はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

今日はね、ちゃんとやりますよ! あたしは

寄席案内 4 池袋演芸場

img_2511a_1_1_1今回は池袋の西口にある池袋演芸場です。昔からお客が入らない寄席として有名でした。平成5年に建て替えられて近代的なビルの地下になりましたが、それ以前は映画館の三階にあり、お客より出演者の方が多いと言う有様でした。
 若き立川談志師が熱演していたのを思い出します。畳敷きだったので常連は寝転んで噺を聴いていましたね。

 歴史
1951年(昭和26年)に開場。
客が全く入らず、1970年(昭和45年)に席亭は閉鎖を検討するも、落語協会・6代目三遊亭圓生会長の説得により存続が決まり、以降は落語協会専門の定席となる。
1990年(平成2年)2月28日建て替えのため閉鎖。周辺の再開発のため建物は解体される。
1993年(平成5年)9月再開場。改装前と所在地は同じながら入口の通りが異なり、路地裏(現在のエビス通り)から駅前(西一番街中央通り)に進出した。現在はビルの地下に位置する。地下に位置する定席としては当席が唯一である。改築を機に、全席椅子席となる。

再開場時より、旧来のように落語芸術協会・落語協会両方の番組が組まれるようになりました。
座席数は93席であり、他の都内3件の落語寄席に比べ狭いので、どこに座っても演者の息遣いが分かります。また、定席以外でも下席夜の部に独特の企画を興行します。

客席はすべて椅子席であり座席には飲み物などを置く組み立て式のテーブルが付属しています。
近年になって固定席の端に追加する形でパイプ椅子が置かれるようになったため、上記よりも20席ほど多いですね。それでも混雑することがあり、その場合は立ち見することになります。


亡くなった十代目桂文治師は「ここは昔なら端席と呼んだんですよ」等と高座で語っていましたが、本当にお客が入らない寄席でした。個人的にですが良く経営が成り立っていたと思います。
各種披露興行等も定席としては一番最期になります。また座席数が少ない為、出演者が少ないのも特徴です。その為、一人の持ち時間が多く、噺をたっぷりと楽しめます。演者もここでは手を抜く訳には行かず。熱の篭った高座を見せてくれます。
お客も、落語好きが多く、通が通う寄席とも言えます。

アクセス

東京メトロ副都心線・丸ノ内線/東武東上線 池袋駅12番出口またはC10出口(副都心線)より徒歩1分
JR池袋駅北口より徒歩1分

西武池袋線、東京メトロ有楽町線の池袋駅の改札口からは少し離れています。

寄席案内 3 浅草演芸ホール

asakusa今日は浅草演芸ホールです。
 東京都台東区浅草の通称「公園六区」と呼ばれる歓楽街の中心にある寄席です。

歴史

1951年(昭和26年)、東洋興業が、「三友館」跡地にストリップ劇場「フランス座」を開業した。
戦後長く、芸処・浅草に落語定席が無かった。日本芸術協会(現在の落語芸術協会)の幹部落語家・2代目桂枝太郎は、同じアパートにたまたま東洋興業従業員が住んでいたことから、同社社長・松倉宇七に浅草に寄席を作るよう直談判しました。
松倉氏も元々はストリップより演劇をやりたかったので、企画替えとして「フランス座」を閉鎖・改装し、1964年(昭和39年)、演劇の新しい劇場「東洋劇場」を開業した。渥美清、萩本欽一、ビートたけしらを輩出。
1964年(昭和39年)、「東洋劇場」の建物を増築、4階と5階に落語定席「浅草演芸ホール」が開場されました。
1971年(昭和46年)、東洋興業が同地での演劇から撤退し、1階の「東洋劇場」を閉鎖した。空いた1階に本ホールが移りました。
現在三階に「東洋館」と言う落語以外の演芸の寄席があります。

昼夜入れ替え制はとっていないため、通しで見ることも可能です。
毎月31日は余一会と呼ばれる特別興業が行われています

料金

一般:2,800円
学生:2,300円(中学生以上)
小人:1,500円(4歳以上)

(いずれも、2015年(平成27年)9月現在)

 個人的にですが、一番通ってる寄席です。落語協会と落語芸術協会が十日交代で興行を行っています。新宿末広亭と同じく出演者が多いのが特徴です。その為一人の持ち時間が短めで、長い噺は仲入りとトリの時しか聴けません、でも最近は出演者を減らし、コクのある噺を聴かせる方向になっています。

