photo_2今日は「高砂や」と言うおめでたい題が付いている噺です。

古くから演じられている噺で、「仲人役」と題した、明治32年の四代目柳亭左楽師のものが残りますが、
謡(うたい)が豆腐屋の売り声になるギャグはそれ以来、変わりません。
八代目柳枝師、六代目柳橋師、五代目小さん師がよく演じ、それぞれ速記・音源があります。
最近では小三治師がたまに演じますね。聴いたこと有るけど・・・確かCDも出ていたと思います。

 伊勢屋の仲人をすることになった熊さんですが、ご隠居さんから色々と仲人の手引きを教わっています。
「お開きの段になって、高砂やを歌うんだよ。上手かないけど私がちょっとやってみせよう」
「白扇を持って、目八分というから鴨居の当たりを見て【たぁかぁさぁごぉやぁー】という具合だ、さあやってみろ」
「やってみよう【たぁかぁさぁごぉやぁ〜】」
「それじゃ都々逸だよ、豆腐屋の売声をまねてご覧」
「それなら出来る」
【とぉうぅふぃ、たぁかぁさぁごぉやぁ】
「なかなかいいよ、後の方は先方の親戚の方が引き受けて下さるから大丈夫だ」
と何とか即席で覚えましたが・・・
さて、いざ本番でも【とぉうぅふぃ】と始まり【このうらぶねにほをあげて】まで歌って、続きは親戚の方にお願いします。
と言ったのですが、
「親戚筋は不調法でして続けてお願いします」
 それは話が違うと逃げようとするが、続きを続きをと追い詰められ、ついに困り果て、
【たかさごやぁ、たすけぶねぇ〜】

同じように婚礼の席で失敗する噺に「松竹梅」があります。
これも柳家の噺ですね。柳家一門の噺家さんがよく演じます。

本当はこの後、 「高砂や この浦舟に帆を 下げて〜」などとやっているうち、一同が巡礼歌の節で「高砂や」を謡いだしてしまい、しまいには一同揃って「婚礼にご容赦(巡礼にご報謝)」と下げるのですが、
分かりにくいことから、「助け舟」でサゲることが多くなっています。と言うより最近はここまで演じませんね。

一昔前まで、結婚式で謡曲の「高砂」や「鶴亀」を謡う人が多かったので、そうした風習を下敷きにした噺ですね。
江戸時代の結婚は家同士の結びつきという側面が大きかったので、そのあいだに立つ仲人は大変だったそうです。
それに、持参金の一部がお礼として仲人に支払われたので、仲人を仕事として請け負っていた人もいたそうです。
音源は柳橋先生で聴いて下さい。