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今日から6月ですね。いよいよ菖蒲の季節の幕開けです。
で、本当は6月によくお見えになっていた、内海好江師匠の事を書こうかと思いましたが、気分的に湿っぽくなるので、ヤメます。(^^)
で、替りに嫌な湿気を吹き飛ばす様な江戸っ子の鑑みたいな噺家さん、
五代目春風亭柳朝師を取り上げます。

ここを見に来てる方で知らない方はいないと思いますが、一応経歴を。
1929年10月29日東京新橋に生まれる。旧制正則中学在学中に、
志願して海軍に衛生兵として入隊。
戦後の1950年3月、5代目蝶花楼馬楽(後の林家正蔵)に入門。
小照を名乗るも翌51年破門。
翌52年に再入門し林家正太。53年5月、二つ目昇進し照蔵。
62年5月、真打昇進し、5代目春風亭柳朝襲名。
なんですが、それ以前に昇進のチャンスがあったのですが、預かり弟子で兄弟子に当る正蝶との同時昇進を嫌い辞退してしまいます。
その為古今亭志ん朝師に先に昇進されてしまいます。
志ん朝師とは「二朝会」を開き芸を競い合います。

芸風は何と言ってもポンポンと威勢よく繰り出される江戸っ子を彷彿とさせる口調で
一見ぶっきらぼうの様な感じもしますが、テンポの良い噺ぶりに引きこまれて仕舞います。

特にに「宿屋の仇討」で、万事世話九郎の侍としての怖さがよく出ていて、熊さんたちの態度の可笑しさが現実的に感じましたね。
他の噺家さんでは例え、三木助師でも小三治師でも出ていませんでした。
圓生師からかなり褒められたそうです。「あんたの師匠よりいい」と言われたとか(^^)

子供の頃はNET(TV朝日)の「末広珍芸シリーズ」にレギュラー出演していました。
毎週よく見ていましたね。実物が見たくて親に連れていくようにねだりました。
圓楽師、志ん朝師、談志師と共に落語四天王と呼ばれましたね。
一時は自身より弟子の小朝師の師匠として有名になったのが悲しかったです。

音源やDVDも出ていますが、出て居ない音源もあります。
それは「駆け込み寺」という噺で、あらすじは・・・
江戸の長屋のある夫婦、亭主が浮気をしたものと勘違いをした女房が夫婦喧嘩の末に家を飛び出す。
鎌倉に行かれては大変と後を追いかける亭主。
もとから亭主に惚れている女房は寺に駆け込む気はない。
やっと寺の前で追いついた亭主。女房の本音がわかって一安心。
朝から何も食べずに鎌倉まで追いかけてきたので・・・
「安心したところでちょいと小腹が空いたなあ。なにか食うものはねえか」
と亭主が言うと、門前の見張り番が「それなら前の茶店でいっぱいかっこめば
いい」というオチ・・・

以前、「ラジオ寄席」で放送されました。その後はありませんね。
また、聴いてみたいですね。(^^)

関係ありませんが
オイラの行けない6月に浅草と国立で茶楽師匠がトリとは・・・・orz
それと、”お席亭”、新しいパソコンお目出度う御座います。(^^)

動画は、今日は噺ではなく、「二朝会」で行われた茶番の模様を