 開場当時のまま? なので設備がかなり古くなっています。(トイレは改装されていますので綺麗です)
 特に椅子が狭く座り心地も良くないので長時間座ってる方は腰が痛くなります。腰痛持ちの方は要注意です。
 
 ここの特徴と言えば、毎年八月中席に行われる「住吉踊り」でしょう。
 その昔、東宝演芸場で行われていた、協会を問わない興行でした。それを、8代目雷門助六師が古今亭志ん朝師に継続するように頼み実現したものです。この興行(芝居)だけは協会の垣根を取り払って色々な噺家が登場します。最期に出演者全員で「住吉踊り」を踊ります。大変な人気芝居ですので、朝早くから席を取る為にお客が並びます。
 志ん朝亡き後、かつて東宝名人会所属だった4代目三遊亭金馬師が中心となって開催されました。金馬師が膝を痛めたことと、高齢であるため、現在では金原亭駒三師が後を継いで座長を務めています。

 読売新聞と提携している為、読売を通じてかなりの招待券が流通しています。最近は通常の入場者との差別化もありますので注意して下さい。
 でも常に観客が多いので芸人のやる気に繋がる時もあります。

 アクセス

つくばエクスプレス線浅草駅A1出口より徒歩1分(駅の真上が当ホール)
新御徒町駅で都営大江戸線との乗り継ぎが便利
都営バス 浅草公園六区

そのほか、

東京メトロ銀座線田原町駅より徒歩5分
東武鉄道浅草駅より徒歩6分

その他

 千葉テレビで毎週録画中継されています。他のテレビ局(旧UHF局)でも放映されているかも知れません。機会があれば見てみて下さい。
 

寄席案内 2 新宿末広亭

第二回目の寄席案内は東京の西の西に住む落語ファンなら殆どの方が訪れる新宿末広亭です。
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歴史
本来は広の字は旧字の廣を使うので正式には「末廣亭」と書きます。
明治の頃より今の場所とは違いますが浪曲の寄席で同じ名前の寄席がありましたが、新宿の大火で焼け、そして戦火に会い、そのまま復興することが出来ませんでした。
戦後、戦前に下谷の竹町で寄席・六三亭を経営した経験があった北村銀太郎が当時の落語界の重鎮であった柳亭左楽(5代目)のすすめで昭和21年(1946年)3月に再建しました。
北村氏によると、戦争中から程度の良い木材を押さえてあったので、それを使ったそうです。かなり本格的な建築だったので、基本的な構造は今も創建当時のままです。
平成15年(2003年)9月には改装工事を行い、椅子席を150席から117席にしてスペースをゆったりさせました。トイレも近代的になり、快適に鑑賞できる環境が整備されました。

戦後の演芸ブームの頃(昭和30年代〜40年代の前半)は毎日人が入り切らない程の活況を呈しました。特に日曜日にNET(テレビ朝日)で放送されていた「末広珍芸シリーズ」は爆発的な人気で、それに登場する噺家は人気噺家になりました。
「お笑い七福神」のコーナーが人気で、春風亭柳朝、柳家小せん、春風亭柳昇、三遊亭小圓馬、三笑亭夢楽、春風亭柳好、金原亭馬の助、等で司会には桂米丸や福富太郎 等があたっていました。

料金

一般 3,000円
シニア(65歳以上)2,700円
学生(中学生以上)2,500円
友の会会員(優待会員)2,500円
障害者割引(障害の種別無く)2,500円(手帳提示の事)
小学生 2,200円

年会費1万円で「末廣亭友の会」の会員になることができ、各種優待制度が設けられています。その他に団体割引などあります。

月を10ずつに分け、1〜10日を上席、11〜20日を中席、21〜30日を下席と呼び。10日交代で落語協会と落語芸術協会が交代で芝居(興行のこと)を行っています。これを通常「定席」と呼びます。

それ以外の「五代目圓楽一門会」「落語立川流」の噺家さんは基本的には出演出来ません。ただ、31日の「余一会」(よいちかい)は貸し切りになるので、主催者にもよりますが、この二つの会の噺家さんも登場することがあります。

