はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

今日はね、ちゃんとやりますよ! あたしは

「初天神」という噺

maxresdefaultえ〜日本各地で雪が凄いので「鰍沢」にしようかと思ったのですが、やはりこの噺にしました。
『初天神』
今回は「初天神」です。本当はその年の最初の天神様の縁日の1月25日の噺なのですが、今では一年中寄席で聴くことが出来ますが今月はかなり多く掛かると思います。そんな点も注意して下さい。

【原話】
元々は上方落語の演目の一つで、毎年1月25日に天満宮で行なわれる年の初めの祭りに出かけた、父親と息子の絆を描いています。松富久亭松竹師の作と伝わっており、三代目圓馬師が大正期に上方落語の作品を東京落語に移植しました。
また、上方落語でもこの演目は演じられ続けています。

【ストーリー】
良く晴れた1月25日の天神様の縁日の日、親父が天神様に参拝に出掛けようとしています。
すると女房は息子も連れていってくれと頼むのですが、親父は息子が物を買ってくれとうるさくせがむのが分かっており、乗り気ではなかったのですが、運悪く外から息子が帰って来ます。
どうしても付いていきたいと懇願する息子をつっぱねると、ヘソを曲げた息子は隣の親父のうちへ出かけて行く。『面白い話聞きたくな〜い?あのね、昨日の夜の、うちのおとっつぁんとおっかさんの、おはなし』そんな事を外で話されては堪らないと、大慌てで息子を連れ戻した男は、渋々息子を初天神に連れていくのでした。(今では東京ではこの部分はあまり演じられません)

天神様への道を歩きながら、父は息子に買い物をねだるなと念を押す。しかし息子は「ね、おとっつぁん、今日はおいらあれ買ってくれーこれ買ってくれーっておねだりしないでいい子でしょ」「ああ、いい子だよ」「ねっ。いい子でしょ。ごほうびに何か買っておくれよ!」これではいつもと同じである。様々な果物を買えと催促するが、父は「体に毒だから」と無理な理屈で拒否する。
しかし、息子が余りに煩いので口塞ぎの為に、止むを得ず飴玉を買い与える。
店先で売り物の飴を散々ねぶり回して吟味する父に飴屋の親父もあきれ顔。
飴を与えられて御機嫌の息子は、飴を舐めながら歌を歌う。
同じように今度は団子屋の前で団子を買ってくれとせがむ息子に根負けして買って与えると「蜜」が良いと言うので仕方なく与えると親父は蜜を皆舐めてから息子に渡します。嫌がる息子を見て親父は団子屋に蜜の壺を開けさせ、その中に団子を突っ込むのでした。

二人は天満宮の参拝を終えた帰り道。今度は凧を買ってくれるよう催促します。
「あの一番大きいのがいい」「馬鹿だな、ありゃあ店の看板だい」「売り物ですよ。
坊ちゃん、買ってくんなきゃあすこの水溜りに飛び込んで着物汚しちまうってお言いなさい」「変な入れ知恵すんねえ!」しぶしぶ凧を出店で買い与え、天満宮の隣に有る空き地に息子を連れて行く。

凧揚げに関しては子供時代腕に覚えがあったと息子に自慢しつつ、父はまず自分がと凧を揚げる。そのうちすっかり夢中になってしまい、凧を揚げさせてくれと脇から催促する息子を「うるせえっ!こんなもなァ、子供がするもんじゃねえんだい!」と一喝して凧を渡そうとしない。無邪気に遊ぶ父の姿を見て呆れた息子は
「こんな事なら親父なんか連れてくるんじゃなかった」

【演者】
東京では小三治師を始め多くの噺家さんが得意としています。

【注目点】
東京では息子は金坊か亀ちゃんと相場が決まっています。
上方では、大阪天満宮、通称「天満の天神さん」で東京では普通は「亀戸天神」です。
たまに、湯島天神で演じる噺家さんもいます。
親子が天神さんに行く道の描写がわずかに違います。
道すがらに亀の描写があると「亀戸」です。
お聴きになるときは、そんな処も注意して聴いてください。

