今日は権太楼師「町内の若い衆」と五郎兵衛師の「建礼門院」です。
権太楼師のは昔の教会の動画からです。
動画で上げたかったんだけどね・・・
我太楼さんの真打興行ですね。こないだ我太楼さん浅草で拝見したばっかりです。何回も見てますがw
この噺は「氏子中」の別バージョンですね。
個人的には「氏子中」の方が艶笑噺ぽいですね。

与太郎が越後に商用に出かけ、
帰ってきてみると、かみさんのお美津の腹がポンポコリンのポテレン。

いかに頭に春霞たなびいている与太郎も
これには怒って
「やい、いくらオレのが長いからといって、
越後から江戸まで届きゃあしねえ。男の名を言え」
と問い詰めても、お美津はシャアシャアと、
「これは、あたしを思うおまえさんの一念が通じて身ごもったんだ」
とか、果ては
「神田明神へ日参して『どうぞ子が授かりますように』と
お願いして授かったんだから、いうなれば氏神さまの子だ」
とか、言い抜けをしてなかなか口を割らない。

そこで、親分に相談すると
「てめえの留守中に町内の若い奴らが
入れ代わり立ち代りお美津さんのところに出入りするようすなんで、
注意はしていたが、四六時中番はできねえ。
実は代わりの嫁さんはオレが用意していて、
二十三、四で年増だが実にいい女だ。
子供が生まれた時、荒神さまのお神酒(みき)で胞衣(えな=胎児を包む膜)を洗うと、
必ずその胞衣に相手の情夫の紋が浮き出る。
祝いの席で客の羽織の紋と照らし合わせりゃ、
たちまち親父が知れるから、
その場でお美津と赤ん坊をそいつにノシを付けてくれてやって、
おまえは新しいかみさんとしっぽり。この野郎、運が向いてきやがった」

さて、月満ちて出産、
お七夜になって、いよいよ親分の言葉通り、
間男の容疑者一同の前で胞衣を洗うことになった。

お美津は平気の平左。

シャクにさわった与太郎が胞衣を見ると、
浮き出た文字が「神田明神」。

「そーれ、ごらんな」
「待て、まだ後に字がある」
というので、もう一度見ると「氏子中」。

とこんな噺ですね、こちらの方がよりエロいでしょ?w

「建礼門院」は、さしずめ、裏源平盛衰記ですねえ。
これも楽しいです。
大人のにこにこ落語は一週間位とお席亭が、
書いていたような気がしましたが、
そうなのかな?
追伸・・・月内と掲示板に書いてありましたね。