子供の頃に父親にネダって連れて行って貰いました。恐らく記憶の上では自分の初の寄席体験でした。(親に言わせるとその前にアチコチ連れて行ってるとの事でした)
もう、凄く興奮しましたね。なんせ当時テレビで出ていた噺家や芸人がそのまま目の前で芸を披露しているという……談志師も著作で「ちょっとした宝塚みたいだった」と書いていますが、この気持ちは本当に良く判りました。恐らくこの体験が元で益々落語にはまって行く事になったと思います。

改装後も行きましたが座席が広くなり、通路も広くなったので本当に見やすくなっています。外観が如何にも寄席そのものと言う感じもあり、寄席が初めての方にも向いてると思います。
演芸の時間ですが出演者が多いのが特徴のため、一人あたりの時間がそう多くはありません。15〜20分ほどです。
噺をじっくり楽しむのは中入りとトリの噺家さんの時ですね。それ以外は短めの噺や漫談が多いです。でも、それも寄席を楽しむには相応しいと思います。

アクセス

都営新宿線新宿三丁目駅(C4出口)より徒歩1分
東京メトロ副都心線・丸ノ内線の同駅からも行くことができる。
都バス新宿追分、新宿伊勢丹前より徒歩1分
新宿駅、西武新宿駅から徒歩7分

寄席案内  第1回 上野鈴本演芸場

 今回から暫くは都内にある寄席(落語定席)を紹介したいと思います。何時か行かれる時の参考にして下さい。
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・上野鈴本演芸場
 歴史
軍談席本牧亭が、江戸期・安政四年(1857年)に開設。
創業者は現席亭の祖先で、三代目本牧屋仙之助(またの名を龍助)という。明治維新後、平民苗字許可令・龍助を含む一族は鈴木姓を名乗る。
その後、住民の宗教信者によるお題目大声唱で、営業妨害を受け続けた。
初代席亭は一計を案じ、「本牧亭」を閉鎖し、別の落語・色物の席を造った。席の名称は鈴木と本牧を合せて、「鈴本亭」とした。「鈴本演芸場」への改称時期は不明だが、「東京演芸場組合員名簿」1926年には「鈴本亭」の記述がある。
関東大震災後に現在地に移転。

 中央通り沿いにあるビルの中に入っています。切符を買うと奥のエスカレーターで三階に上がり、そこが客席の入り口になっています。
昼夜入れ替え制になっています。完全入れ替え制はここと国立演芸場だけですね。尤も国立は昼間が殆どなので入れ替えそのもがありません。
 真打ち昇進披露とか襲名披露などがある場合、一番最初に掛けられるのがここです。それだけ格式のある寄席でもあります。
 席はゆったりしていて、段差もあるので見易く作られています。席には折りたたみのテーブルもあるので飲食や、パンフレットを見たりメモも録りやすくなっています。

 現在はこの寄席だけ、落語協会だけが興行を行っています。と言うのも以前、鈴本の席亭が落語芸術協会に対して「お客の入が良くないのと、出演する噺家の層が薄いので、落語協会の噺家を1〜2人入れて芝居をしたい」と言った所、当時の会長の桂米丸師が激昂して、「それなら鈴本には芸人を派遣しない。芝居も行わない」と通告して、それ以来芸協はここでは芝居を行っていません。
今の会長は歌丸師ですが米丸師の弟子ですので、師匠の意向には逆らえないでしょうね。
 確かに芸協は落協に比べ芸人の数が少ないので、層が薄くなるのは仕方ないのです。
現に出演者が多い浅草や末広亭ではメンバーがかなり固定されています。その辺を席亭は憂いたのでしょうが、一時芸協の入が悪かったのは本当の事でした。やる気の無い噺家が出てきては詰まらない芸を披露すると言う感じでした。今はそんな事もなく皆一生懸命に演じていて、お客の入も悪くありません。今なら和解出来ると思うのですが、米丸師が存命の内は難しいでしょうね。

芸人の数がそれほど多くないので比較的たっぷりと噺が聴けます。落語をちゃんと聴きたいと思う人はおすすめです。

通常興行の料金

一般 2800円
学生 2400円(中学生以上。大学や専門学校もすべて含む。ただし24歳まで)
シニア 2400円(65歳以上)
小人 1500円(3歳以上)
全席自由席
設備

座席数285。すべて椅子席、飲食用テーブル付属。
2Fに自動販売機(酒あり)、3Fが客席と売店。
エレベーター(1基のみ)で行き来可(1Fから3Fへ上がるエスカレーターもある)。
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