『能書』
本当はこの親子は中が良く、息子は父親が好きで、父親も息子を何だかんだ言っても可愛いのです。そんな感じが出れば、良いと思います。
偶に、金坊がやたら理屈っぽくて父親を凹ます事が嬉しい様な描写をしている噺家がいますが、
何も分かってないと思いますね。

『ネタ』
上方版では最初にみかんを買う場面が出て来ます。六代目松鶴師も演じていましたが、ここも聴き所です。東京版ではカットされています。団子のシーンなど東西で多少違いがあります。

「藪入り」という噺

b536272eえ〜正月沿早々、メインのPCが逝ってしまいまして、サブのノートを何とかメイン代わりに使えるように環境を構築してこの記事を書いております。(非力なので使い難いです)
でも、そろそろ時候の記事を上げないとならないと思い、今回は「藪入り」にしました。
(16日までは更新しないと暗に言ってるみたいですが(笑)
 時間があれば更新します。宜しくお願い致します!

『藪入り』
藪入りとは一月の十六日と七月の十六日に奉公人が休みを貰えて実家等に帰れる日の事で、古くは宿入りといい、商家の奉公人の特別休暇のことです。
奉公人だけはなく、お嫁さんも小遣いやおみやげを貰えて実家に帰れました。
最も近頃は近所に住んで、毎日帰ってる方が多い様ですが……。

【原話】
元々は「お釜様」と言うバレ噺だったのを、初代小せん師がバレの部分を取り、「鼠の懸賞」と言う題に替えました。それを三代目金馬師が練り直し人情味を加えて「藪入り」と言う噺に仕上げました。
演者には、金馬師を始め今輔師、五代目圓楽師、や小三治師等多くいます。

【ストーリー】
明日息子が藪入りで初めて帰ってくるというので、熊さんは気もそぞろ。鰻を食わせてやろう、御大師様へ連れて行こうと一睡もしないで帰りを待っていると入り口に人の気配。「めっきりお寒くなりまして……。お父ッつぁん、おッ嬶さんにもお変わりなく」という挨拶をしたのは、まだ子供だと思っていた亀坊。さっぱりして来なと風呂に行かせて荷を片付けると紙入れから十五円という大金が出てきます。
心配性のかみさんが、子供に十五円は大金で、そんな額をだんながくれるわけがないから、
ことによると魔がさして、お店の金でも……
と言いだしたので、気短で単純な熊は、帰ってきた亀を、いきなりポカポカ。
かみさんがなだめでわけを聞くと、このごろペストがはやるので、
鼠を獲って交番に持っていくと一匹十五円の懸賞に当たったものだと、わかる。

だんなが、子供が大金を持っているとよくないと預かり、今朝渡してくれたのだ、という。
へえ、うまくやりゃあがったな。この後ともにご主人を大切にしなよ。
これもやっぱりチュウ(=忠)のおかげだ」

【演者】
今では本当に多くの演者が高座に掛けますが、やはり三代目金馬師がいいですね〜 笑わせて最後はしっかりと泣かせてくれます。
先代圓楽師もやりましたし、最近は小三治師も演じますね。
【注目点】
やはり前半の熊さんの子供の亀ちゃんを思う親心ですが、これがやり過ぎで笑いを誘います。
一転して後半の人情噺の部分ではしっかりと泣かせてくれます。この泣き笑いのメリハリが大事だと思います。

『能書』
今では奉公等したこと無い方ばかりですが、それでも別れて暮らす親子の情愛は伝わると思います。
兎に角、前半の熊さんの妄想のおかしさと、後半のやり取りといい、味わい深い噺だと思います。

『ネタ』
その昔は奉公に出ると三年〜五年は家に帰して貰えませんでした。ですから、家に帰る事が許されて新品の着物一式や真新しい草履を履けて家に帰れる前の晩は、嬉しくて眠られ無かったそうです。
そんな時代のお噺ですが、子を思う親の気持ちは何時の時代でも同じだと思います。

