今日は「子ほめ」です。
原話は、安楽庵策伝著の『醒睡笑』に収録されています。これも、元は上方落語の演目で、3代目圓馬師によって東京落語に持ち込まれました。
寄席でもよく掛かります。
灘の酒を只の酒と勘違いした八っつあんが、ご隠居の家に行って、酒を飲ませろと言います。
突然そんな言い方をしないで、まずは世辞愛嬌を言うものだ。年齢を四、五歳若く言われると誰でも悪い気はしないと教わります。
赤ん坊のほめ方はどうすればいいか質問をした。それに対し、隠居は『顔をよく見て人相を褒め、親を喜ばせばいいんだ』とアドバイス。
「例えば、これはあなた様のお子さまでございますか。あなたのおじいさまに似てご長命の相でいらっしゃる。栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳しく、蛇は寸にしてその気を表すと言います。私も早く、こんなお子さまにあやかりたい』とでも言えば良いんだ。」
表に出ると伊勢屋の番頭さんと出会ったので、早速やろうとすると、先を越されてしまいます。
おまけに、40の番頭さんに厄そこそこと言って失敗して仕舞います。
今度は子供でやろうと思い、昨夜、竹さんとこで子供が生まれたからと、子供をほめに行きます。
「竹さんほめに来たぞ、どこにいるんだい」
「ありがとうよ、そこで寝てるよ」
「これかい、随分大きいね」
「大きい子だって産婆もほめてくれたんだ」
「おじいさんにそっくりだね」
「そりゃ本人が昼寝しているんだよ」
「おお、こっちか、こりゃまた小さいね。先だって亡くなったおじいさんにそっくりで」
「止せよ、聞こえるよ」
「この子はまるで人形見たいだね」
「そんなに可愛いかい?」
「ううん、腹押すと、ピーピー泣くからさ」
「よせよ、死んじゃうよ」
「ときにこのお子さんはお幾つでしょうか」
「生まれたばかりだから一つだよ」
「一つにしちゃお若く見えます、どう見ても只だ」
上方だとサゲが違っていて、
「そんな赤ん坊に年を尋ねるもんがあるかい、今朝生まれたとこや」と言うので、
「今朝とはお若う見える、どうみてもあさってくらいや」
又、違うサゲもあるそうです。
まあ、これは昔の歳の数え方が、満年齢ではなく、数えだったので、生まれると1歳としたので、このオチがつかえました。
それから本来のサゲというのがありまして、書いて見ます。
八五郎 おや、枕元に何か書き付けがあるねぇ
竹次 おい、誤魔化すなよ!
八五郎 なんて書いてあるんだ? この子の書き置きかい?
竹 生まれたてだって言ってるだろう、字なんぞ書けるか! おれの伯父さんが産着につけて祝って
くれたんだ。おれの名前が「竹次」だろぅ、だから「竹の子は うまれながらに 重ね着て」ってんだよ
八五郎 ああ、なるほど。何だか知らねぇけど、短い都都逸 ?! だなぁ
竹 都都逸じゃねぇ、それは歌の上の句だ。だから下の句を誰かに付けてもらわなきゃならねぇ。
そんなことより、今の大家のはなしだが...
八五郎 下はおれが付けてやる
竹次 いいよ、お前なんぞにやられた日にゃぁ、何を言われるか分かりゃしねぇ、それより大家の...
八五郎 いや、いいじゃねぇか、友達じゃねぇか。ちょいとでいいからさ、やらせておくれよ。
おれはこういうの好きなんだから。なになに、「竹の子は生まれながらに重ね着て」.ふーん.よし!
竹次 いいのできたか?
