はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

今日はね、ちゃんとやりますよ! あたしは

落語論を読んで2

e9ec23b0.jpg夏休みで娘が、「友達が遊びに来るから、カレーを作って欲しい」と
私に言うじゃありませんか。母親に頼まず父親に頼む処が、我が家のいびつな関係を表していますな・・・
先日、「子供の頃、正楽師匠に切って貰ったピカチューは如何した?」
と聞いた処、「大事にしまいすぎて、しまった場所を忘れた」
と言い、「将来、子供が出来たら落語好きに育て、自慢して見せびらかして
やるんだ」と言っておりました。あー早く夏休み終わんないかな・・・
 
落語論で、小三治師匠の事を「客が自分もその世界に居るような錯覚を抱かせる」と言っていましたが、何回も高座に触れた身としては、「あれは錯覚だったの?」と言いたいですね。
 小三治師匠の高座は、長いマクラの間は”小三治ワールド”に入っても
たいした事はありません。他の噺家さんと大差はありません。そりゃ面白さは天と地位違いますが、本格的には錯覚は見ません。
しかし、一旦噺が始まると、回りの寄席の景色は消え、噺の世界に入って
しまいます。
たとえば、今なら「青菜」なんかを聞くと、自分が旦那の庭に居ると思ってしまうのです。旦那と植木屋のやり取りを庭の隅で聞いている自分がいるのです。
水を撒いた青々とした庭が眼前に広がるのです。
その点、CDやTV、ラジオで小三治師匠の噺を聞いても、錯覚までは見せてくれません。あってもライブに比べると弱いものです。
その意味では小三治師匠こそライブを体験しておかないと、本当の価値が
判らないと思います。
 まあ芸能はみんなそうですけどね。

削除されない条件って?

今朝、小三治師匠の「提灯屋」を上げた後、動画専用の垢で、お染ブラザースの動画を某中華系サイトから持ってきて、そのままうpしたら速攻で削除
されてしまいました。この前東京コミックショウを上げたときは細工をしたのですが、今回は甘く見てそのまま上げたらダメでしたね。
一旦なんらかの形で作り変えると良いのかな?
という訳でお席亭に協力出来るのは此処までかなあ。

あ〜今日も昼は温かいうどんにしよう!

色物さん

238519b8.jpg昨夜、お席亭が今度の日曜に生放送で、「本格的な寄席形式で放送を行いたい。」と仰しゃられましてな、たしか何か色物さんの音源が在ると思い、探した処、ありましたねえ、猫八師匠とお染ブラザース。
 猫八師匠は音のみでも判りますけど、大神楽はねえ・・・でもこれラジオ寄席で実際放送された音源なんですよね。そのせいか、染太郎師匠の解説や説明がやたらと多い。また、都都逸等も唄っていて、まあ良いかなと。
きっと、ようつべ辺りにも動画はあるでしょう。

掲示板に、コミユの掲示板についての書き込みがありましたが、私は基本的に賛成です。
最初の頃は結構、活発に書き込みが多かったのですが、いつのまにか少なく成りましたね。
私は結構多い方かと思いますが、正直あまり書き込むと自分だけが何か暴走
している様な気がして、必要な事意外は控えてしまいました。(それでも随分下らない事を書いてますが・・・)
 後は生放送で、落語談義をしているんですよね。でもあれは記録に残りませんからね。
 リクエストをするのなら、理由位は書いた方が良いかと。

落語論を読んで

58d37706.jpg一昨日買った堀井憲一郎さんの「落語論」を読み終えました。
そこで感想を、長くなるのでこちらに書きます。

ひとことで言うと、落語と言う演芸に接している時は、
ライブである限り無意識に
この様な事は殆どの人が、感じ又思っているのでは無いでしょうか?
まあ、それをこうも鮮やかに文書化してくれると改めて「凄いな」と思ってしまう訳ですが、急いで書いたそうで少し足らない所が在るのが惜しかったですね。
たとえば、第2章の所で「人物の描き分けに声のトーンを変えてはいけない」
と書いて有りましたが、じゃ、金馬師は如何なのと?思った方は居ませんでしょうか。
 私が思うに、金馬師は声のトーンを変えていたのではなく、声質そのものを変えていた様に聞こえます。
ですから、その人物一人一人の声に低音から高温まで自在に
操っていたとではないでしょうか?そこの所を解らないダメな評論家が貶していたと。
しかし、仲間内の噺家はそれが如何に難しいかを判っていたので、評価が高かったのではないか。
 と言うのが私の考えです。金馬師についても書いてほしかったなあ。
まあ死んだ噺家は評価出来ないと。

生前、志ん朝師が落語の聞き方について、
一番はライブ、次は音のみ、CDやラジオかな。
テレビはダメだね、テレビの落語は、落語じゃない!
落語という芸を記録しているだけだと、記録的な価値は認めるが、
あれは落語ではありません・・・そう言ってたのを思い出しました。

それから小朝師について、彼が36人抜きで真打に昇進し、
その高座を見た10代の私は衝撃を受けました。
20代でこの完成度、鮮やかさ、噺に引き込む上手さ。
どれをとっても将来は
歴史に残る名人になるに違いない!と。圓朝を継ぐかも?とも。
 でもここ数年彼の落語は進歩をとげた様には見えませんでした。
しかしそれは誤りでした。
 この前のNHKの「落語ライブ2009」で彼は「紀州」を演じました。
私は、彼のこの噺はかなり聞いています。寄席でも数回、放送でも何回か聞いて、判ったつもりでした。
当然また同じだろうと、思っておりました。
しかし、小朝師は私の思いをものの見事に砕いてくれました。
彼の「紀州」が若い頃と特別変った訳ではありません。
でもあの放送は素晴らしかったです。少し枯れた感じもしましたが、
それが良い味を出していました。
 お客全体を包む空気が、以前より優しく丸くなった様な気がしたのです。
堀井氏は小朝師の評価の低さを嘆いていましたが、私もその評価の低い一人でした。
きっと彼は低評価を覆し名人になるでしょう。先日の放送から、そんな気がしました。
又、軽く演じてみせるゆえに、後輩がやり易いとか言ってましたね。
今迄はその軽さが鼻についたのですが、この日は違いました。
孤高の天才・・・納得しました。
 一回だけ堀井ちゃんを浅草で見た事がありますが、目立ちましたね。
ノート取ってる人っていないから。
けっこう昔から彼の事はラジオ等で知っていましたが、これを読んだ後は、
ものすごく身近に感じられました。

感想にはなりませんでしたね。こんな処で。







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