はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

今日はね、ちゃんとやりますよ! あたしは

ドラマ「昭和元禄落語心中」について

rakugoshinju_201809_08_fixw_730_hq 落語ファンの間で話題だった? NHKドラマの「昭和元禄落語心中」が昨夜最終回を迎えました。
 個人的にはこの作品は原作を読みアニメも録画してドラマも視聴、録画しました。それなりに見ているので感想などを書いてみたいと思います。
 原作者の雲田はるこさんはBL作家としてかなり知れられています。ですから原作を読み始めた頃は落語の世界を背景にしたBLものだと思っていました。
 ですが原作ーアニメードラマと変遷されるにつれBL臭は薄くなりました。まあ天下のNHKでBLドラマをやる訳には行かないでしょうね。
 ドラマは孤高の噺家、有楽亭八雲の人生を軸にその周りを取り巻く人物にも焦点をあてて描いています。
 特に幼少期から青年期まで共に過ごした初太郎(助六)との絡みが全体の半分を使って描かれています。
 天賦の才に恵まれた初太郎に嫉妬しながらも惹かれて行く八雲(菊比古)二人は正反対の資質を持つ噺家に成長していきます。
 この辺の描き方は原作、アニメ、ドラマ、ともそう変わりはありません。モデルとしては、初太郎(助六)が志ん生師、八雲(菊比古)が圓生師でしょうね。それに実際の噺家のエピソードを加えてあります。
 初太郎が満州に慰問に行くことや、菊比古が芸の為だけに少女と付き合うことなどです。でもそこらへんは余り重要では無いですね。
 若手真打と成長した二人は戦後の落語界をリードして行きますが、助六は師匠と対立して破門されてしまいます。そこにみよ吉という女性が絡んで噺は愛憎劇に変わって行きます。
 都落ちした助六とみよ吉は四国の温泉地に居ました。既に小夏という娘を儲けて暮らしています。しかし落語を奪われた助六は腑抜け同然。毎日みよ吉の稼ぐお金で酒を呑んで暮してる有様です。そこに菊比古が尋ねて来ます。一緒に東京に帰って噺家に戻ろうと説得します。菊比古にとってはライバル足る助六がどうしても必要だったからです。
 東京に帰ることを納得した助六は菊比古と一緒に、温泉地で「二人会」を開きます。演目は菊比古が「明烏」助六が「芝浜」でした。
 盛況のうちに会は成功したのですが、その夜とんでもない事が起きます。みよ吉と助六が事故で亡くなってしまったのです。
 菊比古は二人の葬儀を出して生き残った娘の小夏を連れて東京に帰って来て、養女にします。そして今まで拒否していた八代目有楽亭八雲を継ぐことを了承します。小夏には嘘を言って誤魔化します。それ以来小夏は八雲を恨むようになります。
 ここまでが過去編で約半分です。この後時代は昭和の末に飛びます。
 物語の最初は昭和です。この時に今まで弟子を取らなかった八雲がどういう訳か、刑務所の慰問で八雲の芸に惚れ込んだ与太郎が入門します。その与太郎が三代目助六を襲名した真打に昇進します。ここから現代編が始まります。
 老いてなお八雲は素晴らしい芸を披露していますが、本人は衰えを自覚しています。この現代編ではドラマでは原作の絡み合ったストーリーを上手く整理しています。(分かりやすくなっています)
 脚本家の力でしょうね。ストーリーを知ってる者が見ても、見ごたえのある作品になっていました。
 原作では後半は与太郎の物語となるのですが、ドラマでは二人のバランスを取っています。老いる八雲と伸びて行く与太郎の対比が見事です。
 ドラマの改変は小夏が両親の死の真相に気がつくがどうかです。原作やアニメでは小夏は気が付かず、松田さんの証言で与太郎や樋口先生(ドラマでは殆ど登場せず)が真相を知りますが、それを小夏には言いません。与太郎と小夏は夫婦になり第二子を設けますが、「長く生きていれば人に言えないこともある」と自分に諭すように口にします。このあたりから長男の信之助の父親捜しがファンの間で始まりましたが、ここでは取り上げません。
 ドラマでは真相を知り、小夏は自分を育ててくれたことを八雲に感謝します。その後入門の許可を取った後に八雲は寿命を全うします。原作やアニメでは黄泉の国の助六やみよ吉と再開しますが、ドラマではそこは簡単に表現されました(時間の都合でしょうね)
 それから16年後、与太郎は九代目八雲を襲名します。また信之助は菊比古を襲名するのでした。ドラマではその高座を亡くなった三人が眺めています。