八五郎 「育つにつれて 裸にぞなる」
というものです。これは寄席等ではお目に掛かりませんね。
原話は、安楽庵策伝著の『醒睡笑』に収録されています。これも、元は上方落語の演目で、3代目圓馬師によって東京落語に持ち込まれました。
寄席でもよく掛かります。
灘の酒を只の酒と勘違いした八っつあんが、ご隠居の家に行って、酒を飲ませろと言います。
突然そんな言い方をしないで、まずは世辞愛嬌を言うものだ。年齢を四、五歳若く言われると誰でも悪い気はしないと教わります。
赤ん坊のほめ方はどうすればいいか質問をした。それに対し、隠居は『顔をよく見て人相を褒め、親を喜ばせばいいんだ』とアドバイス。
「例えば、これはあなた様のお子さまでございますか。あなたのおじいさまに似てご長命の相でいらっしゃる。栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳しく、蛇は寸にしてその気を表すと言います。私も早く、こんなお子さまにあやかりたい』とでも言えば良いんだ。」
表に出ると伊勢屋の番頭さんと出会ったので、早速やろうとすると、先を越されてしまいます。
おまけに、40の番頭さんに厄そこそこと言って失敗して仕舞います。
今度は子供でやろうと思い、昨夜、竹さんとこで子供が生まれたからと、子供をほめに行きます。
「竹さんほめに来たぞ、どこにいるんだい」
「ありがとうよ、そこで寝てるよ」
「これかい、随分大きいね」
「大きい子だって産婆もほめてくれたんだ」
「おじいさんにそっくりだね」
「そりゃ本人が昼寝しているんだよ」
「おお、こっちか、こりゃまた小さいね。先だって亡くなったおじいさんにそっくりで」
「止せよ、聞こえるよ」
「この子はまるで人形見たいだね」
「そんなに可愛いかい?」
「ううん、腹押すと、ピーピー泣くからさ」
「よせよ、死んじゃうよ」
「ときにこのお子さんはお幾つでしょうか」
「生まれたばかりだから一つだよ」
「一つにしちゃお若く見えます、どう見ても只だ」
上方だとサゲが違っていて、
「そんな赤ん坊に年を尋ねるもんがあるかい、今朝生まれたとこや」と言うので、
「今朝とはお若う見える、どうみてもあさってくらいや」
又、違うサゲもあるそうです。
まあ、これは昔の歳の数え方が、満年齢ではなく、数えだったので、生まれると1歳としたので、このオチがつかえました。
それから本来のサゲというのがありまして、書いて見ます。
八五郎 おや、枕元に何か書き付けがあるねぇ
竹次 おい、誤魔化すなよ!
八五郎 なんて書いてあるんだ? この子の書き置きかい?
竹 生まれたてだって言ってるだろう、字なんぞ書けるか! おれの伯父さんが産着につけて祝って
くれたんだ。おれの名前が「竹次」だろぅ、だから「竹の子は うまれながらに 重ね着て」ってんだよ
八五郎 ああ、なるほど。何だか知らねぇけど、短い都都逸 ?! だなぁ
竹 都都逸じゃねぇ、それは歌の上の句だ。だから下の句を誰かに付けてもらわなきゃならねぇ。
そんなことより、今の大家のはなしだが...
八五郎 下はおれが付けてやる
竹次 いいよ、お前なんぞにやられた日にゃぁ、何を言われるか分かりゃしねぇ、それより大家の...
八五郎 いや、いいじゃねぇか、友達じゃねぇか。ちょいとでいいからさ、やらせておくれよ。
おれはこういうの好きなんだから。なになに、「竹の子は生まれながらに重ね着て」.ふーん.よし!
竹次 いいのできたか?
八五郎 「育つにつれて 裸にぞなる」
というものです。これは寄席等ではお目に掛かりませんね。
今日は喬太郎さんで聴いて下さい。一応本来のサゲで演じています。
柳家喬太郎 1963年生、本名は小原 正也 出囃子は『まかしょ』 1989年 柳家さん喬に入門、前座名「さん坊」
1993年二つ目昇進「喬太郎」、2000年 - 真打昇進(12人抜き)、2006年 - 芸術選奨新人賞 大衆芸能部門
柳家喬太郎 1963年生、本名は小原 正也 出囃子は『まかしょ』 1989年 柳家さん喬に入門、前座名「さん坊」
1993年二つ目昇進「喬太郎」、2000年 - 真打昇進(12人抜き)、2006年 - 芸術選奨新人賞 大衆芸能部門
”子ほめ”は本当にヨ〜ク寄席で掛り、聴いております。
それでも、毎回大笑いするのは、噺の筋がいいんですかね!
喬太郎師匠は、歯切れが良くて、私は好きです。