お正月に演じられる噺「かつぎや」

218427113『かつぎや 』
皆様、あけましておめでとうございます! 本年も相変わりませずよろしくお願いいたします。
 最初はおめでたいこの噺です。

【原話】
原典は、寛永5(1628)年刊の安楽庵策伝著「醒睡笑」巻一の、「祝ひ過ぎるも異なもの」と題した一連の小咄とみられます。
古くは、円朝師の速記もあります。明治22年の二代目柳家小さん師の速記では「かつぎや五平」と題していますが、これは、「御幣かつぎ(=縁起かつぎ)」のシャレでしょう。
上方では「正月丁稚」と言います。

【ストーリー】
呉服屋の五兵衛旦那は、大変な縁起かつぎ。正月元旦ともなると、縁起かつぎもすさまじいのです。
 下働きの清蔵を呼ぶと「まずは井戸神様にダイダイを入れて和歌を供えて若水を汲んでおくれ」と言いつけ和歌を教えます。
「新玉の 年とちかえる あしたより 若柳水を 汲み初めにけり。
 ところが、こう教えられた清蔵は、「目の玉の でんぐり返る あしたより 末期の水を 汲み初めにけり。 これは、わざっとお人魂。」とやらかします。
 怒った五兵衛旦那は清蔵にクビを言い渡す。清蔵は「ついでだから後九日置いてれ、丁度三十五日になるから・・・」。
 庭に降りて頭を下げる清蔵に、五兵衛旦那が「お前は何をしてるんだ。」と聞くと、「草葉の陰から手を合わせている。」
 早桶屋の白兵衛がやってきました。「正月はそんなにめでたくはないよ、一休さんも『門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』と言っています。
 縁起の悪い事をさんざん言って、歌を唄います「五兵衛さんの家の周りを福の神が取り巻いた」。
 機嫌を直しましたが、これには下の句があるという「これじゃぁ〜、貧乏神が出られない〜」。
 店の者とお雑煮を食べ始めると餅の中から釘が出ました。定どんが
「旦那、縁起がいいです。餅の中からカネが出たので金持ちになります」。
小遣いを増やしてもらう定どんに清蔵は「身代は持ちかねる」と悪態をつきます。

 さて、そうこうするうち、二日の晩、お宝船売りがやって来ました。番頭に声をかけさせ、お宝船売りを呼び込むと、一枚四(し)文、十枚で四十(しじゅう)文というので、縁起でもないといって追い返します。
 次にやってきた宝船売りに番頭が、
「うちの旦那は大変な縁起かつぎだから…。」と言って入れ知恵をする。宝船売りは、店に入るやいなや、「お宝の入り船です」と言う。
 五兵衛旦那は喜んで、全部買うという。「何枚あるんだ」と聞くと、「へい、旦那の年ほどもございます。」
「何枚だ」
「千万枚でございます。」
 五兵衛は、縁起がいいと大喜び、しかも酒をを勧めると
「亀の子のように・・・」。
 酒を注ぐと
「黄金色のよう・・・」
「こんなイイ酒で酔うと宝船に乗っているようだ」
 喜んだ五兵衛旦那、
「いつでも遊びにおいで」、で、「何処に住んでいますか」
「本郷の蓬莱町にいましたが浅草寿町に、そこから下谷の長者町に移りました」
「それ以上引越させないでください」
 その都度ご祝儀をはずんでもらい、反物まで貰いました。
 宝船売りは、ご機嫌になり
「旦那の姿は大黒様、美しいお嬢様は弁天様。七福神がお揃いで、おめでとうございます」と帰りかけた。五兵衛が「それじゃぁ、二福じゃないか。」と言うと、
「いいえ、それでよろしいのです。ご商売が、呉服(五福)でございます。」

【演者】
お正月に寄席に行くとかなりの噺家がこの噺を演じます。特に柳家の噺家さんが多い様な気がします。

【注目点】
兎に角、おめでたい言葉が沢山出て来ます。それだけの噺なのですが、昔から人々がお正月に対してどんな思いを抱いていたのかが判ります。

『能書』
その昔は正月になると、宝船売りが、七福神の乗った船の図に、廻文歌
「長き夜のとをのねぶりの皆目覚め波のりぶねの音のよきかな」を書き添えた刷り物を売り歩きました。
上から読んでも下から読んでも同じですね。
正月二日の夜、これを枕の下に引き、吉夢の初夢を見るようにとのまじないでした。

