもある、玉川スミ師匠がお亡くなりになられました。
心不全でした。

随分TVなどでも活躍されていましたね。ラジオでも大沢悠里さんの番組等にも出ていらしゃいました。
寄席では芸協に所属していまして、2008年に芸能生活85年記念公演を浅草演芸ホールと国立演芸場で
なさいました。
ここ2年は高座には上がってなかった様です。

私も以前は何回か聴きました。歯切れの良い口調が小気味良かったです。
後、TVで見ただけですが「松ずくし」という150本にも及ぶ扇子を使って松を自分の体で再現する芸は見事の一言でした。芸術祭優秀賞受賞を取っています。

生年月日は1920年7月17日で、福島県郡山の生まれです。
父が浪曲師の桃中軒雲工。父の影響で天才少女浪曲師として3歳で初舞台を踏んだそうです。
それから89年ですか、凄いですね。

色々と売られていったのか、親が亡くなったのか、随分と親が変わったそうです。
14歳までに13回親が変わっているとの事です。

色々と芸の遍歴もありますが、戦後昭和33年に 三味線漫談を一人で始め、昭和35年 芸名を現在の「玉川スミ」と改名してからは活躍の場も増えました。

師匠の親に対する感謝の言葉です。
---------玉川スミ師匠のHPより転載--------
地紙の父母は人間のできた人で、血の繋がっていない子どもたちを我が子のように大きく深い愛情で育ててくれました。
芸事はもちろん、礼儀作法、家事全般にいたるまで、将来一人になっても困らぬようにと躾けたのです。
 
地紙の父母に限らず、13人もの「親」がいました。
様々な親との出会いと別れが、私の芸域を広げてくれました。
身寄りのない私が、自力で看板を築くことが出来たのも13人の親のおかげと思い、
地紙の父にゆかりがある身延山近くの妙久寺に供養塔を建て、自然石の観音様の
姿石を百体祀り感謝の手を合わせています。
----------------転載終わり---------------------------------------

師匠安らかにお眠りください。後継者も育ちました。

在りし日のスミ師匠をご覧ください。私がUPした動画ではありませんが・・・UP主様すいません