 ドラマはこんな感じで終わるのですが、ドラマならではの見どころもあります。それは、若い頃の菊比古が噺で協会をクビになった老噺家(喬太郎師!)に「死神」の稽古をつけて漏らうのですが、そのシーンが出色の出来でした。裏話によると喬太郎師のアドリブがかなり入っているそうですが、さもありなんと思いました。(第4話)
 また、全体的に八雲に焦点が当たっているので彼の苦悩が伝わりやすかったですね。繰り返し読む事が出来る漫画と見たら終わってしまうドラマの違いなんでしょうね。
 兎に角、この秋から冬にかけてのドラマでは一番の見ごたえがありました。
 来年3月にはDVDとBDも発売されるそうです。
 

「七段目」という噺

sitidanme『七段目』
 もうすぐ討ち入りの日なのでこの噺です。

【原話】
原話は、初代林屋正蔵師が1819年(文政2年)に出版した笑話本『たいこのはやし』の一遍の「芝居好」だそうです。元々は上方落語だそうですが、いつごろ東京に移植されたかはわかっていません。
「忠臣蔵」の演目としては人気演目といって良いでしょうね。

【ストーリー】
常軌を逸した芝居マニアの若旦那は、家業そっちのけで芝居に夢中。
私生活もすっかり歌舞伎一色に染まってしまい、何をやっても芝居のセリフになってしまうのです。
例えば、人力車を停めようとするだけでもつい芝居がかってしまい、車の前に飛び出して「そのくるまァ、やァらァぬゥー」となる塩梅。

その日も、若旦那が出て行ったっきり帰ってこないので、頭に来た旦那が小言を言ってやろうと待ち構えていると、そこへ何も知らない若旦那が帰ってきます。
「遅いじゃないか!?」「遅なわりしは、拙者が不調法」]「いい加減にしろ!」とつい殴ってしまい、慌てて謝ると「こりゃこのおとこの、生きィづらァをー」となる始末です。
あきれた旦那が若旦那を2階へ追い払うと、「とざい、とーざーい」と物凄い声を張り上げます。
閉口した旦那は、小僧の定吉に止めてこいと命じる。2階に上がった定吉なんですが、これが若旦那同様の芝居好き。
ですから、これが逆効果で、若旦那は仲間ができたと大喜び。一緒に芝居をやろうと言い出します。
 結局、そのまま2人で芝居をやろうということになり、選ばれたのは忠臣蔵の『七段目・「祇園一力の場」』。
定吉がお軽、若旦那が平右衛門をやることにし、定吉を赤い長襦袢と帯のしごき、手拭いの姉さんかぶりで女装させたのはいいが「平右衛門の自分が、丸腰というのは変だ。そうだ定吉、床の間にある日本刀を持っておいで」「え!?」定吉が逃げ出しそうになったので、刀の鯉口をコヨリで結び、下げ緒でグルグル巻きにする若旦那。
 芝居を開始するも、「その、頼みという…はな…」だんだんと目が据わってきた若旦那に、嫌な予感を覚える定吉。「妹、こんたの命ァ、兄がもらったッ」コヨリと下げ緒をあっという間にぶっちぎた若旦那が、抜き身を振りかざして定吉に襲い掛かってきた。慌てて逃げ出した定吉は、足を踏み外して階段から転げ落ちてしまう。そこに旦那が駆けつけます。
「おい、定吉、しっかりしろ!」「ハア、私には勘平さんという夫のある身…」「馬鹿野郎。丁稚に夫がいてたまるものか。また芝居の真似事か。さては2階であの馬鹿と芝居ごっこをして、てっぺんから落ちたか」
「いいえ、七段目。」

【演者】
先代三遊亭円歌師、先代雷門助六師などが軽妙に演じ、現役では、小朝師、正雀師ほか多くの演者が演じています。

【注目点】
最後のオチですが、古い型では「七段目から落ちたか」「いえ、てっぺんから」
と逆で、米朝師はこの型でサゲています。

『能書』
若旦那や定吉のセリフが歌舞伎の演目の名セリフのパロディになっていて、それも楽しみの一つです。
ですから、歌舞伎を知ってる方は一層楽しい演目です。
当時は、江戸、大坂のような都市部の人々なら、特にこの若旦那のような芝居狂でなくとも、芝居の「忠臣蔵」のセリフや登場人物くらいは隅々まで頭に入っていて、日常会話の一部にさえなっていました。

『ネタ』
題名の由来は、中盤で歌舞伎の演目『仮名手本忠臣蔵』の七段目「祇園一力茶屋の場」にあたる場面が取り上げられているからだそうです。これは、密書を読まれて仇討ちの計画を知った遊女お軽を、身請けしてから殺そうという大星由良助の腹を察した寺岡平右衛門が、妹であるお軽を自ら手に掛けた手柄によって、敵討の同志に加えてもらおうとする見せ場であるとされています。

「居酒屋」という噺

57f528e9『居酒屋』
12月に入っても東京は比較的暖かく、冬の感じがしないのですが。
特に今日(4日)は異常なくらいです。半袖で充分ですね。本当にどうしたのでしょうか? 夕方からは南風が吹いています。
 という訳で「居酒屋」です(笑