『ネタ』
江戸には古くから、元旦には箒(ほうき)を持たない(=掃除をしない)慣習がありました。
明和2(1765)年刊のの「川柳評万句合勝句刷」に「箒持つ下女は叱られはじめをし」とあります。
サゲは今は「和服」と言う呼び方が一般的な着物ですが、昔は「呉服」と呼びました。それが判らないとサゲが判らないですね。

追伸……「トークメーカー」と言うサイトで、私が監修をした「お菊の皿」がアイコン入の会話形式の作品で公開されています。宜しかったら一度訪れて読んでみてください。
『トークノベルで読む落語』シリーズ
http://talkmaker.com/works/d7c63126bf66d46be1b4a3aa515a8abb.html

「お菊の皿」

http://talkmaker.com/works/episode/ce2e1fa9e92aef1d6f98e91f26c4dcbc.html
まんぼうと言う名前で監修をしています。

年の暮れと言ったらやはりこの噺「掛取万歳」

fd300-三河萬歳-美人『掛取万歳』
いつかちゃんとやろうと思っていたのですが、一年の最後を締めくくる噺として相応しいと思います。

【原話】
、初代林家蘭玉師の作と記載されていまして、その後2代目桂蘭玉師が大きくアレンジし、
現在の形に近い物になったそうです。
最も最近は演者の得意な芸を入れて演じられていて演題も単に「掛取り」と表記される事が多いです。

【ストーリー】
 八五郎の家は大晦日だというのにお金がありません。そのことで女房と喧嘩になりそうなので、困った八五郎は借金取りの好きな趣味で断りをしてやろうと思いつきます。
 狂歌マニアの大家相手には「貧乏をすれど我が家に風情あり、質の流れに借金の山」などの狂歌を並べ、最後は歌舞伎の菅原伝授手習鑑のパロディに持ち込んで返済の延期を約束させてしまいます。
 魚屋の金公には、喧嘩っ早い相手の性格を利用。「借金をとるまで梃子でも動かない!」と言ったのを逆手に取り、「金が入るまで、そこに何十年でも座っていろ!!」とやり返して結局借金を棒引きにさせてしまう事に。
 芝居好きの酒屋の番頭には、番頭を仮名手本忠臣蔵の上使に見立てて招きいれ、近江八景の駄洒落で言い訳した後芝居がかりで追い払ってしまうと言う離れ業。
 三河屋の旦那には、旦那を三河万歳の「才蔵」に見立て、萬才の調子で「待っちゃろか。待っちやろか。待っちゃろかと申さあば。ひと月ならひと月目、二月なら二月目、こけら〜じゃどうだんべえ。」「なかなか、そんなことじゃあ〜勘定なんかできねぇ」「できなけれぇば、待っちゃろか」の掛け合いに持ち込み、最後には呆れた旦那が「ならばいつ払えるんだ」と問うと、「ああら、ひゃーく万年もォ、過ぎたなら(払います)」

【演者】
やはり六代目三遊亭圓生師にとどめを刺すでしょうか!?
落語協会会長の柳亭市馬師は得意な歌で、それも三橋美智也さんのファンと言う人を登させて、噺の中で思う存分歌っています。とにかく芸達者な演者に掛かると、この上なく楽しい噺です。

【注目点】
元は上方落語ですが、上方では「掛け取り」または「天下一浮かれの掛け取り」という題で演じられます。
ちなみに、初期の型では八五郎が自宅内に篭城してしまい、困った掛取りが隣の主人に「火事だ」と叫んで追い出してくれと頼むが、八五郎が窓から五十銭出して「これで火を消してくれ」とやり返してしまうと言う落ちが使われていたそうです。

『能書』
昔は掛売りですから、大晦日に払わなくてはならず、まとまったお金が必要でした。
そのお金が無い!と言うのですから一大事な訳です。
三代目金馬師は払いを節分まで延ばし、演題も「節分」と言う題で演じていました。

『ネタ』
演題ですが、万歳まで演じると文句なく「掛取万歳」ですが、そこまで行かないと「掛取り」となるようです。

今年も皆様には大変お世話になりました。来年も証拠にもなく続けさせて戴きますのでよろしくお願いします! m(_ _)m
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