【原話】
「ずっこけ」という噺の前半部分を三代目金馬師が独立させました。

【ストーリー】
 男が一人、居酒屋に入って酒を注文します。
小僧をからかいながらの飲酒です。
小僧に「何か唄え」と云うと、小僧の唄ったのは「君が代」
「女は未だ知らないんだな」とからかうと、聞き返される始末です。

何かつまみを取ってくれと言われ、壁に張った品書きを云わせるのですが、
ここでも、からかいます。
「口上」を一人前とか、「とせうけ」とか言います。
「とに濁り、せに濁りで、どぜう汁で
す、と言い返す小僧さん。
いろはの文字に濁りを付けると音が変わります」「い」に濁りを付けろ、「ろ」に濁
りを付けろとからかい、小僧の鼻の横にある黒子を濁点に見立てて、鼻をバナと呼んでからかい、
お前のは顔じゃないガオだと笑います。
小僧と客の珍問答は未だ未だ続きます・・・・・

【演者】
この噺は三代目金馬師が余りにも有名で、現金馬師も先代の通りに演じています。
これに挑戦したのが故文朝師で、本来なら金馬師直系なんですが、一味違う「居酒屋」を演じてくれています。
元の「ずっこけ」の雰囲気も漂わせた噺となっています。

【注目点】
やはり小僧とのやり取りでしょうね。というより、そこだけの噺です。

『能書』
居酒屋の始めは、酒屋が味見の為に店頭で試飲させたのが始まりとされています。
その時に使ったのが、枡や湯のみでした。
居酒屋で今でもそう云う飲み方が多いのはそのためです。


『ネタ』
この後は「ずっこけ」の展開となります。
迎えが来て勘定を払って貰い、帰るのですが、そこでまた問題が・・・・
何時聴いても楽しい噺です。

「試し酒」という噺

d22e4931『試し酒』
この噺が冬の噺なのかは判りませんが、お酒の噺なので取り上げる事にしました。

【原話】
今村信雄氏(1894〜1959)の新作落語で、昭和初期に創作されました。
原型は、中国の笑い話だそうです。

【ストーリー】
ある大家の主人が、客の近江屋と酒のみ談義となります。
お供で来た下男久造が大酒のみで、一度に五升はのむと聞いて、とても信じられないと言い争いが始まります。
その挙げ句に賭けをすることになって仕舞います。
もし久造が五升のめなかったら近江屋のだんなが二、三日どこかに招待してごちそうすると取り決めた。
久造は渋っていたが、のめなければだんなの面目が丸つぶれの上、散財しなければならないと聞き
「ちょっくら待ってもらいてえ。おら、少しべえ考えるだよ」
と、表へ出ていったまま帰らない。
さては逃げたかと、賭けが近江屋の負けになりそうになった時、やっと戻ってきた久蔵
「ちょうだいすますべえ」
一升入りの盃で五杯を呑み始めます。
なんだかんだと言いながら、息もつかさずあおってしまいました。
相手のだんな、すっかり感服して小遣いを与えましたが、どうしても納得出来ません。
「おまえにちょっと聞きたいことがあるが、さっき考えてくると言って表へ出たのは、あれは酔わないまじないをしに行ったんだろう。それを教えとくれよ」
「いやあ、なんでもねえだよ。おらァ五升なんて酒ェのんだことがねえだから、
心配でなんねえで、表の酒屋へ行って、試しに五升のんできただ」

【演者】
これはもう五代目の小さん師ですね。久造が呑んで行くに連れ表情も変わって来ますし顔も赤くなって行きます。この辺りは本当に見事です。

【注目点】
私はこの久蔵はどうして五升も酒屋で飲むお金を持っていたのか?と言う事です。
五升というと現代でも一万円を越すと思います。当時の奉公人としては大金だと思うのです。
日常からそんな大金を持ち歩いていたのでしょうか?

『能書』
この噺には筋がそっくりな先行作があり、明治の英国人落語家・初代快楽亭ブラック師が
明治24年3月、「百花園」に速記を残した「英国の落話(おとしばなし)」がそれで、
主人公が英国ウーリッチ(?)の連隊の兵卒ジョンが呑む酒がビールになっている以外、まったく同じです。
このときの速記者が今村の父・次郎氏ということもあり、このブラックの速記を日本風に改作したと思われます。
さらに遡ると中国に行きつくという訳です。

『ネタ』
作者の今村氏は著書「落語の世界」で、「今(s31年現在)『試し酒』をやる人は、柳橋、三木助、小勝、小さんの四人であるが、中で小さん君の物が一番可楽に近いので、
今、先代可楽を偲ぶには、小さんの『試し酒』を聞いてくれるのが一番よいと思う」
と、書いています。
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